16. 良い兆し
「またお目にかかれて光栄です、リネア王女殿下」
「こちらこそ、わざわざご挨拶いただいてありがとうございます、シベリウス公爵」
「いえ、フレドリカとのお約束中に失礼かとは思ったのですが、王女殿下に直接お詫びとお礼を申し上げたく参りました」
ベネディクトのアイスブルーの瞳が真っ直ぐリネアに向けられる。今日の晴れ空のように澄んだその瞳には、以前のような警戒や忌避の色は見られなかった。
「カール・メルネスの件は、もうフレドリカから充分お礼を伝えてもらったので大丈夫ですよ。それに、過呼吸の対応をしたのも私ではなくクラース卿ですから」
「はい、もちろん彼には丁重に礼を伝えましたが……私が申し上げたいのはカール・メルネスの件だけではないのです。フレドリカは王女殿下と関わるようになってから、ずいぶん明るくなりました。以前は体調の問題もあり、後ろ向きになることも多かったのですが、今はさまざまなことに興味を持つようになりました。こうして屋敷で茶会を開いて自ら客人をもてなすのも初めてのことです。フレドリカを良い方向に導いてくださってありがとうございます。そして、以前王女殿下に働いた不敬を心から反省しております。申し訳ございませんでした」
ベネディクトがリネアに深々と頭を下げる。
何の迷いもなく自分の非を認めるその姿を見ると、実はそこまで気難しい人ではないのかもしれないと思える。
「公爵のお気持ちはよく分かりました。ですから頭を上げてください」
「謝罪を受け取っていただき感謝いたします。そして、殿下から頂いたご恩は必ずお返しいたします」
「……ありがとうございます。では、いずれ必要なときに力をお貸しいただければと思います」
「お任せください」
今回の人生でもベネディクトはリネアの障害になるのかと思っていた。しかし今、彼はリネアに力を貸してくれると言った。彼なら約束を違えることは決してないだろう。
この先に希望が見えてほっと安堵していると、フレドリカがひらめき顔でまたパチンと両手を叩いた。
「お兄様! せっかくですからお兄様も一緒にお茶をしましょう」
「いや、私は……」
「いいですよね、リネア様?」
「えっ、私は構わないけれど公爵がご迷惑では……」
「リネア様とのお茶が迷惑だなんてことあるはずありません。ですよね、お兄様?」
「ま、まあ……」
「では三人で楽しみましょう! お兄様にもリネア様の素晴らしさをもっと知ってほしいですから」
「そ、そうか……」
「それに、リネア様にもお兄様が本当はとても優しい人だって分かっていただきたくて……」
フレドリカが小声で遠慮がちに訴える。
以前のベネディクトの不遜な態度や、フレドリカの婚約騒動やらで、ベネディクトの印象が悪くなってしまったと思っているのだろう。それを挽回したいというフレドリカの思いが伝わってくる。
「ええ、お二人が互いを思いやる優しい兄妹だということはよく分かっているわ。では、せっかくだからこの機会にフレドリカが幼かった頃の話でも聞かせてもらおうかしら」
「えっ!? それはちょっと……!」
「分かりました。いくらでもお話しできます」
「お、お兄様……!」
そうしてベネディクトによる妹の自慢大会が始まり、リネアはフレドリカのお茶目なエピソードの数々を笑顔で楽しんだのだった。
◇◇◇
それから順調にフレドリカとの交流を重ね、もうすっかり気の置けない仲になったリネアは、フレドリカから恋の相談をされるまでになっていた。
今日も王女宮での女子会で、何やらクラースとのデートに思うところがあるらしいフレドリカから話を聞く。
「それで、二人はどんなところでデートをしてるの?」
「えっと、図書館でお会いしたり、王宮庭園をお散歩したりですね」
「素敵じゃない。立派なデートだわ。何がそんなに気になるというの?」
「それが……なんというか、ちょっともどかしくて……」
「もどかしい?」
一体どういうことだろう。もしかして、クラースと一緒にいられる時間が短くて残念だという惚気だろうか。
しかし、フレドリカは少し困ったように眉を下げて、リネアに悩みを打ち明けた。
「クラース様は健全すぎるのです」
「健全、すぎる……?」
リネアが予想もしていなかった言葉が出てきて、ついおうむ返ししてしまう。
「そ、それはどういう意味かしら……?」
「言葉のとおりです。クラース様はとても誠実で紳士的な方なので、私のことをまるでお姫様のように扱ってくださって……。それもすごく素敵でときめくのですが、でもたまには私にドキッとしてほしいといいますか、もうちょっとだけいい雰囲気になってみたいと思ったり……」
「なるほど……」
「すみません、リネア様にこんな話……」
「いいのよ。私たちはお友達なんだから」
「リネア様……!」
こういう話で盛り上がれるのも、仲の良い友人だからこそと思うと嬉しいものだ。
それに、フレドリカとクラースの話を聞いていると、これこそが本当の恋なのだということがよく分かる。
相手を思いやって大切に扱おうとすること。
ロマンチックな雰囲気に憧れること。
フレドリカを通して知るすべてのことが、とても眩しくて尊くて、胸の奥がギュッとなる気がする。
「……分かったわ。フレドリカはクラースといい雰囲気になりたいのね」
「えっ、リネア様、分かったというのは……?」
「私、いいことを思いついたの」
きょとんとしているフレドリカに、リネアがにっこりと笑いかけた。




