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75話 謝罪

 秋の3の月、中の頃の納品にミレイナとピエールさん、御者である帽子を目深に被った下男がやってきた。

 手際良くピエールさんと下男が荷馬車から荷物を降ろし、マリーベル、テオくん、アメリーさんが館の中に運び込んでいく。見事な連携プレーでどんどん荷物が消えていく。

 ちなみに私は役立たずなのでミレイナと師匠、パールと一緒に庭で椅子に座って見守っている。荷物を運んでいるマリーベルを見ながらミレイナが不安そうにぽつりと呟く。


「本当にうまくいくのかしら?」

「とりあえず第一関門は突破かな?」

「きゅ!」

「どうでもいい」


 そう言うと師匠は畑の様子を見に行った。ちなみに今食べごろなのは白菜だ。


 私は視線をマリーベルたちへ移した。


 どうか二人にとって幸せな方向へ行きますように。




 あらかた荷物が運び終わり、テオくんとアメリーさんには館の中で荷物の整理をお願いする。ミレイナに視線を送ると承知したというようにミレイナは一つ頷き、ピエールさんを伴って荷馬車へと向かった。


「マリーベル、会って欲しい人がいるの」

「会って欲しい人ですか?」


 不思議そうな顔をしているマリーベルを横目に私は下男の方を向く。下男はゆっくりと帽子を外すと、今まで見えなかった顔があらわになった。眉尻を下げた男の顔を見た途端、マリーベルの目が吊り上がった。


「姫様……?どういうことでしょうか」


 ひぃっ!


 マリーベルの冷ややかな怒りを全身で感じて冷や汗が出る。この前のように声を荒らげることなくいつもと同じ怒り方だけど怖いものは怖い。そんな私の前に師匠が立ち塞がった。


「お前たちが揉めるのが悪いんだろう。メルが心を痛めてる。さっさとなんとかしろ」

「そんなことをおっしゃいますが、フレデリック様は姫様が作られたものを貶されて簡単に許せるのですか?」

「許すわけがないだろう」

「同意見です」


 うんと頷きあう師匠とマリーベル。顔色が悪くなるヴァレリーさん。混乱する場に私は思わず叫んだ。

 

「師匠はどっちの味方ですか!?」

「俺はメルの味方だ」


 真顔で簡潔な答えが返ってきた。冗談なのか本気なのかわからないがここは乗っておこう。


「ありがとうございます。じゃあ私のために平和に解決できるように協力してください!」

「わかった。さっさと謝れヴァレリー。それでメルのために許せ、マリー」


 腕を組んで尊大に言い放つ師匠。ここまで偉そうに言えるなんてある意味尊敬する。私にはできない。すごく自分勝手で、殿下の言動に似てるものがあるのにそんなに嫌な感じはしない。何で師匠と殿下だと違うんだろう。そう思うのは私だけなのかマリーベルの眉間には、くっきりとシワが寄っていた。


 それまで黙っていたヴァレリーさんが一歩マリーベルに近づき、勢いよく頭を下げた。


「あ、あのマリーベル様、先日は誠に申し訳ございませんでした!何に価値を置くかはその人の自由です。それなのに私の価値観で勝手に価値を決めつけてしまいました。本当に申し訳なく思っております」


 ヴァレリーさんは深く深く頭を下げたまま、言葉を続ける。


「それでも私はマリーベル様を諦めたくありません!先日は失敗してしまいましたが、一度だけチャンスをいただけませんか!?」


 ヴァレリーさんの血を吐くような叫び。切実さが伝わってきて、言われているわけではない私まで胸がギュッとなった。当のマリーベルは表情の読めない顔で何を考えているのかわからない。そんなマリーベルがポツリと零す。


「……あなたは……幻滅しないのですか」


 ヴァレリーさんが思わず頭を上げて「何故ですか?」と不思議そうな顔をした。そんなヴァレリーさんにマリーベルが少し戸惑っているようだった。


「大切なものを貶されれば怒るのは当然です」

「……それに私は妻に求められる資質を持っていません。従順ではありませんし、家庭よりも姫様を優先します」

「それは私も同じです。仕事を誇りに思っているからこそ、絶対に家庭を優先するとはお約束できません。『従順』が妻の資質なのは貴族だけだと思いますよ。平民の妻は自主性がないと生きていけません」


 ……というか貴族の妻に求められる資質が『従順』なの?相手にもよるけど、嫌なことやれって言われたら「嫌です」って言っちゃいそうだよ、私……やっぱり貴族と結婚できないや。まあするつもりないからいっか。

 

「それに」


 私が少々脱線している間もヴァレリーさんの言葉は続いていた。


「従順なんてつまらないです。違う人間なんですから自分と違う意見がある方が面白いですよね」


 マリーベルの目が零れ落ちそうなほど大きく開く。


「……あなたは本当に似ていますね……」


 マリーベルが小さく零した言葉にヴァレリーさんが不思議そうに首を傾げる。二人の様子を見守って静かにしていた私も意味が分からず思わず首を傾げた。そんな私をチラリとマリーベルが見る。隣で師匠が何やら気づいたように「ああ」と頷いていた。


 マリーベルは吹っ切れたように長く息を吐き出すとやがて小さく笑った。


「しょうがないですね。姫様に免じて一度だけチャンスをあげます」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 顔を輝かせるヴァレリーさん。とりあえず無事、マリーベルの許しを得たようで一安心だ。私もホッとしてヴァレリーさんに駆け寄り「よかったですね!」と言うと満面の笑みで「はい!」と返ってきた。


「ただし二度目はありません」


 何度見ても怖い笑みで釘を刺され、ヴァレリーさんの近くにいた私も思わずヴァレリーさんと一緒に青い顔でコクコク頷いてしまったのだった。

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