2-15 道連《みちづれ》
伸ばしたヨエルの手の先を、小柄な黒装束はついと去なす。
たたらを踏んだ格好で、長身男は横に動いた黒姿を目で追った。
「何だよおい、逃げることないだろう」
「寄らないで」
「そんな邪険に――」
さらに追い縋ろうとした、ところで。ヨエルは踏み出しかけた足を不意に止めた。
違和感を探って彷徨った視線が、自分の腰に落ちる。
「え?」
そこにあったはずの愛用の剣が、消え失せていた。
「な――」
「警告したよ」
面白くもないという口調で。クートは背負った袋の右肩にかけていた紐を外す。
そうして上口に手を差し込み、無造作に長い剣を引き出した。
さらに投げやりな手つきで、それを放り返す。
慌てて受け止め、ヨエルの両目が丸くなる。
「え、え――な――魔法袋か?」
「今度近づいてきたら、身ぐるみ剥がす」
「そんな、乱暴な」
「人と連む気、ない」
「いや、しかし――」
それ以上話す気はないという様子でくるりと向きを変え、クートはさっさと歩き出していた。
剣を腰に戻し、ヨエルは慌ててそれを追う。
「待てよ、おい――」
「近づかないで」
「――分かったよ」
小さな歩幅精一杯という速度で、歩き続ける。
頭をかきながら、ヨエルは十数ガター距離をとった後ろでそれと歩調を合わせた。
黒装束はそれきり振り返らず、相手をする気もないようだ。
「つれないよなあ。六日間一緒に旅した仲なのに」
ぶつぶつこれ見よがしの独り言を立てても、一切反応はない。
長身男としてはかなり抑えた足どりで、奇妙な道連れは一本道に延々と続いた。
一定速度の歩行は、午を過ぎたかという頃合いになっても、変わらない。
久方ぶりに、ヨエルは前に声をかけた。
「おい、休憩をとらないのか? 腹は減らないのかよ」
返事は、ない。
しばらくしてよく見ると、クートは何やら手にしたものを口に運んでいるようだ。魔法袋に入れていた軽食をとっているということか。
何だよクソ、とヨエルは首を振る。
仕方なく自分も携帯していた干し肉を取り出し、歩きながら囓ることにした。
単調な草原の間を辿り、
林の中を抜け。
時おり迫る、畑の脇を過ぎ。
やがて夕暮れ迫る中、街道の先に防壁に囲まれた町が見えてくる。
往路の一行が二日前に入り、一泊の後領兵たちの同道で発ってきた領端の宿場だ。
門を潜り中に入ると、この日も宿泊予定の旅人たちで賑わっている。
客引きで活気立つ宿屋や食堂の間を、それらに目も向けず黒装束は変わらない歩調で抜けていく。
そのうち道は盛り場を過ぎて、両脇に閑静な住宅が多くなっていた。
さらに進んで、先に入ってきたのと逆側の出入り門が見えてくる。
何のつもりだ、とヨエルが足を速めると、クートは躊躇いなくその門から町を出るところだった。
「おい、宿をとらないのかよ」
防壁の外に出て声をかけても、返答はない。ただ同じ足どりの徒行が続くばかりだ。
再び、街道は木立の間に入る。
この先タハヴォネン侯爵領との境界まで、宿をとれるような集落はない。どちら側から街道を進んできても、今通り抜けてきた町で一泊するのが常識だ。
まあもちろん例外的な行動をとる者もまったくいないわけではなく、ささやかながら野宿できる場所もあるわけだが。
首を傾げながらヨエルが歩き続けていると。
かなり宵闇が下りてきた頃合い、黒装束は道を折れた。
少し脇の草原の中に、例外的な野宿地とされる小規模な平地がある。
「わざわざここで野宿かよ、物好きな」
これは先行者に聞こえない程度、低めた声をヨエルは零す。
十人ほどは寝転がれるだろうかという広さの空き地に、あまり最近のものとは思えない焚火の跡が残っている。
平地の端で足を止めてヨエルが見回していると、先を歩くクートの歩行は止まっていなかった。空き地を横切り、先の茂みの方へ進んでいく。
「おい待て、その先は草っ原と林ばかりだぞ。落ち着いて休める場所はないし、獣に襲われかねん」
ここは大声にして、呼びかける。
しかし、黒装束は振り向きもせず、足も止めようとしない。
もしかして、憚りだろうか。
ヨエルはしばらくその場に立って様子を見たが、戻ってくる気配はなかった。
「何だってんだ、おい」
いきなり駆け出し、ヨエルは茂みをかき分けた。
腰丈ほどの草の広がりの中に、点々と細高い木々が立つ。ところによって草が途絶え、狭い範囲の地面の露出も見える。
しかし見回しても、小柄な黒い姿は何処にも見当たらない。
さらに先は林が続き、ヨエルのような狩人でも日が暮れた後で一人踏み込む気にはなれないところだ。
「おーいクート、何処行ったんだあ」
呼びかけても、返事はない。
もしまちがって林の奥へ入ったとして、戻ってくる道筋はさっきの野宿用空き地を通るのが標準だろう。
首を振って、ヨエルは空き地に戻った。
道々枯れた木の枝を集め、焚火を点ける。
山林の端に当たるこのような場所で、火もなく交代で見張りをする仲間もいないまま夜を過ごすなど、我が身を獣たちの餌に提供する気にでもならない限りあり得ないことだ。
クートが魔法袋を所有してふつうではあり得ない装備などを持ち歩いている可能性もあるかもしれないが、聞く限りでは往路で運んでいた荷物でほぼ容量いっぱいのはずで、たいしたものがあるとは思えない。
「そのうち戻ってくるに決まってるさ」
ぶつぶつ独りごちながら、干し肉を囓る。
そのまま周囲に気を配りながら夜を過ごしたが、奇妙な道連れが再び姿を現すことはなかった。
朝日が昇った後で、もう一度奥の林の中を探す。
それから気が急く様子のまま、ヨエルは街道に戻った。
前日後半とはうって変わった速歩で、目的方向に進む。
宿場町を発ってくる旅人はまだ見えない道の上、二ゲール(時間)ほど進んで、かなり先にぽつんと小さな黒い背中が見えてきた。
ふうと息をついて、ヨエルはさらに足を急がせた。
この時間で追いついたということは、相手は夜中歩き続けたわけではないらしい。あの野宿用地を日の出前に発ったか、夜のうちに先行して何処かで宿泊したかということだろう。
前の日と同様、十数ガター後ろまで近づいて、声をかける。
「お前、夜の間何処に隠れていたんだよ」
問いかけに、当然のように返答はない。
はああ、とヨエルは嘆息した。
そのまま前の日の続きよろしく、距離をとった道連れが続く。




