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10. 心が向き合っていれば

 フレドリカと最後に会ってから三週間が過ぎた。

「体調不良で会えない」という言い訳も、大病を心配されたために使いづらくなり、つい先日「ようやく回復した」と手紙を送ったばかりだ。


「フレドリカに会いたいけれど、公爵のことを考えると難しいわよね……」


 公爵はリネアがフレドリカと距離を縮めることを嫌がっている。その意に背いてフレドリカと親しくすれば、彼から「邪魔者」であるとみなされ、イデオンとの政略結婚をおそらく以前より強く賛成されることになるだろう。


 公爵に警戒されているとしても、完全な敵に回すわけにはいかない。しかし、フレドリカとの関係も失いたくはなかった。


「私は優柔不断ね……」


 こんなときどうしたらいいのか、誰かに相談したい。

 けれど、何かを相談できるほど心を許している人なんて、フレドリカくらいしかいない。


 八方塞がりな状況に思わずため息をもらしたところで、もう一人、脳裏に思い浮かんだ人がいた。



◇◇◇



「──それで、僕に何の御用でしょうか、第一王女殿下」


 図書館まで足を運んで訪ねてきたリネアに、クラースがいつもどおりの落ち着いた表情で尋ねる。


 フレドリカと会うときに使っていた部屋に、今日はクラースと二人きり。と言っても、もちろんフレドリカの想い人にやましい気持ちなどあるはずもなく、リネアは単刀直入に用件に入った。


「クラースに相談したいことがあるのです」

「僕に相談……? よろしいのですか?」


 クラースがやや怪訝そうに眉をひそめる。

 ただの司書が王女からの相談などを受けていいものか考えている様子だったが、リネアは構わず話し続ける。


「問題ありません。あなたならいい助言をしてくれるのではないかと思ったので」

「……光栄です。誠心誠意お答えしますので、どうぞお聞かせください」

「ありがとうございます。相談というのは……フレドリカ公女のことです」


 リネアがフレドリカの名前を出すと、クラースの指先がほんのわずかに動いた気がした。


「フレドリカ公女様のことと仰いますと、会話の練習のことでしょうか? それともまさか、また体調を崩されたとか……?」

「ああ、体調のことではありませんから大丈夫ですよ。公女は元気になさっているようです」

「それはよかったです」


 いつも冷静なクラースの声に安堵の色が混じる。

 三人で会話の練習をしていたときには気づかなかったが、案外フレドリカのことを気にかけていたようだ。

 すると、クラースがついでに思い出したように話を続けた。


「そういえば殿下も体調を崩されていたのでしたね。もう回復されたのですか?」

「ええ、もう大丈夫よ。ふふ、クラースったら、私のことよりフレドリカ公女のほうが心配だったみたいですね」

「……」


 クラースが無言のまま不自然に視線を逸らす。

 はいとも、いいえとも返事しないところに、真面目な彼の本心が見えた気がした。


「ところで、クラースとフレドリカは子供の頃に会ったことがあるんですってね。あなたは覚えていた?」


 リネアが尋ねると、クラースは今度は黙ることなく「はい」と返事した。


「公女様のお屋敷でお会いしたことがあります」

「フレドリカ公女が倒れそうだったのを助けたのでしょう?」

「たまたまです。少し手を貸して、人を呼びに行っただけですし」

「でもフレドリカ公女は心強かったと思いますよ」

「……たしかに、あとから送ってくださったお礼の手紙にそう書いてありました」

「あら、手紙のやり取りもしていたんですね」

「いえ、母親同士の手紙でしたので僕たちは特に……」


 クラースは何でもないことのように言うが、何年も昔の手紙の内容を覚えているなんて、特別な思い入れがなければ難しいのではないだろうか。


「それでは読書会が二人の再会の場だったのですか?」

「はい、読書会ではお姿を拝見するだけでしたが」

「久々に会ってどう思いましたか?」

「……素敵な女性になられているなと思いました」

「そうですね。外見だけではなく、内面も素敵な方です。優しくて、一生懸命で」

「はい……」


 クラースがぼうっとどこかを見つめながら返事する。

 それからハッとしたように姿勢を正して、軽く咳払いした。


「……それより、フレドリカ公女様のことで僕に相談というのは何でしょうか?」

「ああ、そうでしたね。そのことなんですが……」


 リネアはどう説明しようか考えたあと、柔らかく口もとを緩めた。


「やっぱり大丈夫です」

「え?」


 クラースと話していて、分かったことがあった。


 今までは、フレドリカと会わなくなることで彼女との絆が失われてしまうのではないかと怖かった。少しずつ築き上げてきた友情が、砂で作った城のように脆く崩れてしまうと思っていた。


 でも、フレドリカとクラースの話を聞いていたら、どれだけ遠く長く離れていても大丈夫かもしれないと思えた。

 二人の心が向き合っていれば、きっとまたつながれると。


 シベリウス公爵の警告どおり、フレドリカと距離を置いたとしても、それで終わりにはならない。そうはさせない。


 まずは政略結婚を確実に回避する。それができたら、またフレドリカを招待しよう。いや、リネアがフレドリカを訪ねていってもいいかもしれない。


「しばらくは忙しくなりそうなので、フレドリカ公女と会うのは控えなければならなそうです」

「……そうですか」

「ですが、たまに手紙を書こうと思います。クラースが公女をとても心配していたことは伝えておきますね。できたらクラースもお見舞いの手紙を書いてあげてください」

「え……ですが、公女様はお元気だと……」

「はい、でもきっと公女も喜ぶと思いますから」

「……分かりました」


 リネアはクラースに時間を取ってもらった礼を伝えると、図書館を出た。もやもやしていた心がすっきりした気がする。


 政略結婚回避は当初の計画が難しくなったし、フレドリカともしばらく会えそうにない。リネアにとってはよくないことばかりだったが、そう落ち込まなくてもいいのではないかと思えた。


 物事は一本道でも一方通行でもない。

 目的地に向かうにはいろいろな道があるし、行きたい場所には後からだってたどり着ける。


「まだ大丈夫。落ち着いていきましょう」


 リネアは、行きとは違って軽やかな足取りで王女宮へと帰っていった。


 しかし、数日後──。


「王女殿下……」

「フレドリカ公女!?」


 王女宮に、フレドリカが泣き腫らした顔で訪ねてきた。


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