1-17 木剣
この日来た道を、そのまま戻っていく。
脚の筋力強化はまだ続いているので、やはり一ゲール程度で帰り着けるはずだ。
森の間や草原を抜ける道はさっきと同様のどかで、人の姿もなく続いている。
木立が多い辺りで一度立ち止まり、奥を覗いてみる。
――あれかな。
ヤルモが言っていた通り、赤茶けた見た目の木がそこそこ集まりそびえていた。周囲にはぽつぽつと茶色のドングリが落ちている。
それなりの太さの枝も落ちているので、物色する。木剣に加工するに十分そうな大きさの枝を、ほどなく見つけることができた。
表面の木肌を、収納で削りとる。
奥までしっかりと念じて、ほとんどの水分を収納する。試しに端を折ってみると、中央部まで乾燥ができたようだ。
それを借りてきた木剣と並べて袋に差し、街道に戻る。
――そろそろ、筋力強化の限界だからね。
あとは一路、屋敷への帰路を急ぐ。
邸内に、特別の喧噪は感じられない。窓から部屋に戻っても、出たときと変わったところはない。
つまりイルヴァの三ゲールほどの無断外出は、誰にも知られていないと思ってよさそうだ。
安心して、ふだんの服装に戻る。
ベッドの上に落ち着いて、借りてきた木剣と拾ってきた枝を取り出し並べる。
そうして、収納。
「わあお!」
思わず、驚きの声が口をついてしまう。
枝に対して、見本と同じ形に切り取って収納と念じると、できてしまった。
再び取り出して並べると、ほぼ寸分変わらない木の剣の形になっている。
何度も思っているが、さすがは魔法、だ。
元の木材の違いで、やや色合いは濃いか。よくよく表面を見ていくと、見本がかなりつるつるなのに比べて、あちこちささくれ立っているようだ。
それでも細かいことを気にしなければ、十分使用に堪える剣の形ができていることになる。
――よしよし、思った以上に上出来。
その夜、厨房に出かけたついでに物置を探った。以前見かけていた使用人用の工具入れに、鉄製ヤスリが見つけられた。
一晩持ち出しても気づかれないだろう。ということで部屋に持ち帰り、でき立ての木剣の表面を磨く。
結果、見本にひけをとらない外見の道具ができていた。
「へええ、ちゃんとしたのができたじゃないか」
「うん」
翌日オヤラ村に出向いて最初に会ったヤルモに新しい木剣を見せると、感心していた。
村長に礼を言って見本の剣を返却し、自前のものを握って稽古に臨む。
「よおし、いつものように上下素振り五十回。一回ごとに、腹に力を込めろ」
「おう!」
子どもたちと並んで、指導者の指示通り動き出す。
五十回素振りの後に少しの休憩を入れ、また同じ素振りをくり返す。
三度目の五十回の半ばを過ぎると前日と同様、両腕に力が入らなくなり息切れが激しくなってくる。
やはり女児二人とサイアも限界近いようだ。
しかし前日と違って、間もなくサイアは運動を止めて座り込んだが、ディーサとイネスは必死の形相で腕振りを続けている。
その五十回を終えてへたり込みながら、ディーサがにやりと笑いかけてきた。つまり、イルヴァに負けまいと歯を食いしばったということらしい。
「新入りの年下に負けてられないもんね」
「俺だって、女の子に、負けない」
「言うじゃない」
はあはあと弾む息を整えながら、笑い合う。
見比べるとどうも、イネスはかなり限界のようだがディーサはわずかに余力を残しているようだ。今まではただ妹分と付き合って一緒にリタイアを決めていたということなのかもしれない。
これまでのイルヴァの生活を考えると、この年上少女に基礎体力で勝るのは当分難しい気がする。何とか素振りの回数を同じ程度こなせているのは、脚の筋力強化のお陰なんじゃないか。
今後当面の目標としては、イネスに後れをとらないようにという辺りが無理のないところかもしれない。
四人並んで座り込み、残りの男児たちの稽古を見守る。
それでも少し息が整ってきたので、最後の腰を屈めた横払いの素振りに入ったところでイルヴァも立ち上がり、形だけを真似してみた。
「これも、きついね」
「うん。何より低い姿勢で脚が保たないんだよね」
「そうだね」
横にしゃがみ込んでいるディーサと頷き合う。
かなり疲労したこの段階でイルヴァが形だけでもとることができるのは、これも脚の筋力強化のお陰か。
リクハルドが近づいてきて、頷きかける。
「うん、かなり形としてはいい感じだな。今は無理しないのがいいが、目標としてはもう少し腰を落としてそれができるようにしなさい」
「分かった」
「他のみんなには話してあるんだがな。お前たちは身体が小さいんだから、獣相手でも人相手でも身を屈めて脚を狙うことに徹底するのがいい。臑の辺りはたいてい肉がついていないから、打撃が大きいからな。それに相手の脚を痛めつけることができれば、すぐ逃げられる可能性が開ける」
「なるほど」
あたいもやる、とディーサとイネスも立ち上がって剣の横振りを真似し出す。
サイアはまだ息が整わないのか、と横顔を見るとじろり睨み返された。このひ弱な少年とはまともに会話をしたこともなく、恨まれるようなことをした覚えもない。機嫌が悪いのか、と視線を外す。
九歳だというこの少年は同じ年のディーサと比べても小柄で、栄養の足りないイルヴァと変わらないほど腕も脚も細い。長めの薄茶色の髪に半ば隠れた顔立ちはかなり整っているようだが、不健康に真っ白だ。他の子たちと一緒に身体を動かしていてもついていけず、苛立っているのかもしれない。
一通りの素振りが終わり途中落伍者たちも立ち上がれるようになったところで、リクハルドは全員を整列させた。
「今日は素振りに加えてもう一つ、毎日鍛錬する項目を教える」
「おう!」
指導者の宣言に、いつも通りヤルモの声に全員が唱和する。
頷き、続いて伝授されたのは剣を構えての足の運びだ。
前後への摺り足の動き、横への移動、相手の攻撃への躱しなど、数種類の手本が示される。
「これも素振りと同様、毎日練習しなさい」
「おう!」
それぞれ数十回くり返し、稽古を終える。
「ありがとうございましたあ!」
「うむ」
この日は少し冷えるので、子どもたちは汗で濡れた上衣を着替えている。
上半身裸になって布で拭いながら、ヤルモが声をかけてきた。
「ニーロは着替えなくていいのか」
「俺はあまり汗をかかない性質なんだ」
「へええ、そうなのか」
実際には、少し汗が出るたびに収納で消すことをくり返している。
着替えを用意してきてはいるが、小さな子ども同士とはいえあまり肌を曝すことはしたくない。
「じゃあ、帰る。師匠、どうもありがとう」
「おお。気をつけて帰れよ」
自前の木剣を背負い袋に差して、駆け出した。




