17. 夜会に思うこと
ある月の綺麗な夜。王宮で開かれた夜会の会場で、リネアは美しく着飾った友人を見て賞賛の声をあげた。
「まあ、フレドリカ! とっても素敵だわ! 淡い色のドレスがよく似合ってる。髪型もいつもより大人っぽくていい感じだわ。本当に綺麗よ」
「ありがとうございます。今日は頑張ってドレスアップしてみました」
フレドリカがはにかんだ笑みを見せる。
リネアはその様子を微笑ましく眺めたあと、フレドリカの隣に護衛のように付き添っているベネディクトを見上げた。
「公爵もいらしたのですね。こういう場は好まれないと思っていましたが」
「仰るとおりですが、妹が心配ですので」
「お兄様ったら……。私、最近はだいぶ体力がついてきたんですよ?」
フレドリカが可愛らしく両手を腰に当てて抗議する。
実際、最近のフレドリカの体調は好調だった。フレドリカが言うには、これもクラースのおかげらしい。
クラースはフレドリカのためにさまざまな医学書を読み漁って勉強しているそうなのだが、その過程でフレドリカの薬の飲み合わせに問題がある可能性に気づいて指摘したところ、それが大当たりだったらしい。
薬を変えた途端、フレドリカの体調は目に見えて改善していき、今では毎日外出できるまでになったのだという。
「だからお兄様がずっと付いていなくても大丈夫です」
「しかし……」
それでも可愛い妹のことが心配なベネディクトが眉根を寄せる。おそらくフレドリカの体調もそうだが、妙な虫が付かないか気にしているのだろう。
「大丈夫ですよ、公爵。フレドリカのことは彼もしっかり守ってくれますから」
リネアが会場の片隅に視線を向けると、そこには正装に身を包んだクラースの姿があった。いつもとは違った凛々しい佇まいだったが、フレドリカに気づくと、その眼差しを柔らかく細めた。
「クラース様……」
フレドリカの頬がみるみる赤く染まっていく。
その大きな瞳は宝石のようにきらめいて、夢見るような眼差しはクラースただ一人に向けられていた。
「せっかくだから少し話してきたらどう? もうすぐダンスも始まるみたいよ」
「ありがとうございます。それでは少し失礼いたします」
「あっ、フレドリカ……」
フレドリカが兄の手をすり抜け、愛しい人のもとへと駆けていく。長い髪を喜びに揺らし、家族に見せるのとは違う表情を浮かべながら。
その様子をリネアは微笑ましい気持ちで眺めていたが、同じくフレドリカを見つめるベネディクトの目はどこか物憂げに見える。
「大丈夫ですか、公爵? フレドリカとクラースのことは認めていらっしゃるのだと思っていましたが……」
「……ええ、認めていますよ。フレドリカのことでは、彼には頭が上がりません」
「でしたら、どうしてそんな顔を?」
「そんな顔というのは……?」
「その、どことなく暗いというか……嫌がっているように見えて」
「ああ、それは……」
ベネディクトが、自分に呆れたかのように小さく嘆息する。
「妹を取られてしまったような気がして、少し寂しく思ったのです。……幼い頃からずっとフレドリカは私が守るべき存在でしたから。ですが、フレドリカは今やすっかり健康になりましたし、適齢期の淑女でもある。これからはいつもすぐ近くで守るのではなく、少し離れて見守るくらいが丁度いいのかもしれません」
兄としての複雑な心情を吐露するベネディクトに、リネアは少しだけ羨ましい気持ちになった。
リネアには、そこまで気にかけてくれる家族はいない。リネアを守ろうとしてくれる人も、離れていくことを寂しく思ってくれる人も。
もしリネアにもベネディクトのように心から大事に思ってくれる人がいたら、回帰前の悲劇的な運命も何か変わっていただろうか。
「……公爵はお優しいですね。フレドリカが慕うのも分かります」
「そうでしょうか。王女殿下には身勝手な兄としか言えない姿ばかり晒している気がしますが」
「それでもフレドリカを大切に思う気持ちは伝わっていますから。少し、羨ましいと思ってしまいました」
「羨ましい……?」
そのとき、リネアは周囲の視線が自分に注がれていることに気がついた。令嬢たちがひそひそと何かを囁き合っている。
きっとリネアのことを話しているのだろう。今まで夜会に参加することなどほとんどなかった「引きこもり王女」が姿を現したのだから、噂の的になるのは当然のことだ。
今夜はフレドリカのために一時的に参加したが、そのうち王妃や双子の王子と王女も来るだろうし、そろそろ退場したほうがいいだろう。彼らと顔を合わせると何を言われるか分からない。
「……私はここで失礼いたしますね、公爵」
「え? まだ夜会は始まったばかりですが」
「実は用事があって戻らなければならないのです」
「では王女宮までお送りしましょう」
「結構です。公爵を連れ出して妙な噂が立っては申し訳ないですから」
「そのようなこと、王女殿下が気にされることでは……」
「それにフレドリカが公爵を探すかもしれないでしょう? お気持ちだけで充分ですから、公爵は夜会をお楽しみください。それでは、良い夜を」
「王女殿下……」
リネアは優雅に微笑んだあと、夜会の会場を退出した。




