2-11 迎撃
夜が更けると、見張り番以外は雑魚寝の態勢を作る。それぞれ地面に大きめの布を敷き、寝転んだ腹の上に一枚布を載せるという格好だ。
クートの寝場所は予定通り、会長と職員たちの間に用意された。本来なら他の狩人たちとも距離をとり、食事も就寝も誰かと共にすることは未だかつてなかったのだが、ここは商会からの要望に合わせることになっていた。少なくともこうした言ってみれば彫刻が人質になっている状況で、こっそり覆面の下を覗こうとするなどクートの機嫌を損ねる行為が行われることはあり得ない。
そうして、無事初日の夜は明けた。
「会長さん、ちょっといいですかい」
「何だね」
朝食をとっていると、ヘンリッキが寄ってきた。
脇にしゃがみ込んで、会長とクートの顔を見比べる。
「昨日の様子を見ているとクートにもまだ余裕があるようなんで、もう少し歩きの速度を上げていいと思うんすが」
「ふうん。クートさんは大丈夫だろうか」
「うん」
「それなら、心持ち速くしてもらおうか。様子を見ながらという感じで」
「承知しやした」
この夜は宿に宿泊の予定なので、余裕を持って到着したいということだ。
歩き出しても、クートは足幅の広い会長たちに遅れない歩調を見せる。安堵して、一行の進度は安定していた。
少し落ち着くと、前を歩くヨエルがまた振り返り話しかけてくる。
「何だかクート君の歩く様子を見ていると、頑張って健気って気がしてくるなあ」
「ふうん」
「あまり無理しないようにね。様子を見て、前に伝えるから」
「必要ない」
「まあ、大型魔獣を一人で仕留める腕利き狩人だものね。誰も狩りの様子を見た者はいないって言うけど、一度見たいもんだなあ」
「断る」
「すげないなあ。こうして一緒に旅する仲間じゃないか」
「放っといて」
「おお、つれないこと」
「ヨエルさん」
そうしていると、隣のエーリク会長が口を入れてきた。
「クートさんへの干渉も、ほどほどに願います。この人に心労を与えないようにと、契約にあったはずですよ」
「へいへい、分かりました」
苦笑して、前に向き直っている。
足どりは変わらず歩き続けて、夕刻に小さめの町に入った。この街道の代表的な宿泊地ということになっていていくつか宿屋があるので、この夜はここに一泊の予定だ。
大きくはないが一室ずつをとっていて、クートは会長と職員二人の間の一人部屋に休んだ。護衛たちは数人ずつ雑魚寝になるのに比べてやはり特別待遇だが、逃亡防止などを考えて商会側から離さないという意図のようだ。
三泊目も同様に宿に入り、旅程は四日目となる。
道は領境に近づき、森林の中を抜ける場所も多くなった。やがて昇降も増え、山地の脇を辿る趣きになってくる。
木立の密集が多くなると、獣や魔獣の出没が見られるようになってくる。森兎のような小型の動物、猪型の小魔獣などがときどき現れ、先頭の狩人に狩られるか追い払われるかしているようだ。
「この先は、落石に注意だ」
「おう」
ヘンリッキが振り返って呼びかけ、他の護衛たちが呼応する。
この街道で、有名な危険箇所なのだという。左側に高さ十ガターを超えるだろう岩壁が迫り、右側にはかなり湿地めいた草原と林が続く。呼びかけの通り、岩壁側からは時おり落石が見られるのだという。岩壁と道の間も五ガターほど離れているので小さなものなら直撃の恐れは少ないが、大きく壁が崩れるなどしたら被害を免れない。
頭上と前方を交互に見比べながら、やや速度を上げて道を進む。
その岩壁沿いの半ばにさしかかった辺りで、上空からガララという嫌な音が落ちてきた。
「危ない、皆避けろ!」
「わああ!」
叫び声の消えないうちに、落下物が見えてきた。
全員が前後と右方向へ飛び退く。その中央部、牛車を掠めて大振りの岩が落下し、地面に地響きを立てていた。
直径一ガターを超えそうな大物の衝突で荷車は横倒しになり、荷物がいくつも崩れ落ちる。引いていた巌牛はブムフウウと声を上げて足踏みしているが、人間ともども直接被害はないようだ。
「大丈夫か、みんな?」
「おう!」
「運が悪いぜ、こんなでかいのが墜ちてくるなど滅多にあるこっちゃねえ」
「おう、近頃じゃ聞いたこともねえよなあ」
呼びかけあい、改めて頭上を見直す。
直後、そこに妙なものが見えてきた。そこそこの大きさの赤黒い、三つの落下物だ。一同が遠巻きにしている、横転した荷車の上に次々と衝突する。
「何だ、こりゃ?」
「何――兎じゃねえか?」
「ああ、森兎の死骸だ」
「何だって、こんなもの――」
口々に疑問を発し上方を見回し、顔を見合わせるしかない。
弓か何かで狩られたらしい獣のまだ血の滴る死骸が、横倒しの車にへばりついた格好だ。
「何だ――とにかくそいつを片づけて、荷車を起こせ」
「まだ何が墜ちてくるか分かんねえ。ここをすぐ離れるぞ」
五人ほどが荷車に手をかけ、立て直し作業を始める。
残りの面々は頭上と周囲に警戒を続ける。
そうしていると、新たに異常な音声が聞こえてきた。ガサガサガサ、と忙しない擦過音のような。
「林の中! 何か近づいてきてる! 五、六個!」
「何だ?」
クートの叫びに、全員が同方向を見る。
たちまち、木立の中から飛び出してくるものがあった。赤茶色の、かなり大型の獣だ。
「赤毛山猫だ! もの凄く素速い魔獣だぞ!」
「迎え撃て!」
「会長の傍に二人残れ! 上にも警戒しろ!」
指示を怒鳴り、ヘンリッキは抜刀して横の草原に飛び出した。七人の狩人がそれに続く。
赤茶の魔獣は、体長二ガターを超えているか。それが合わせて六頭、上口から白い牙を覗かせて駆けてくる。数十ガター離れた林から姿を現して、ひと息分も経たないうちに距離半分が縮まったという感覚だ。
「二人ずつでかかれ! 後ろに逃すな!」
「おう!」
十ガターほど先の湿地の中で、戦闘が始まる。
狩人たちの戦法は、まず火と水の魔法の強い者がそれを放ち、相手が怯むところへ剣で斬り込むという連携だ。狙い通り高速で駆けてきた獣の足が緩むのが、後方隊からも見てとれた。
会長と職員二人、クートが荷車の後ろに固まり、ヨエルともう一人の護衛が前を護る格好になっている。
その二人が顔を見合わせ、吐き捨てるような言葉を発する。
「くそ、赤毛山猫は通常、一頭に四五人でかからないと倒せない魔獣だぞ! こんなところに出るなんて、聞いてねえ!」
「あの素速さだ、すぐあそこをすり抜けてこっちに来るかもしれねえぞ!」
「ああ、人を餌と狙ってると同時に、この兎の死骸の匂いに惹かれてきてるんじゃねえか?」
「この荷車を離れた方がいいか。あんたたち、前に走れ!」
四人を前に出して走らせ、護衛二人はその後ろを護って移動を始める。
と、見る間に。
八人が相対していた六頭の魔獣のうち、二頭がそこをすり抜けたようだ。
ギアーーー、と雄叫びを上げながら、猛速度で追い縋ってくる。
「畜生!」と護衛二人はそちらに向き直る。




