1-19 岩石
隣村通いがひと月を超え、イルヴァの魔力値は18になっていた。
毎日収納空間の拡大を行い、半端な残り魔力値で最小空間を成造する。結果、最大の空間は十二個、最小のものは二百五十個を超えている。
スープや水、湯などを保管するにも余裕ができ、将来に向けて収納しておくべき新たなものを考えることにした。
河原でスープ作りを行う予定とした日。石竈で湯を沸かしながら、森の中に入る。
執務室の文書でだいたいの位置を調べていた、奥を目指す。気配察知で、危険な動物がいないことを探るのを忘れない。
しばらく進んだところで、周囲の景色が変わった。
――おおう。
進行先が、大きな岩山に突き当たっているのだ。一面、ゴツゴツとした岩が見上げる高さまで露出している。
古くから、侯爵領で石材を掘り出している場所だという。大きな産業にするほどではないが、領内で必要になった場合に各所から掘り出しに来るらしい。
――少し減っても、分からないよね。
記録を見る限り、侯爵配下の各貴族領から必要に応じて、領都に報告を上げる程度で随時採掘に来ているようだ。石材の残量など、それほど厳密に管理されていないと思われる。
まあもし誰かに異常を知られても、その原因まで察知されることはないだろう、と思う。
ということで。
「切り取り収納」
最大収納空間がいっぱいになる大きさ、3・2ガター立方の岩を指定してみる。
一瞬で岩山の壁が大きく陥没し、収納の成功が伝わってきた。
まちがいなく、これまでで最重量の収納物だ。
――これは、最強の武器になるね。
この岩を頭上に落とされたら、まずたいていの動物は絶命するしかないだろう。
北方の山などで最強の獣は身長五ガターを超える熊魔獣と言われるが、そいつでもただじゃ済まないだろう。単純比較はできないけれど、人間の頭上に1ガター立方の岩を落とすようなものだ。
何より他の武器より強力なのは、一瞬で相手のすぐ頭上に出現させられることだろう。何かを投げつけられる場合などに比べて、警戒も回避もする暇はない。
――まあ、伝説の古龍相手だったら、効き目も期待できないかもだけど。
幸いなことにそんなの、伝説以外の正式な記録に存在が記された例はない。
そう納得して、同じ岩石を五個収納しておくことにする。
それから、ちょっと思いついて。
3・2ガター立方の内部から2・6ガター立方の空洞をくりぬいた岩を指定して、収納を試みる。つまり外形3・2ガター立方で、厚さ三十セターの壁に覆われた箱形、ということになる。
そんな器用というか都合よすぎる指定、可能なものか、と思ったけれど。
――できて、しまった。
確かに収納の手応えがあり。目の前の岩壁の陥没箇所に、ゴロリと一回り小さな立方体が残されている。
こうして試しに作ってみた箱形は、いざという場合の自分の隠れ場所用だ。
試しに、とすぐ脇に岩の箱を取り出してみる。
目の前の垂直な壁に、切り取り収納で一・五ガター平方の穴を開ける。
そこから、中に入ってみる。開いた入口分の岩を取り出し、ぴったり閉じる。
替わりに四方の壁の高所に十セター平方の穴を四カ所開け、明かりとりにする。
床に座ってみると。まあ狭くはあるけどふつうに、部屋にいる感覚だ。
ただ中に何もないので、監獄以下の境遇にしか感じられないけれど。
直方体状に収納しておいた岩を取り出してベッドやテーブルとして配置すると、少し部屋らしくなった。布類を上に被せるともっと見た目もよくなるだろうけど、今はやめておく。
外に出て、出入口と窓分の石材を戻して塞ぎ、丸ごと収納する。
そうしてから、悪戯心みたいなものが湧き。
陥没箇所に転がる一回り小さな立方体を、今の箱形と同じ空間で中に収まる形にならないか、と試しに収納してみる。
と――またしても、できてしまった。
――え、え、嘘! 箱の中に移動するための隙間も何もないんだよ!
何とも物理法則を無視した所業、ということになるけれど。
さすがは魔法、と思うしかない。
とにかくもこれで、外形3・2ガター立方の箱形と2・6ガター立方の岩石を、無駄なく収納できたことになる。試してみたところ当然、別々に取り出すこともできる。
――望んだ以上の収穫、だったねえ。
同じ箱形と立方体の組を三個作って、収納しておくことにする。
隠れ場所とともに、3・2ガター立方と2・6ガター立方、二種類の岩石を所有したことになる。
ほくほくの思いでこの日は狩りとスープ作りを済ませ、家に戻った。
翌日の稽古通いでは、二度目お礼の森兎一羽を運んでいった。
いつもより早めに出かけて村長の家に顔を出し獲物を渡すと、喜んで受け取ってくれる。
村長家の土間にそれを置いて、リクハルドは振り返ってきた。
「ニーロの家では、狩った獲物を解体しないのか?」
「あ、うん」
「こちらではどちらにせよありがたく受け取るがな。解体してよけいな部分を捨てちまった方が、ニーロが運んで来やすいんじゃないのか」
「ああ、でも父ちゃんが解体のしかた知らないみたい」
「そうなのか、狩人にしちゃ珍しい。まあないことでもないか。何なら教えてやるから、お前覚えていくか?」
「うん、ありがたい」
その場で大振りのナイフを持ち出して、要領を説明してくれる。
皮剥ぎを試させてもらって、イルヴァの強化なしの腕ではかなり難渋したが、何とかやり遂げることができた。
そんな作業が終わる頃、家の奥からサイアが出てきた。
目が合うと顔をしかめ、むっすりとそのまま外に出ていく。
数日前に目の前で咳き込まれてからイルヴァもこの少年に近づくのを控えていたのだが、やはりあからさまに顔を背けられるといい気はしない。
手を洗って外に出ると、いつも通りの稽古が始まる。
「よし、もう少し。ニーロ、頑張ろう!」
「うん」
ディーサに励まされてこの日は二人、上下素振り二百回を何とか終わらせた。サイアとイネスはまだその前にリタイヤしている。
指導者が笑いかけてきた。
「二人、よく頑張ったな。しかし最後はふらふらで、まともに振れていなかった。もう少し精進が必要、かな」
「あい」
「はい」
最初に無理をした分、やはり斜め素振りは完遂できなかった。
しばらく休んで、最後の横素振りはイネスも交えて全うする。
「やったーー」
「やったやった」
女児二人は、両手を振り上げて喜んでいる。
いつもにもましての困憊でイルヴァが地面にへたり込んでいると、先に座り込んでいたサイアとまた目が合った。しかしやはり、すぐに逸らされる。
何か言われる前に、とでも思ったのか少年はやや忙しなく腰を上げた。木剣を抱えて、箱に戻しに行くようだ。
ひと息、大きく吸い込んだ様子の後。
「ゲホゲホゲホゲホ――」
背中を丸めて、いきなりまた咳き込みが始まっていた。




