73話 マリーベルの激昂
「姫様、フレデリック様!寒い中お待たせいたしました。どうぞお戻りくださいませ!」
マリーベルはそれだけ言うとヴァレリーさんを怒りの籠った目でひと睨みしてから、勢いよく扉を閉めた。
……怖い。どちらかと言うと冷ややかに怒るマリーベルがここまで声を荒らげるとは……
私が震えていると、パールも怖かったようでいつの間にか私の足にしがみついて震えていた。靴と靴下が泥で汚れてしまったけど、これでパールを叱るのは可哀想だ。
「ヴァレリー、何をしたんだ?」
マリーベルの怒りに動じてない師匠は、ヴァレリーさんに何があったのか聞こうとしているが、放心状態のヴァレリーさんは話すことはおろか微動だにしない。地面に座り込んでいるのも体が冷えそうなので、ヴァレリーさんを引っ張って椅子に座らせようとしたが、心ここにあらずなヴァレリーさんを非力な私にはどうすることもできず、見かねた師匠が手伝ってくれた。
荷物のように肩に担いでぞんざいに椅子に座らせてたけど、それでもヴァレリーさんは動かない。このままじゃ何があったのかわからない。私はため息混じりにヴァレリーさんに声をかける。
「ヴァレリーさん、お話してくれたら私たちに何かできるかもしれませんよ」
横で師匠が「えっ俺は何もしないぞ」と言っているけど、とりあえず流す。何処か遠くを見ているようなヴァレリーさんの目がゆるゆると私の姿を捉えた。
「どうしてあそこまでマリーベルが怒ってるんですか?」
私が問うと、ようやくヴァレリーさんが口を開いた。
「……よく、わかりません」
「マリーベルは理由なく怒る人じゃないわ。私が二人でお茶するように言った時、不承不承だったったけど、怒ってはいなかったはず。怒る直前、何を話していたの?」
ヴァレリーさんが記憶を辿るように斜め上を見ながら話し出す。
「……そうですね。初めは和やかにお話してました。……お茶がなくなったため、マリーベル様がおかわりを取りに席を立った時に、髪飾りが目に入って……」
髪飾りという言葉に私はドキリとした。横で師匠もピクリと体が反応している。
も、もしかして……
「髪飾りは一見綺麗に見えましたが、石の細工が不揃いでした。ですから『そんな安物の髪飾りはマリーベル様には似合いません。私がもっとマリーベル様に似合う髪飾りを贈ります』と言った後にお怒りに……」
「「あーーーーーー……」」
思わず私と師匠の声が揃った。そしてヴァレリーさんに対して申し訳なく思った。
「……ごめんなさい、ヴァレリーさん。あれ作ったの私なんです」
「えっ!?」
「そうだぞ。メルが作ったというだけで何よりも価値がある髪飾りだ。それを貶すとは……お前は不敬罪だ」
「ええ!?」
「ちょっと師匠!面倒くさいこと言い出さないでください!」
マリーベルだけでなく師匠の機嫌まで構っていられない。師匠の言葉を間に受けて青くなったヴァレリーさんに「大丈夫ですから」と言って宥めながら師匠に冷ややかな目を向ける。たじろいだ師匠が挽回するように仲直りのための案を出す。
「と、とりあえずメルがマリーを説得して話を聞いてもらう機会を作って、あとはマリーが好きなものとか欲しがっているものを贈って許しを乞うのが無難じゃないか?」
「姫様、心当たりはございませんか?」
ヴァレリーさんに縋るような目を向けられて、うーんと考える。
「マリーベルが好きなもの……本、あとは可愛いものが意外と好きだけど身につけるものはシンプルなものなのよね」
「マリーベル様は宝飾品はあまりお好きではないのですか?」
「うーん。嫌いではないと思うけど、実用性を取るから豪華な宝飾品を貰っても『新年祭で使えてありがたいです』くらいの反応で普段は身につけないと思う」
私の言葉に師匠が小首を傾げた。
「侍女は華美じゃなければ宝飾品を身につけてもいいだろう?」
「仕事中に着飾る必要性がないって言ってました」
「マリーらしいな」
師匠が苦笑する。私は引き続きマリーベルが好きなものを考える。
「あとは……食べ物ですかね?」
「それなら東方のスパイスなんて珍しくていいんじゃないか?」
「いいですね」
「じゃあミレイナのお店ですね」
師匠の案にヴァレリーさんが乗っかり、案外サクサクと贈りものが決まった。よかったと安堵する私とは反対にヴァレリーさんは心配そうに俯いた。
「そもそも会ってもらえるのでしょうか……」
「俺ならいくらメルに説得されてもすぐには会わないな」
間髪入れずに答えた師匠の言葉を聞いて大きく肩を落とすヴァレリーさん。余計なこと言わないでよね、と思うがマリーベルの思考回路は私より師匠のが近い。その師匠がそう言うのなら、マリーベルもなかなか会ってくれない可能性のが高そうだ。ということはもうマリーベルに内緒で会わせるしかなさそうだ。私は頭の中でざっと考えを巡らせる。
「許しを乞う前に会うことすら難しいなんて……」
大きくため息をつくヴァレリーさん。私は考えをまとめて頷いた。
「うん、これもミレイナですね」
「「え?」」
今度は師匠とヴァレリーさんの声が重なった。




