表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/44

11. 逃げ出した公女

「どうぞ、温かいうちに飲んでください」


 リネアがフレドリカの隣に腰掛け、淹れたてのミルクティーを差し出す。フレドリカはか細い声で「ありがとうございます……」とお礼を言うと、かすかに湯気の立つカップにひとくち口をつけた。


 フレドリカの顔はずいぶん青ざめていて、じわりと目に涙を浮かべてはハンカチで拭い、大きなショックを受けていることは明らかだった。


 大事な友人の辛そうな姿に、リネアの心も痛む。

 こんなとき、どんな言葉をかけたらいいのか、よく分からない。けれど、話を急かすことも、「大丈夫よ」と無責任に慰めることもしたくなくて、リネアはただ黙ってフレドリカのそばにい続けた。


 すると、ようやく少し落ち着いてきたのか、フレドリカがゆっくりと口を開いた。


「……突然押しかけてしまって本当に申し訳ございません。ですが、どうしても屋敷にいたくなくて……。殿下に話を聞いていただきたくて、こんな風に来てしまいました」


 フレドリカが申し訳なさそうにうつむく。

 リネアは軽く首を横に振り、努めて穏やかな声で返事した。


「気にしないでください。私を頼ってくださってありがとうございます。屋敷で何かあったのですか?」

「……はい」

「フレドリカ公女が傷つくようなことだったのですか?」

「……はい」


 思い出すだけでも辛いのか、フレドリカの声が曇る。

 これ以上、話を聞いてもいいのかリネアが迷っていると、フレドリカがぽつりと呟いた。


「私、婚約しないといけないみたいです。お兄様に釣書を見せられました」

「えっ……!? 相手の方は……?」

「カール・メルネス侯爵令息という、お会いしたこともない方です」


 その淡々とした答え方に、フレドリカの絶望がかえって強く感じられた。


「そんな……」


 フレドリカはクラースを想っているのに。

 それなのに別の男性、しかもよく知らない人を婚約者候補にされるなんて、どれほど辛いことだろう。泣きながら屋敷を出てくるのも当然だ。


「公爵令嬢として、家門のためになる婚姻を結ばなければならないのは分かります。ただでさえ昔から身体が弱くて迷惑ばかりかけていますから、私にできることで役に立ちたいとも思っています。……でも、やっぱりどうしても受け入れられなくて……」


 フレドリカのすすり泣く声が、しんとした部屋に響く。

 リネアはかける言葉が見つからず、ただフレドリカの背中を撫でてやることしかできない。


(どうしてこんなことに……)


 公爵はフレドリカをとても大切にしているはずなのに、なぜ彼女の意思に反してまで婚約を進めようとしているのだろうか。

 それに、回帰前のこの時期にフレドリカが婚約を結んだという話を聞いた覚えがない。


(まさか、私が公女に手紙を書くようクラースに言ったせい……?)


 リネアに言われたとおり、クラースがフレドリカに見舞いの手紙を出し、それを公爵が知ったのだとしたら……。


 クラースは伯爵家の三男。公爵にしてみれば、決して高いとは言えない身分だ。そんな男が大事な妹にアプローチしていると思えば、何か間違いが起こる前に「次期侯爵」という地位と名誉が約束された男性と婚約させようと考えるのも不思議ではないだろう。


(もし本当に私のせいだったら……)


 意に沿わない結婚を強制される辛さはリネアもよく知っている。いかに立派な身分の男性であっても、表と裏の顔は違うかもしれないということも。


 それに、「カール・メルネス」という名前に、先ほどからどうにも引っかかりを覚える。リネアも彼本人をよく知っているわけではないのに、何か嫌な印象が浮かび上がってくる気がする。


(あ……そういえば)


 ようやく思い出した。カール・メルネス──回帰前に投資で大失敗して破産寸前になった男だ。メルネス侯爵家はもちろん、投資を持ちかけた多くの家門に大損害をもたらし、かなりの騒ぎになったはずだ。


 しかもカールは責任を取らされることを恐れて、一人だけ国外に逃げようとしていたと聞く。その自分勝手な振る舞いのせいで他の貴族家の怒りや嘲笑を買い、メルネス侯爵家は財産のみならず、これまで積み上げてきた名誉までも失うことになった。


(フレドリカをそんな男と婚約なんてさせられないわ)


 ここまでの騒動が起きてしまえば、婚約者であるフレドリカにまで迷惑がかかるに決まっている。


 それに、もし回帰前に失敗した投資をやめさせることができたとしても、その後も下手な投資で損害を引き起こす可能性は否定できない。


 いざというときに自分一人だけ逃げ出そうとした責任感のなさも問題で、結婚相手はおろか、婚約相手としてもまったく相応しいとは言えない。


「……」


 リネアはしばらく黙って考え込んだあと、フレドリカの腕をそっと握った。


「フレドリカ公女、私に少し考えがあるの」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ