1-16 稽古
三度目の五十回の半ばを過ぎると、イルヴァの両腕に力が入らなくなり息切れが激しくなってくる。
横を見ると、さっきの走り込みで遅れていた少年が腕を振れなくなったらしく、周りと動きが合わなくなってきている。
「サイアは、きつくなったら止めていいぞ。ディーサとイネスも無理のないところで休め」
「……お、う」
「あい」
「あい」
「ニーロも初めてならもうきついだろう。休んでいいぞ」
「お……いや、もう少し……」
指導者に声をかけられて、件の少年と少女二人が三十を過ぎたところでへたれ込む。
イルヴァもそれに倣いたい気は満々だが、せめてこの五十回だけは、と腕の動きを続けた。
残り五人の男児と唱和して五十を数え、終わるやその場に崩れ落ちていた。
「五人はひと息入れて、また五十回な。ニーロはもう無理するな」
「……はい」
「ニーロは腰の構えは安定しているが、腕の力と持久力はまだまだだな。当分はこの素振りをくり返すことだ」
「……分かった」
腰の構え、つまり下半身については筋力強化の結果なので、誉められても喜べない。腕の力の弱さというのが自分の現状を表しているわけで、とにかく鍛えなければと気が募るばかりだ。
まあずっと栄養失調と運動不足を続けていた現実を思えば、百回以上腕を振れただけでも喜ぶべきなのかもしれないが。
「よし次は、斜め素振りだ」
基本の上下素振り二百回を終えた男児五人は、続けて斜め右上からと左上からの振り下ろしを交互にくり返している。
斜め百回の後はかなり腰を屈めて、右横から、左横から、とほぼ水平の動きを計百回。それで、一連の稽古を終える。
何とも単調だが、確かに基礎体力はつけられそうだ、と思う。
腕白坊主たちにとってはもっと打ち合いなり派手な運動をしたいのではないかと思ってしまうが、ヤルモを筆頭とする一同は従順に指導に従っている。
座り込んでいた四人も立ち上がり、整列して指導者に頭を下げた。
「ありがとうございましたあ!」
「うむ」
向かって、リクハルドも仁王立ちのような姿勢で一礼する。
これでもまだ男の子たちは体力を余しているらしく、四人が先を競うように木剣を箱に投げ入れ、駆け出していく。
イルヴァも剣を戻していると、まだ立ち上がれないサイアの分も引き受けたらしくヤルモが二本を抱えて寄ってきた。
「よ、お疲れ」
「ども。初めて、だから、なかなかきつかった」
「だろうな、俺たちも半月前はそんなもんだった」
「思ったより、地味な稽古。でもみんな、真面目にやってる」
「ああ。そりゃ派手な動きなんかもやってみたいけどよ、今の素振りがしっかりできるようになるまでは打ち合いとかは禁止なんだ。魔獣とかが襲ってきたとき村を守るのが目的の稽古だからな、手抜きなんかできないのさ」
「へええ。村の子ども、みんな、集まってる?」
「五歳以上の男は全員だな」
ヤルモが答えているところへ、ディーサとイネスと呼ばれていた女児二人も木剣を片づけに近づいてきた。
そちらを横目で見て、ヤルモはにやりと笑う。
「女で来ているのは、この二人だけだ。他の子たちは家で裁縫とか習っているのに、こいつらは昔から有名なお転婆だからな」
「何言ってんだい、のろまのヤルモが」二人のうち年上らしい少女が眦を吊り上げる。「そんな偉そうな物言い、牧場までの駆けっこであたいに勝ってから言いなよね」
「ああ、ああ、分かったよ。ディーサは速い、駆けっこ王者」
「そんな馬鹿にした物言いして、尊敬が足りない」
「はいはい」
何とも気心の知れたいつも通りのやりとりらしい。
軽い笑い交じりにじろりと男児を睨み返して、ディーサは箱の剣を揃えている。
改めて自己紹介を交わしたところ、ヤルモとディーサは九歳、イネスは七歳でヤルモの妹だという。
他の男児たちは、上が九歳、下が五歳だということだ。
そんな説明の後、ディーサはイルヴァの顔を覗き込んできた。
「ニーロはまだ小さいのに、何だってこんな稽古したいと思うのさ」
「父ちゃん、森で狩りするから、一緒に行けるよう、したい」
「狩りをするんだ、凄いね」イネスが目を丸くする。「ニーロ、あたいと同い年なんだよね。あたい今は、ヤルモと同じだけ素振りできるようになるのが目標なの。一緒に頑張ろう」
「うん」
少し遠くで、男の子四人が駆け回っている。
元の場所に座り込んだままのサイアにリクハルドが顔を寄せて、様子を確かめているようだ。
ディーサに尋ねてみる。
「あの、サイア? リクハルドさんの、子ども?」
「ううん。一緒に王都の方から旅してきたみたいだけど、本当の親子じゃないんだって」
「そうなんだ」
「サイアはこないだまで寝込んでいたぐらいで身体が弱いから、無理できないんだよ。この稽古にも、体力つけるために無理がない程度に参加するんだって」
「へええ」
話していると、リクハルドがこちらに歩み寄ってきた。
ようやく立ち上がったサイアも後ろについてくる。
「今日はこれで終わるが、ニーロは明日も来るのか?」
「できれば、来たい。天気とか、次第。また兎とか持ってくるから、お願い」
「兎肉は村にありがたいがな。さすがに毎回あれだけというのは、礼にしても過ぎるぞ」
「でも、お礼」
やや押し問答風にやりとりしていると、離れて座っていた村長が声をかけてきた。
「そういうこったら、ずっと来んならひと月に一度ぐれえもらっといたらいいんじゃねえか」
「まあじゃあ、そういう取り決めにするか」
「うん」
「稽古は継続が大切だ。来れる日も来れない日も、稽古を含めて日に二度くらいは素振りを続けるのがいい」
「分かった」
「俺たちも、毎朝みんなで素振りすることにしてんだ」ヤルモが口を入れてきた。「でもさ、ニーロの家には素振りする木剣がないんじゃないのか」
「あ、ない」
「ここの一本、借りてったらいいんじゃねえか」
「これ、村の大事な武器、なんだろ」
「そうだけどな。猿の魔獣なんかが村に近寄ってきたときすぐ使えるように、準備してんだ」
「一本でも大事、なんだよね。でも――これ、一日だけ借りていい?」
村長の方を向いて、尋ねる。
初老の男は、ふむと口をすぼめた。
「一日なら、構わねえか。しかし一日だけでいいのかい」
「これ、見本に、父ちゃんに作ってもらう」
「ほう。木の細工できるんか」
「たぶん」
「なら、まあやってみろ」
「ありがとう」
礼をして、さっき使っていた軽めの木剣を持ち上げる。
まじまじ観察して、隣のヤルモに尋ねた。
「これ、何の木使ってるか、分かるか」
「確か、シーカの木だ。太い枝ならそのまま削ってできるらしい」
「どんな木だろう。そこらの森にある?」
「ああ、いくらでも生えてるぞ。木肌が赤茶けてて、この季節にはドングリの実を落とすのさ」
「そっか。父ちゃんに言ってみる」
「おお」
「ただ、よく乾燥せねば駄目だぞ」村長が注意する。「冬の薪用に乾かしてあるのがあるんならいいが」
「分かった」
背負い袋に借りた木剣を差し、イルヴァは「ありがとう、また来る」と頭を下げて、村を出た。
私事ですが、別の仕事が少し忙しくなってきました。
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