2-1 小僧
〈ルオナヴァーラ暦614年9の月〉
「買い取り、お願いします」
「は、はい――?」
受付前に荷車で運ばれた獲物を見て、担当の中年男は声を裏返す。
もう少し慣れたとは言え、獲物とそれを運んできた人間の不相応さに、いきなりだと頭が追いついていかないのだ。
「クートか。え、えーと、黒毛山牛だね?」
「うん」
小ぶりの荷車に載せられた獣の死骸は、それほど珍しいと言うほどではないにせよ、魔狩人協会の中で明らかに大物と分類される魔獣だ。
牛と名のつく家畜に外見上似通ったところはあるというものの、そちらと比べて角は大きく鋭い。見た目あり得ないほど凶暴に見せる牙が、口の上部から覗く。加えてその大きさは、四つ足の格好で高さ、長さともに人間の大人の身長を超えている。
その真っ黒で小山のような外見から想像される通り気は荒く、とんでもない速度で突進して人や大方の獣類を軽々と撥ね飛ばしてしまう。
とても、一人や二人の狩人で仕留めることのできる魔獣ではないのだ。
「裏で大きさなどを測って買い取り金額を決めるから、少し待ってくれよ」
「うん」
「頭から背中にかけてのこれは、火傷か。火魔法で狩って短剣で仕留めたのか」
「秘密」
「……そうだったな」
小さく頷いて受付台を離れるクートと呼ばれた人物の姿は、獲物の大きさとともにずっと周囲の視線を集め続けている。
これも、いつものことではあるが。
見た目が、異様に過ぎるのだ。
服装は、少しだぶついてはいるが手掌以外の全身をしっかり覆う真っ黒な上下服と、簡易な黒っぽい革の防具。それだけならまだしも、首から頭の天辺まですべてを黒い布で覆い、そこだけ露出した両目に貴族が舞踏会で用いるような銀色の仮面をつけている。
つまり全身くまなく真っ黒、目の周りだけわずかに銀色という徹底した外見隠蔽の格好だ。
その黒ずくめの服装で、背には革の鞄を背負い、腰には短めだが幅は広めの剣を下げている。
それに加えて、さらに顕著な特徴がある。
魔狩人としてはあり得ないほどの、小柄な体型だ。
まず、成人男子とは思えない。工房などで見習いを始める十歳程度の子どもと比べても、もしかすると小さいかもしれない。
かなり口数は少ないが、時おり漏れる声は低めに装っても明らかに高く幼げだ。
この点は、クートがこの協会に初めて現れたときから、周囲の共通認識となっていた。
『子どもが背伸びをして、大人の真似をしようとしている』
ここ、カルッティアラ王国タハヴォネン侯爵領の北端の町スヴェストルには北方に山や森が迫り、そこに棲息する凶暴な魔獣が日常的に近づいてくる。
魔獣というのは外観でふつうの獣と見分けにくいものもいるが、体内に魔核を持つかどうかで判別される。
どういう理由で魔核を持つようになったかなどは解明されていないが、これによってふつうの獣より力が強くなる、凶暴性を持つ、などの傾向が想像されている。その多くは獣や人間の肉を食らう、とにかくふつうの人間は近づかないのが賢明とされる、野生動物だ。
そんな魔獣の脅威から町や領地を守るため、この町は全周を高い石壁で囲まれているのに加え、それらを狩ることを生業とする魔狩人と呼ばれる者たちが多く集まっている。そんな狩人たちを統括しているのがここ、魔狩人協会だ。
狩った魔獣には種類や大きさに応じた報奨金が領から支給されるし、その肉や毛皮、角や牙などはそれぞれ加工され商品になるものが多い。魔核もたいていは売り物になる。それらを統合して買い取ったり、狩人たちに魔獣出没の情報を与えたり、などが協会の役目となっている。
協会を利用する狩人は登録制となっていて、氏名や年齢などを予め届け出ている。その資格年齢は、公には十二歳以上となっている。
『あいつ絶対、十二歳になっていないよな』
とはひと月ほど前、クートの登録時から周囲に囁かれていたことだ。
ただそれでも、登録を拒否されることはない。本人が十二歳だと主張すれば、それで通ることになる。頻繁と言うほどでないにせよ、年齢詐称など過去そこそこに例のある話だ。
何しろ国中何処を探しても、国民領民の年齢を証明するものなど、ないのだから。この町で生まれ育っている者なら近所の人間が証言できることもあり得るが、他の町やその辺の村出身という自称だとしたら、証明の方法はないしそれを義務付けること自体現実的ではないことになる。
そのため、年齢は自己申告、それでお終いだ。偽称したことで不都合が生じたとしても、すべて自己責任になる。
ついでに言えば、覆面で顔を隠していたら登録不可という規則もない。登録時に掌紋をとっておくので、いざというときにはそれで本人確認ができ、成りすましなどはできないのだ。
現実、年齢詐称で協会に不利益が生じることも考えられない。狩人の不始末を尻拭いする制度などないし、狩りで死傷したものについても何の面倒を見ることもない。
ということで、クートが十二歳に達していない男児であろうことは公然の秘密、と言うか誰もが認識していて気にかけるつもりもない事実ということになっている。
ちなみに、クートの性別については誰も疑いを持たない。
女が狩人をするなど最初からあり得ず、誰にも頭の片隅にも上らないのだ。
このような荒仕事、女の腕に耐えるものではない。何人かの男の集団に女を加えるなど足手まといにしかならないし、宿泊を伴う遠出をするなら風紀上の問題が生まれるだけだ。
豪胆な狩人の集団が娼婦を連れて森に入り、狩りの合間に乱痴気騒ぎをしたという事例が過去あるが、現実はそんなものがせいぜいだろう。
女だけの集団での遠出など事実上治安の保証がない町の外で荒くれ男たちの餌食になるだけだし、一人で森に入るなど論外以前の話だ。
そもそも男にしてもそうだが、女にとって町に働き口がないわけではない。まだ幼くてもおよそ十歳以上であれば、商家などの下働きや子守りといった口はそれなりにあるのだ。少し伝手があれば、裁縫などの工房に見習いで入って修業することもできる。
どう考えても、女の狩人など常識外、人生を捨てる気の者でもなければあり得ない、ということだ。
『小さいのに、健気だよな』
というのが、周囲のクートに対する受け止めになっていた。
当初、予想の幼さを案じる者はいても、排除しようとする動きはなかった。
年長者の真似をしようと無理はせず分を弁えて行動しろよ、と忠言する者がいた程度だ。
あまりに危なかしいので自分の組に入れてやる、と申し出た年長者はいたが、丁寧に断られたという。
覆面の下の素顔を見た者も、住処を見つけた者もいない。
ただ一度好奇心でクートの帰りをつけていった男が、途中で見失った、しかし歩いていた向きは孤児院のある教会の方だった、と周りに告げた。
それ以来、あの小僧は年齢を隠して稼ぎたい孤児なのだろう、と皆に認識されている。
しかし間もなく、周囲は驚かされることになる。
最初はその子どもも、森の浅いところに棲息する兎の魔獣といった小物を狩って運んでいたのだが。
ある日、自分の背丈よりかなり大きな茶白山鹿という魔獣を荷車に載せて戻ってきたのだ。鹿と名前がついているが肉食で力も強い、ふつうは狩人数名でかからないと狩ることができない魔獣だ。
受付の職員は、仰天して小さな狩人の覆面顔を二度見した。
「クートお前、こんな大物をどうやって狩ったんだ?」
「秘密」
「う……」
魔狩人は、自分の技量を他人に明かさないというのが常識だ。
別行動の狩人同士は森の中で競争相手となるのだし、へたをすると私闘を起こすこともあり得る。集団で動く仲間相手にはともかく、自分の切り札のような技は、他人に知られないのが望ましい。
そういう慣例から、協会職員もそうした秘密を無理に聞き出すことは禁じられている。
しかし職員たちも他の狩人たちも、これには好奇心に駆られて黙っていられない様子になっている。
こんな大物を狩った方法もそうだが。
歩いて片道一ゲール(時間)以上もかかる森から、荷車を使ったとは言えこんな重量を小僧の細腕で運んできたなどとても信じられない。
たまたま何かの偶然か、と納得する者もいたが。
クートはそれからたびたび、毎日ではないが十日と空けず、同様の大物を運んで帰ってきたのだ。
周囲の疑問や好奇心は、当然ながら爆発せんばかりに膨らんでいる。
そしてこの日、遂にその一つが弾けた。
「小僧、そんな獲物、何処で掠めてきやがった!」




