第二話
時を遡ること七年前。カメロ村の一軒家に住んでいたのはテフザと当時十歳になるエリオスだった。テフザは、今まで集めた金品や宝、そして今住んでいる一軒家を売り払いカメロ村の中心部に宿屋ガリニを建てた。
「ここは、王都に行く旅人が多いからな。一休みで宿泊して行く奴も多くなるだろ。我ながらいい金儲けを見つけちまったぜ!わざわざ王都まで行かなくても仕事ができて最高だな!」
「これでこの家ともお別れかぁ。ちょっと寂しいけど、新しい家も楽しみだな!親父!」
「馬鹿野郎!家兼、宿屋だ!これから仕事が増えるぞエリオス!」
引っ越しの為、荷造りした箱に座り、二人は楽しそうに話していた。荷物を持って今までの家に別れを告げる。
そして宿屋ガリニに足を運んだ。木造りの綺麗な外観。入口の上にはガリニの文字が掲げられている。宿屋の裏には木が立ち並び、少し奥には小さい湖が見えた。その光景に二人の顔が自然と緩む。
「いいねぇいいねぇ。ここが俺たちの住処だぜエリオス。なんだか笑みが溢れちまうなぁ。」
人一倍嬉しそうなテフザが入口を開け、二人は一緒に足を踏み入れる。外観と同じ木材が使われているのだろうか、自然味あふれる木造りのフロントに大きな窓が太陽の光を迎える。中の光景に大満足の二人は、次々と宿屋にある部屋を回り、感動の連続に溺れていた。
「よっしゃ!明日から開店だからな、今日はゆっくり休んで、もう少しこの誰もいない新しい宿屋を堪能して!明日に備えるか!張り切っていこうなエリオス!」
「おーーー!」
二人は、一日中新居を堪能し、喜び疲れ眠りについた。そして翌日。客は一人も来ない。
「んー。なにもなしに急に始めても客なんか来るわけないか。よし!宣伝だ宣伝!ここから近い場所っていったら、王都と無領地にあるトワルゴンか。今日はガリニを一旦閉めて、トワルゴンに行くぞエリオス!」
テフザの提案にエリオスは大喜びで飛び跳ねた。そして二人は宣伝用の雑なチラシを作りトワルゴンへと向かった。
二人がしばらくカメロ村を下って行くと、林の開けた向こう側に小さな町が姿を現した。
そこはハドルフ領地とウィルド領地の間にある、何処の領地にも属さない地、『無領地』にある町トワルゴン。ハドルフの王都までとは行かないが、道は綺麗に整えられ、店も多く、買い物をする主婦や、町を走り回る子供が沢山見えた。
「なぁ、いい町だなエリオス。ここの町長に会いに行こう。宣伝の力になってくれるかもしれねぇ。」
二人はトワルゴンの町を歩く。町長の家に行くまでに沢山の店を覗いた。本屋に寄ると、店長のおじちゃんが優しく話しかけ、果物屋の前を通ると店のおばちゃんが、果物をくれた。皆優しく、そして旅人も多い。小さな町にしては、活気あふれる町だった。
そして町長の家に着くと、庭で花に水をあげるお爺ちゃんがいた。
「すんません!俺の名前はテフザ・マルボーロっていいます!カメロ村に新しく宿屋を出したので、宣伝したくて来ました!」
「ほぉ、元気な若いのが来たなぁ。私は町長のエル・トワルゴンだ。好きなだけ宣伝していくといいよ。どれ、私も少し手伝ってやろう。」
この町の町長エル・トワルゴンは、無償でガリニの宣伝を手伝ってくれた。宣伝活動を続けるうちにテフザの性格を気に入ったのか、仲良くなったようだった。
その後、宣伝とトワルゴンの協力もあり、ガリニへ訪れる客は少しずつ増えていった。しばらくガリニとトワルゴンの交流は続いた。そしてエリオスは、ガリニの仕事を手伝って貯めたお小遣いで本を買うため、トワルゴンへ向かった。
カメロ村からしばらく歩きトワルゴンが見えて来た時、大きな爆発音と共に、トワルゴンから煙が上がるのが見えた。トワルゴンの方から人の波が押し寄せてくるのが見えた。その場に硬直してしまったエリオスの横を沢山の人が走って通り過ぎていく。
「ウィルド王国の奴らが攻めて来やがった!」
「あの町も、もう終わりだ!」
その言葉を聞いた瞬間、エリオスは、世界がまるで止まってしまったかのように感じた。最悪の事態を考えれば考えるほど、時は遅く、人々の押し寄せる波が大きくなるように思えた。
逃げる人の肩にぶつかり、エリオスは我に返る。
「エル…エルさん…エルさん!」
エリオスは人混みに反してトワルゴンへ走った。息切れを忘れてしまうほど、夢中になって走り、トワルゴンの町の入口に到着する。町に普段見ることのない銀色の鎧を身に纏う騎士を見つけ、町に入ってすぐの建物の影に、身を隠した。
今頃息切れが出始め、張り裂けそうな胸を必死に抑える。呼吸を整え、顔を覗かせようと足を動かした時、何かに当たったのに気付く。そして下を見ると、そこには下半身のない子供がうつ伏せに倒れていた。辺りを見回すとそこら中に死体が転がり、見たこともない光景に吐き気が込み上げる。胸を強く抑え、喉まで出かかった声を漏らさぬよう、物陰から顔を覗かせる。
本屋は半壊し、外には本が散らばり、半壊した壁には、動かない手が乗っていた。果物屋は潰れ、瓦礫の下敷きになっているおばちゃんが見える。そして腕と足を縛られたエル・トワルゴンが馬車の後ろに転がっていた。
そこへ、黒い鎧を身に纏った大柄の騎士がやってくる。
「エル・トワルゴン。貴様、どれだけ我が国の王がよくしてやったと思っている。それなのに金品の一つもよこさぬか。しばらく目を瞑って来たが、どうやら我がウィルド王にも限界が来たようだ。」
「よくして下さったのは有難いが、最初から支援は全て、お断りしているはずです!ここは何処の領地にも属さぬ無領地!ウィルド王国へ貢納する義務も義理もないはずだ!」
「口を慎め。貴様がどれほど喚こうがもう遅いのだ。ウィルド王がお呼びだ。貴様を我が国へ連行する。」
黒い騎士によって雑に抱えられ、馬車に乗せられたエル・トワルゴン。その様子やこの町を見て、怒りや憎悪、嫌悪の感情がエリオスの中で広がっていく。我を忘れたエリオスは鉄の棒切れを持ち、建物の影から出ようとしていた。
その時、エリオスの後頭部に衝撃が走り、誰かの腕に倒れる。
「馬鹿野郎…お前だけは…絶対に死なせねぇぞ…。」
父テフザの微かな声が聞こえ、そのまま気を失った。
気が付くと目の前はガリニの天井だった。ベッドに横たわり、エリオスの手を握り眠っているテフザがいた。
「夕暮れか…」
窓の外には綺麗な夕日が差し込み、エリオス達を照らしていた。そんな美しく明るい夕日とは裏腹に、重くのしかかる空気が流れていた。
後に聞いた話によると、エル・トワルゴンはウィルド王国で処刑され、無領地の町トワルゴンは、その日世界から消滅した。
そして皮肉にも、トワルゴンが無くなったことにより長旅をする人が増え、ガリニを訪れる客が前にも増して一層増えた。




