2-12 山猫
ギアアアーーー、と吠え、数歩先から二頭の魔獣が跳躍。
大きく口を開き、そのまま人間に食らいつく勢いだ。
二人の護衛は必死に剣を振るい、横薙ぎにその側頭を撲つ。わずかに跳びかかりの先が逸れ、山猫はやや下がった地面に四つ足を戻していた。
ただ煩わしそうに、赤い毛皮の首が振られる。
「畜生、血も出やしねえ」
「聞いた通り、剣は効かねえみたいだな」
「しかし他にどうしようもねえ!」
今の一撃だけで息を弾ませながら、護衛たちは剣を構え直している。
魔獣二頭はすぐにもまた跳びかからんと、数ガター先で身を低める。
クートの横で、商人たちは頭を抱えて蹲っている。
「駄目だ、もう駄目だ――」
「とても逃げ切れない――」
一頭に対して腕利き四五人でかかってやっとという魔獣に、今は二対二の対峙なのだ。それも迎撃時に身を躱してしまえば、相手はすぐ後ろの商人たちに食いついていくことになる。ほとんど進退窮まった思いで、二人は剣を振るうしかない。
そんな逡巡の余地もなく、屈めた魔獣の引き締まった四肢に力が込められる。
「来るぞ!」
「おお!」
大きく全身が伸び、赤毛の巨体が跳躍。
必死の思いで、二本の剣が振りかぶられる。
食らいつく。
横に薙ぐ。
その瞬間。
グワアアアアーーー!
二頭が同時に首を仰け反らし、天に向けて口を開いていた。
殺到の勢いが弱まり、その首横に剣が斬り込む。
やはり血は出ないが先刻以上に効果があり、魔獣たちは横倒しになりかけてたたらを踏んでいた。
「何くそ!」
「食らえ!」
そのまま護衛たちの剣は、二頭の大きく開いた口を刺し貫いた。
奥まで刺し込み、今度こそ赤い血飛沫が、白っぽいものと混じって噴き出してくる。
「この野郎!」
「食らいやがれ!」
無我夢中の態で、両手で握った剣をさらに押し込む。
ますます赤みを濃くした液が、魔獣の口から噴き上がる。
ビクビクと巨体に震えが走り、やがて静まっていく。
「やったか!」
「おお、仕留めたぞ!」
護衛たちが顔を見合わせ、
背後で商人たちがようやく頭を上げていた。
「え――やった?」
「仕留めたって?」
「よくやってくれた!」
口々に歓喜の声を上げて、立ち上がっている。
三人で、肩を叩き合って。
え? とそれを見てヨエルが訝しげに声を上げた。
「クートはどうした?」
「え?」
「え?」
「あ、あそこ――」
見ると、少し脇に逸れた草原側の道端に黒装束の背中があった。
道幅ぎりぎりに寄って、他の護衛たちと魔獣の戦闘を見ているらしい。
八人の狩人たちと四頭の山猫魔獣。一頭に二人ずつでかかっているが、やはり傷を負わせることもできずにいるようだ。
急いでヨエルは、小柄な護衛対象に駆け寄る。
「危ないクート、そっちに寄るな、戻れ!」
「うん、これ以上行かない」
戦闘の場まで、十ガター弱というところか。
離れているとはいうものの、また魔獣があそこをすり抜けて疾走してきたらあっという間だ。
「とにかく、下がれ!」
「うん」
ヨエルが黒装束の腕を掴んで引き寄せる。
と、草原の方から大きな声が上がった。
今さっきのヨエルたちと同様、護衛たちの剣が獲物を刺し貫いたらしい。仰のけた魔獣四頭の口から、次々と血飛沫が上がっていた。
「お、やったか!」
「うん」
四つの巨体が地に倒れ込む。
通常なら狩人たちの勝鬨が上がる状況だが、ヘンリッキを始め八人はすぐさまこちらに向き直り駆け出してきた。
「おいヨエル、そっちへ行った二頭は?」
「仕留めたぜ、何とか」
「そうか、よかった――よくやった」
道脇まで駆け寄ってきて足を止め、大男は安堵の息をついていた。
まだ覚束ない足どりで、こちら背後からエーリク会長が寄ってくる。
「これで全部か。みんな、よくやってくれた」
「いや、済まねえ。二頭取り逃がして、あんたたちを危ない目に遭わせちまった」
「確かに危ない状況だったがね。何とか仕留めてくれた」
「ああ」
大きく息をつき。ヘンリッキは何度も首を振る。
そうしてから街道の上と草原を見回し。
「こんな大物、それも六頭まとめて出てくるなんぞ、この街道で聞いたことがないぜ」
「ああ、私もだ。よほど運が悪かったものか」
「運が悪いで済ましていいものか――こんな危険があったと、協会に報告しなくちゃならねえ」
「領の役人にも、だな」
話しているうち護衛全員が街道に戻り、魔獣の死骸を退かし荷車を立て直しの作業を始めている。
その一同を、改めて会長は見回した。
「怪我人はいないんだね」
「ああ、何とか」
「よかったよ。この人数で六頭など、ふつうは無理なのだろう?」
「ああ、この点では運がよかったのか。いよいよ無理かと思ったところで、いきなり魔獣が驚いたみたいに仰け反ったのさ。その隙に、剣が通ったことになる」
「ほう、四頭みんなかね」
「そのようだ」
「おいそれ、こっちも同じだ」
ヘンリッキとエーリクの会話に、ヨエルが口を入れた。
それぞれ三人がかりで草原に運ばれていく山猫の死骸を指さす。
「いきなり仰け反って大口を開けるもんだから、口の中に剣をぶっ刺してやったんだ」
「こっちでもか」
「ああ、何が何だか分からねえ」
「そうだな」
「いやしかし、ともかく」会長が口を入れる。「用意ができたら、すぐにこんな危ない場所は離れることにしよう」
「ああ、そうだな」
頷いて、ヘンリッキは全員に指示を始める。
この間にクートは元の場所に戻り、職員二人に挟まれていた。
荷車にへばりついていた兎の死骸を草原に捨てに行く狩人を見ながら、ヘンリッキは会長に向き直った。
「さっきの落石とあの兎の死骸も、解せねえし。山猫たち、あの兎の匂いを嗅ぎつけて出てきたのかもしれねえ」
「何者か、人の意図が働いているかもしれないか」
「ふだんは山奥にいる赤毛山猫をこんなところまで誘き出す方法があるものか、分からねえがな。もしかするとあんな兎を使ってできるのかもしれねえ」
「それも含めて、領と協会に報告だね」
「ああ」
言い交わして、ようやく一行は移動を再開した。




