13. 第三の男
「お二人とも、この投資はおやめになったほうがよろしいでしょう」
ようやく反応を見せたクラースの否定的な言葉に、カールが不快感を露わにする。
「はあ? 君は何を言っているんだ。将来、莫大な利益をもたらすと分かっているものを手放せだと? 素人が根拠もないのに適当なことを言うのはやめたまえ」
「根拠ならあります」
「本当だな? なら君の言う根拠とやらを見せてみろ」
「……分かりました。王女殿下、恐れ入りますが、ナイフをお借りできますか?」
リネアが侍女に命じてナイフを持ってこさせる。
クラースはいかにも上質なナイフを手に取ると、その切っ先で金鉱物を引っかいた。
「き、君! 一体何をしているんだ!?」
クラースの突然の暴挙にカールが驚いて声をあげる。
しかしクラースは落ち着いた様子で金鉱物を掲げてみせた。
「今、この金色の鉱物をナイフで引っかいてみましたが、ご覧のように傷跡がまったく付いていません。金は非常に柔らかい性質のため、本来であれば引っかき傷ができるはずです。それが付かないということは、これは金ではなく黄鉄鉱でしょう」
「黄鉄鉱……? 金ではない……?」
「はい、金ではありません。黄鉄鉱というのは鉄と硫黄からなる硫化鉱物で、このように金色の光沢を持つため金と間違われやすく、『愚者の金』とも呼ばれます」
「まさか……そんなはずは……」
「ああ、ご覧ください。ここに小さいですが立方体の結晶が見えます。これも黄鉄鉱の特徴ですね」
クラースの説明を静かに聞いていたリネアがパチンと両手を叩いて感嘆する。
「なんてこと……! これは金ではなかっただなんて、まったく気づきませんでした。このまま投資していたら、莫大な負債を抱えることになっていたでしょう。クラース卿は私たちの恩人です」
「いえ、それほどのことでは……。たまたま知識があったので気がついただけです」
「謙遜なさらないでください。素晴らしい知識です。そうは思われませんか、シベリウス公爵?」
リネアが名前を呼ぶと、隣の部屋からベネディクト・シベリウス公爵とフレドリカが姿を現した。突然の出来事に呆然としているクラースとカールにリネアが説明する。
「実はシベリウス公爵にも投資のお誘いをしていたのです。他の投資者の様子を見て最終判断をなさりたいということで、別室でお待ちいただいていたのですが……公爵、大事な決断を早まらないでよかったですね」
「……」
リネアの問いかけにベネディクトが険しい表情を浮かべる。
彼も別に投資に興味があって来たわけではない。
カール・メルネスがフレドリカの伴侶として本当に相応しいのかどうか見極めるために来てくれたのだ。
リネアはカールがこの危険な投資に乗ることを知っていた。
なぜなら、回帰前に彼が失敗した投資が、このエーデン鉱山だったからだ。
(カールの知識と見る目のなさを公爵も実感したことでしょうね。そして大切な妹を嫁がせることに不安を覚えたはず……)
実際、ベネディクトはカールの署名が入った契約書を物言いたげに見つめている。
カールもその様子を見て状況のまずさに気づいたのか、声をうわずらせて弁解を始めた。
「こ、公爵、心配なさらないでください……! これは投資では普通のことなのです! 署名をしただけでまだ出資したわけではありませんし、契約だってあとで取り消すこともできますから何の問題もありません……!」
額からだらだらと冷や汗を流すカールをベネディクトが睨んだ。
「君は私を馬鹿にしているのか?」
「め、滅相もない……!」
一層焦り始めるカールにクラースが追い打ちをかける。
「そもそもこの契約は取り消せませんよ。ここに『本人による署名後の契約取消は不可とする』と書かれています」
「はあ!? なんだこれは! そんな小さい字なんか読めるはず……!」
「つまり君は契約書もよく読まずに署名をしたんだな」
「そ、それは王女殿下がそんな酷い契約を勧めるとは思わなかったので……!」
追い詰められたカールが怒りの形相でリネアを睨みつけた。
「殿下、これはどういうことですか!? 完全に騙しうちではありませんか! いくら王族とはいえ許されませんよ! クソッ、やっぱり引きこもり王女の話なんて聞くべきじゃなかった……!」
怒りと焦りでタガが外れ、リネアの蔑称をためらいもなく口に出す。とはいえ、騙しうちであるのは確かなので、リネアは彼を咎めることはしなかった。
それに、契約書の「取消不可」の条項はカールの迂闊さを明らかにするためのものであり、もちろん契約は取り消してやるつもりでもあった。
(本来なら、回帰前のように取り返しのつかない事態になるところを助けてあげたのだから感謝してほしいくらいなのだけど……。まあ、目的も果たしたことだし、そろそろ解放してあげようかしら)
そんなことを考えていた矢先、今までベネディクトの横で静かにしていたフレドリカが怒りに燃える目でカールを睨みつけた。
「カール・メルネス卿、口を慎みなさい! 第一王女殿下に向かって無礼が過ぎますよ!」
「フレドリカ公女……?」
フレドリカがこんな風に怒っているのは初めて見た。
それは兄であるベネディクトも同じだったようで、驚いた様子でフレドリカを見つめている。
「ご自分の過失を棚に上げて王女殿下を侮辱するなんて、恥ずかしいとは思わないのですか!?」
いつも人前では言葉に詰まって上手く話せずにいたフレドリカが、今はそんな過去を忘れてしまったかのように堂々と意見を述べている。しかも、リネアの尊厳を守るために。
そんなフレドリカの姿に、リネアは胸がいっぱいになるのを感じた。しかし……。
「なんだと……? 黙って聞いていれば偉そうに! 君は俺の味方をするべきだろう! なのにこんな王女の肩を持つなんて……君こそどうかしてるんじゃないか!?」
誰ひとり味方がおらず、いよいよ切羽詰まったカールがフレドリカに噛みつく。しかし、妹を誰よりも大切にしているベネディクトの前で、これは完全な悪手だった。
案の定、ベネディクトが氷よりも冷たく鋭い目をカールを向ける。
「貴様……よくもそんな口を──」
しかし、ベネディクトがカールに掴みかかろうとしたとき、フレドリカが苦しげに呼吸を荒くして、その場にうずくまった。




