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14. 白紙

「フレドリカ!」

「フレドリカ公女!? アニタ、侍医を呼んでちょうだい!」


 冷や汗を浮かべてただならぬ様子のフレドリカに、ベネディクトとリネアが驚いて駆け寄る。しかし、どうしたのか尋ねてみても、フレドリカはこわばった顔で浅い呼吸を繰り返すばかりだった。


「な、なんなんだよ、これじゃ俺が悪いみたいじゃないか……。クソッ、最悪だ」


 カールが棒立ちでフレドリカを見下ろしたまま、聞くに耐えない独り言を呟く。こんな状況ですら自分のことしか考えないのかとリネアが怒りを覚えたとき、クラースがカールを強く押しのけた。


「邪魔です。何もできないならどいてください」


 それからクラースは、フレドリカのそばにひざまずき、彼女の両肩にそっと手を置いて語りかけた。


「公女様、大丈夫です。少し驚いてしまっただけです。すぐに良くなりますから心配いりません。まずはゆっくり息を吐いてみましょう。僕の合図に合わせてゆっくり。……そう、お上手です」


 クラースの穏やかな声に合わせて、フレドリカが懸命に呼吸を整える。その様子をしばらく見守っていると、やがてフレドリカの呼吸も落ち着いてきた。


「よく頑張りましたね。もう大丈夫ですよ」

「あ……ありがとうございます……」


 クラースがフレドリカの肩から手を離すと、ちょうど王宮の侍医がやって来た。侍医はその場でフレドリカの様子を確認すると、ベネディクトを安心させるようにうなずいた。


「診たところ問題はないご様子です。急激に強いストレスにさらされたことで過呼吸を起こされたようですが、初期対応が適切だったおかげで早く落ち着かれたようです。本日は安静になさるのがよろしいでしょう」


 先ほどまでずっと硬い顔をしていたベネディクトは、医者の言葉を聞いてようやく安心したのか、静かにため息をもらした。そうして侍医に頭を下げると、神妙な表情でクラースに向き直った。


「マイエル伯爵令息、君のおかげで助かった。心から感謝する」

「……お役に立てて何よりです」


 ベネディクトはフレドリカの手を取って立ち上がらせると、リネアに深く一礼した。


「王女宮で騒ぎを起こしてしまい、大変申し訳ございません。侍医も手配してくださり感謝いたします。そして……私の見る目の無さを知る機会をくださったことも」


 ベネディクトはそう言って、部屋の中で突っ立ったままのカールを一瞥した。カールは先ほどから部屋を出ることも、フレドリカに近づくこともできないまま、置物のように固まっていた。


「カール・メルネス侯爵令息。後日改めて話をさせてもらおうか」

「……は、はい」


 おそらく、これでフレドリカとカールの婚約話は白紙になるだろう。リネアがほっと安堵していると、ベネディクトのアイスブルーの瞳が再びリネアに向けられた。


「……王女殿下にも、改めて正式に御礼をさせていただければと思います」

「いえ、御礼は結構です。フレドリカ公女のためにしたことですので。……フレドリカ公女、さっきは私のためにありがとうございました。本当に嬉しかったです。また手紙を書きますから、体調が戻ったら読んでくださいね」

「リネア殿下……ありがとうございます。私も手紙を書きます」


 うるうると涙を浮かべるフレドリカの瞳に、同じく涙目になったリネアの姿が映る。親友のように固く手を握り合った二人を、ベネディクトは黙って見つめていた。



◇◇◇



 それから一週間後、リネアのもとにフレドリカからの手紙が届いた。


***

リネア王女殿下


先日は温かなお手紙とお見舞いのお花をありがとうございました。おかげさまですっかり体調も良くなりました。


書きたいことはいろいろあるのですが、まずはカール・メルネス侯爵令息の件について、御礼をお伝えしたいと思います。


すでにご存知かもしれませんが、あのあとすぐにメルネス侯爵令息との婚約の話はなくなりました。リネア殿下がメルネス侯爵令息の本当の姿を見せてくださったおかげです。


屋敷に帰る途中、兄はかなり落ち込んで、彼を婚約者に選ぼうとしていたことを後悔していました。


メルネス侯爵令息のことは、財政的に裕福な家門の嫡男で、女性との悪い噂もなく、実業家として期待されている将来性のある男性だと思っていたようです。それが、実際は実務能力が怪しいうえ、私に対しても暴言を吐いたり、いざというときに何もできないことが分かって愕然としたと……。


あれほど反省している兄を見たのは初めてで驚きました。


そして、リネア殿下に対しても大変申し訳なく思っているようです。リネア殿下の人柄を誤解していたと言っていました。

(兄がどう誤解していたのかは分かりませんが、リネア殿下の素晴らしさは私がしっかり伝えておきましたのでご安心ください!)


あとそれから、実はクラース様とのことでもいいご報告がありまして……でも手紙に書くのは恥ずかしいので、今度お会いしたときにお話しさせていただきますね……!

次は我が家にご招待したいと思いますので、そのときにいろいろお話しできると嬉しいです。


それでは、またお会いできる日まで健やかにお過ごしください。


フレドリカ・シベリウス

***



 手紙を読み終えたリネアは、フレドリカの明るく可憐な笑顔を思い出して、ふふっと微笑んだ。


「フレドリカが元気そうでよかったわ」


 実は、フレドリカとカール・メルネスの婚約が白紙になったことはすでに知っていた。なぜなら、先にベネディクト・シベリウス公爵から手紙で報告があったからだ。


 主な内容は騒動に関する謝罪と御礼だったが、そこに婚約も取りやめにしたことが書かれていた。とても丁寧で真摯な手紙で、以前リネアに「妹に近づくな」と警告した人と同じ人物とは思えないほどだった。


「フレドリカの手紙──『次は我が家に招待したい』って、公爵が許可したってことよね……?」


 もしかして、公爵はリネアがフレドリカと仲良くするのを許してくれたのだろうか?

 これからはフレドリカと文通だけでなく、直接会って友情を育んでもいいのだろうか?


 念のためしっかり確認したほうがいいだろうが、それでも大切な友人の家に呼んでもらえると思うだけで胸が弾む。


「何か手土産が必要よね。でも、こういうときは何を持っていけばいいのかよく分からないわ。……アニタ! ちょっと相談があるのだけど──」


 リネアは初めて経験する悩み事と期待にほんのり頬を染めながら、頼れる侍女に助けを求めたのだった。


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