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閑話 姫様と私

 私が姫様の侍女になったのは、父親が王族との繋がりを欲したためでした。


 本来なら、幼い王族の世話をする侍女は下級貴族から選ばれるはずはありません。ですが生まれてすぐに魔力量が少ないことにより冷遇された姫様の侍女になりたがる上級貴族の女性がいなかったからです。

 父親はヘクター殿下の派閥に属しているけど、特に影響力があるわけではありません。私を姫様の侍女にすることで、姫様の情報を得て殿下に近づこうと思っているようでした。


 ……もちろんすんなりと姫様の情報を渡すわけはないけれど。


 姫様が幼い頃は「好き嫌いはありません」とか当たり障りのないことを教えたりして誤魔化していましたが、姫様が大きくなるにつれていつまでも王太子に指名されない殿下側が焦りを募らせるようになりました。

 もっと姫様の弱みになるようなことを教えろと父親に強要されることが増えていったけど、そんなことを教えるわけがありません。


 私が思い通りに動かないことがわかると、父親は姫様の情報を諦めて私を結婚させて利を得ようとすることにしたようでした。


 突然お茶会に呼びつけられたと思ったら、私より少し年上の中級貴族の婚約者候補に会わされました。「美しい方ですね」と婚約者候補は私の容姿を気に入ったようでした。今日は父が用意した侍女に散々飾り立てられたため、いつもより化粧もドレスも派手だったからでしょう。婚約者候補と二人きりにさせられ、聞きたくもない自慢話を長々とされ、うんざりしながらも私は婚約を回避できる手があることに安堵しました。

 相手の自慢話が途切れたタイミングで切り札を出すことにします。


「ところで私はソルジット家の庶子ですがそれでも婚約されますか?」


 その瞬間それまで笑顔で饒舌に語っていた男の顔が嫌悪で歪みました。「ふざけるな!」と吐き捨てて去っていく相手に、こちらの台詞だと心の中で毒づいて城に戻りました。


 その後父親に庶子だと明かしたことを散々責められたけど、どうして隠し通せると思っていたのでしょう。少し調べればすぐにわかることなのに。父親の浅慮さにため息が隠せません。


 魔力量は遺伝による影響が大きいため、平民の血が混ざっている私では魔力がない子供が生まれてくる可能性があります。これで私に縁談を申し込んでくる者はいないでしょう。


 そう思っていたのに、今度は中級魔術師だということを利用して下級貴族に売り込んだようでした。しかしいくら中級魔術師の子供が生まれる可能性があるとしても、魔力なしの子供が生まれる可能性が消えることはありません。それでも私を娶りたいという人は性格に難があり普通の縁談ではまとまらなかった人たちでした。


 私は侍女という立場を利用して下女たちから情報を集め、女癖が悪い人には被害にあった下女たちの告訴に協力し、ギャンブル好きな人には違法賭博に出入りしていることを匿名で密告して潰しました。


 私との縁談が持ち上がると小賢しい手を使って縁談相手が不幸になるという噂が流れるようになり、ようやく縁談話に振り回されることがなくなりました。


 ……父親の怒り具合は凄まじかったですけどね。


 わざわざ城にまでやって来て文句を言いに来たほどでした。

 

「ここまで育ててやったのになんて恩知らずなんだ!お前は黙って私の言う通りに動けばいいのだ!」

「……あなたの言う通り侍女をしているではありませんか」

「口答えするな!生意気な女なんて煩わしいだけだ!お前の母親のように従順であれば可愛げがあるものを」


 母のことを言われてカッとなりました。文句が口をつきそうになりましたが、ぐっと堪えます。ここで感情のままに言い返してはいけません。拳を握りしめて爆発しそうな怒りを必死に鎮めます。


 お母様は全てを受け入れた上で微笑んでた。私に会えたからこれでよかったと、幸せだと言ってた。


 ここでさらにこの男を怒らせてさらに何かやっかいなことを持ち込まれても困ります。


「……申し訳、ございません」


 怒りを飲み込んで頭を下げます。私が頭を下げたことで少し溜飲が下がったようですが、しばらく小言を言われてようやく解放された時には疲れ果てていました。

 

 思ったより長く姫様のそばを離れることになってしまったわ。何か困っていらっしゃらないかしら?


 ノックをして入室の許可を得てから、姫様のお部屋に入ります。姫様は私が部屋を出た時と変わらず、ソファで本を読み続けていたようでした。


 私が冷めてしまったお茶を淹れ直してちょうどカップを置いた時に、姫様はパタンと本を閉じました。


「あーよかった!ハッピーエンドで。あっマリーベルおかえりなさい。お茶ありがとう」


 笑顔でお礼を言う姫様に心が洗われます。今日も姫様はとっても可愛いです。


 絶対にあの男の言うとおりになんてなるもんですか。私はずっと姫様の侍女でいるのです!


「ねぇねぇこのお話、幸せになってよかったよね」

「幸せ……でしょうか?終わりが『幸せだった』となっていましたし、若干不穏に思えるような所がありましたが……」


 そこまで言ってしまってからハッとします。


 あの男と違って姫様には反論する必要ないのに。「そうですね。よかったですね」って言えば姫様だって気分よくいられたのに。


 あの男のせいで心が狭くなっているようです。姫様の気分を害してしまいました。またふつふつと怒りが湧いてきます。


 そんなことを思っている間に姫様が本を開いて最後のページを読んでいたようでした。


「あっ本当だ。確かにどっちにも取れるね。でも私は幸せな結末の方がいいからそう思っとくことにする!人によって受け取り方は自由だもんね」

「そうですね。余計なことを申しました」

「えっ余計じゃないわ。私じゃ気付けなかったし、違う意見があるのは面白いよね。これからもマリーベルがどう思ったのか聞きたいわ」


 そう言って屈託なく笑う姫様。


 自分が捻くれていることなんて知っています。世間で言われている良妻の条件に当てはまらないことなんてわかりきっています。しょうがない。これが私だからと思っていても、誰かに言われるたびに心のどこかで自分が間違っているのではないか、おかしいのではないかと揺らぐこともありました。

 

 だけど姫様はそんな私の意見を聞きたいとおっしゃるのですね。捻くれた小賢しい私の意見を聞きたいと……

 そんなことをおっしゃるのは姫様くらいでしょうね。


「ふふ。では遠慮なく申し上げますね」


 私の敬愛する姫様がそうおっしゃるのなら、それでいいのです。

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