2-2 逆討《さかうち》
待合用の椅子に向かっていたクートは、ゆっくり顔を上げた。
怒鳴り声をかけたのは、髭面の大男だ。全身に革の防具を巻き付け、腰にはクートの身長より長そうな大剣を帯びている。
その赤茶色の髭に覆われた口を大きく開き、ダミ声を続けて浴びせてくる。
「そんな大物を、てめえみたいな小僧が狩れるはずがねえ。森から運んでこれるはずもねえ。大方他の誰かが狩った獲物を掠めてきたんだろうがよ」
「あれは、まちがいなく僕が一人で狩った」
「そんなわけがねえ! まちげえねえって言うなら、証拠を見せてみろ!」
目を馬鹿にしたように眇めて、大口で唾を飛ばさんばかりに喚き立てる。
それに対して、小さな黒装束は軽く首を傾げる。
「変な話だね。そういう場合、疑いをかける方が犯罪の証明をするものじゃない?」
「うるせえ! みんなが怪しいと思ってるんだから、てめえに説明の義務があるってもんだ。まちげえねえなら、どうやって狩ったか言ってみろ」
「そんなの簡単にべらべら話すのは、二流の狩人だって聞いたよ」
「ああ言えばこう言う、いちいちうるせえ、このガキが!」
大男は、腰の剣の柄に手をかけた。
何だ何だ、と三人の男がその後ろに寄ってくる。どうも、大男の仲間らしい。
「俺らだって、黒毛山牛を狩るなどこの四人でかかってやっとだ。他の連中だって似たようなもんだろう。てめえみたいな小僧が一人で狩れるはずがない」
「そんなの、知ったこっちゃない」
「何だと、生意気なガキが!」
太い腕が、剣を抜きかかる。
その手を、後ろに立った男が掴んで止めた。
「待てよレンニ、協会の中じゃ拙い!」
「く――」
いつの間にか、周囲には十名を超える魔狩人たちが囲んでいる。
その総じて体格のいい男たちをかき分けて、さっきクートの相手をしていた職員が出てきた。
「こらこら、協会で揉め事はやめてくれ!」
「ヨウシアよお、おめえだってこいつが狩ったか疑問だろうが。ちゃんと本当か、調べてくれ」
「レンニ、そんなのは通らない。狩ってきた獲物はそこに不正が行われたという証拠がない限り、平等に買い取るのが協会の方針だ」
「だけどよお、あまりにおかしいじゃねえか」
「それでも、平等だ」
「ケッ、融通の利かねえ」
土の床に唾を吐きかけ、レンニは仲間の手を払って一応剣は収め直した。
そうしてから、噛みつかんばかりの形相をクートに向ける。
「それなら、今日の獲物はそれでいい。ただおめえ、そんな腕が本当にあんのか、裏の広場で俺と立ち合え!」
「え、嫌です」
「何だと、こいつ!」
「そんな戦闘狂じゃないので、先輩、勘弁してください」
「許さねえ、こいつ! いっぱしの狩人のつもりなら、腕を見せろ!」
いきなり、大男は掴みかかり。
小さな黒装束は、するりとその腕の下をすり抜けた。
「勘弁してください」
「レンニ、ここで暴れるのはやめろ!」
ヨウシアと呼ばれた職員に強い言葉をかけられて、レンニは不満顔で腕を止めた。
仲間たちがそれを、まあまあと宥めている。
「ふん、分かったよ」仲間の手を振り払い、黒装束を睨みつける。「小僧、覚えていろよ!」
そのままずかずかと大股で、協会建物を出ていく。
仲間の三人が、小走りにそれを追っていく。
囲んでいた他の魔狩人たちも、ガヤガヤと離れていった。やれやれと苦笑する者もいれば、何だもう終わりか、と物足りなげな顔の者もいる。
疲れた様子の職員と、クートだけがそのまま残った。
「クートも、問題起こさないようにしてくれよ」
「ああいった要求を、聞く必要はないよね?」
「それはそうだが。お前さんはただでさえいろいろな意味で目立つんだ。ああいう血の気の多い奴をますます興奮させるのは勘弁してくれ」
「善処する」
「頼むよ。じゃあ、買い取り金が用意できたから」
「うん」
受付に戻り、ヨウシアは金貨と銀貨を数えて手渡してきた。
贅沢を言わなければ、大人一人が数ヶ月暮らせる金額だ。
金額の内訳を口頭で聞いて、クートは頷く。
「じゃあ、どうも」
「おう、ご苦労様」
小柄な黒装束が出口に向かう頃には、中に集う狩人たちはもう好奇の目を向けてこなかった。
ガラガラと荷車を引いて、大通りを歩く。
タハヴォネン侯爵領内では領都に次ぐ人口を抱えるこの町スヴェストルの中央通りで、まだ陽の高い頃合い、賑やかな人の行き交いが続く。
途中で細い道に折れると、うって変わってまったく人通りのない小路のずっと奥に、教会の建物が見通せるようになった。
そちらに向けて、クートが真っ直ぐ歩き出すと。
背後から、ダミ声がかけられた。
「待てよ、小僧」
荷車を道脇に寄せて、ゆっくりクートは振り向く。
予想通りの大男と、その後ろに三人の仲間が立っていた。
「レンニ先輩だったか。何の用だろう」
「性懲りもなく生意気な口をききやがる。小僧、獲物を狩った証明をする気がないんなら、その買い取り代金を置いていけ」
「え、嫌ですけど」
「うるせえ、その腕一本と一緒にもらってやる!」
いきなり抜刀を振りかぶり、レンニは殺到してきた。
その後ろで、仲間たちも剣を抜いているのが見える。ただその顔はにやにやと、余裕の表情だ。朋輩の腕は承知して、万が一にも助太刀の必要はないと見越しているのだろう。
駆け寄る大男に向けて、クートも剣を抜く。
「遅えぞ、ガキが!」
手加減の様子もなく、小柄な右腕目がけて大剣が思い切り振り下ろされた。迷いなく生き物の命を奪うことに慣れた、力強い太刀筋だ。
次の瞬間。
「うお?」
大男の大剣がジャリンと地面に落ち。
クートの剣がその右臑を横払いしていた。
血は出ない。が、他と比べて肉づきの少ない部位が、妙な方向に折れ曲がる。
「ギャアアアーー!」
「何だ?」
「レンニ、何してる?」
「この野郎!」
一瞬驚愕に硬直し、すぐに仲間の男たちは次々剣を振りかぶって駆け出してきた。
待つ様子も見せず、クートも正面から駆け寄る。
先頭の男の、剣が振り下ろされ。
次の瞬間、地に転がり落ちる。
クートの剣が、臑を払う。
続く二人も次々と、同じ顛末となった。
「ギャアーー!」
「痛えーー!」
「グワーー!」
四人の大柄な男が横並び、片臑を押さえて呻き地面にのたうち回る騒ぎだけが残っていた。
黙ったままクートは傍に歩み寄り、落ちていた四本の剣を次々と遠くに蹴り飛ばした。
それから改めて、レンニに向き直る。
ゆっくりと、両手で握った剣を振りかぶる。
「ま、待て。命は許してくれ――」
「歯を食いしばって」
「え、なーー」
続けて、容赦なく剣が振り下ろされた。
背を丸めた男のまだ無傷の、左臑に。
「ギャアアアーー!」
恥も外聞もなく泣き叫ぶ大男の口に、泡が吹き出していた。
続いて向き直られ、残り三人はズリズリと土の上を躙り下がった。
「頼む、許してくれえ――」
「お願いだあ――」
「助けてくれ――」
「歯を食いしばって」




