1-14 準備
さらに五日が過ぎて、3・2ガター立方の空間がもう一つできる。
少し考えて、今回は10000番空間を最終形態にした。これは咄嗟の場合やとりあえず短期間の収納用にしているが、ここを最大にしているのも意味があると思うのだ。
急いでいろいろ収納するとき、あまり考えず片っ端から放り込む用途に使える。
また極端な話、森などを歩く際に上から何か落ちてきた場合など、咄嗟にここへの収納で消すことができる。
そんな用途を思い巡らして部屋の中で試しているうち、ますます便利な点に気がついた。
何と言うか、全自動で条件付きの収納や取り出しができる。
――え、え? 本当、これ?
例えば、自分の周囲二ガターの距離に高速で接近してくる物体を10000番空間に収納、などということが指定しておけばいつでもできてしまう。
つまり、頭の上に落ちてきた物や投げつけられた石などといったものが、自分に当たる前に自動的に消えてくれるわけだ。
一度設定しておけば、意識して解除するまでずっと続いているようだ。
もしかすると、睡眠中でも続けていられるかもしれない。ただこの点は部屋の中で確かめる方法を思いつかないので、検証保留だ。
とにかくもこれを設定しておけば、身の安全は格段に向上することになる。
――凄い凄い、これは助かる!
この機能、生物相手には発動しないわけだけど。
替わりの方法を、思いついた。
自分の周囲二ガターの距離に接近してくる生物に対して、20番空間に収納した熱湯を取り出しぶっかける、ということができる。
ちょっとこれは人間相手だと非道が過ぎるので、もう少し温度を下げた湯を用意しておこうと思う。
――それにしても、便利! さすがは魔法!
これがすべて魔力値を使わずにできてしまうことに、ますます驚いてしまう。
最初に収納空間成造をしたときに、すべてこのような機能を装備しているということか。
またさらに五日が過ぎ、最大空間がもう一つ増える。
現在、2、3、10000番の三個が最大の空間になっている。
パンが運ばれてきた翌日、また外に出ることにした。
前夜の準備として、厨房横の物置から大きな鍋を2番空間に収納して持ち出す。横幅が一・五ガター程度、高さも五十セターほどある、ふつうの家庭ではまずお目にかからない大きさだ。子爵邸でも大宴会など、特殊な場合だけ使われるものなのだろう。
河原で大きな竈を組み、大鍋を載せる。川から鍋に水を汲んで、下の薪に火を点ける。
これらの作業すべて収納を使ってでき、まったく腕力の必要がないというところが凄い。
沸騰までかなりの時間がかかるだろうから、それまで森を探検することにする。
脚の筋力強化、気配察知、さらに例の高速接近物体を収納指定――収納防壁と呼ぶことにする――を発動しているので、かなり安全は確保できている。気配察知で動物の接近は認識できるので、接近生物への自動熱湯かけはいざという場合で十分だろう。
この日は、二羽の森兎を狩ることができた。血抜きをして2番空間に収納し、河原まで戻る。
竈の大鍋では、湯がぐらぐら煮え滾っていた。
鍋の四割程度の熱湯を、10セター立方空間二十個に分けて入るだけ収納する。入らなかった残りは、最大にした3番空間へ。
鍋の減ったところへ、常温の水を足して混ぜる。そっと指先を入れると、火傷はしないがそのまま入れ続けていられない温度だ。この沸騰から少し温度を下げた湯――准熱湯と呼ぶ――も10セター立方空間二十個に分けて収納し、残りは3番空間へ入れた。同じ空間に二種類の湯を入れても混ざってしまわないのは、実験済みだ。
――よし、これで武器の用意完了!
これで、対獣や対人の戦闘で、二種類の熱湯を使い分けることができる。よほど表面の防御を固めていない限り、熱湯だと命は助からない、准熱湯だとある程度の火傷でのたうち回る、ということになるだろう。
人間程度の大きさまでのもの相手には、10セター立方空間収納の湯を使う。もっと大物には、3番空間の大量の湯をぶちまける。まずそれで対処できない相手の想定は必要がないだろう、
そこまで作業を終え、竈の鍋をふつうの大きさのものと交換して水と野菜屑を入れ火を点け直す。
水辺に寄って、兎の解体。一羽を解体してもう一羽はそのまま収納しておくことにする。
細かくした肉は鍋に入れ、薄切り肉は串に刺して焼く。
あとは時間を潰して、前回同様の食料確保をすることになった。
その後も定期的に肉とスープを補充して、かなりイルヴァの食生活は安定してきた。
一度にあまり量を食べられないのは変わらないが、朝にパンとスープ、夕方に焼肉とスープ、という二食に落ち着いている。
また日中天気がいい限り、草原に出て運動する習慣にした。筋力強化をかけたり外したりしながら、草の上を走り回る。半月もこれを続けて、少しずつ体力がついてきている実感を覚えるようになった。
――これなら、いろいろ動き回れるかな。
ある日、午過ぎの休憩時間。家人たちの動きを探ると、一階の当主執務室に人がいないことに気がついた。
いつもはこの時間でも執事らしい在室が見られることが多いのだが、この日は二階の私室に上がっているのか。
執務室のある一階東側一帯に、人がいない。
あまりない機会に興味惹かれて、そちらへ足音忍ばせて向かってみる。
執務室にはこれまで数度しか入ったことはないが、他では見られないものがいろいろある。最も気が惹かれるのは、書棚の本だ。
高価な本類は子爵邸にも数冊しかないはずだが、この国の地理や領主名などの分かる資料があるはずだと思う。
目的の部屋には、鍵がかかっていなかった。改めて周囲に近づく人間がいないことを確かめて、入室する。
窓際には大きな机。父が座っているのを見かけたとき、そのままだ。横手の一回り小さな机を執事が使っているらしく、筆記用の木の板が積まれている。
その脇の壁際に書棚があり、木の板の束と羊皮紙らしいものが綴られた書物が並ぶ。
背伸びしてその書籍類を手に取り、イルヴァは順に中を確かめた。
――これは、役に立つかな。
一冊の紙の束に、全国の簡易地図らしいものが載っている。各地域の特徴なども記されているようだ。
いくつか並べられた書籍類の中途にあったもので、抜きとってもすぐには分からないのではないかと思われる。収納して、後に痕跡を残さないよう気をつけ、部屋を出る。
数日間それを読み、知識を蓄えた。その後も何度か執務室を出入りし、他の本も持ち出して読むことができた。
この国の勢力分布、ヒュヴァリネン侯爵領内や周辺の事情、近隣の動植物の種類特徴など、簡略ながら知ることができた。
そんな情報収集や運動を数日続けて、かなり展望が開けてきた気になった。
自分の身体と相談して、判断を下す。
――もうかなり、動けるようになったんじゃないかな。
改めて夜の探検で、物置から必要物を調達。狩猟用らしい背負い袋を手に入れた。
また少し大切そうな物品の入った箱から、実用に耐えそうな短剣を見つけることができた。
部屋に戻って、ややしばらく悩んだけれど。
思い切って短剣を使い、自分の髪を切り落とした。ボサボサながら短く揃えて、男の子にしか見えない外見にする。
また厨房から集めてきた灰を顔と髪に擦りつけて、汚れた色合いにする。何よりも元の髪の色は貴族の象徴丸出しで、人に見られると目立ってしまうのだ。
外出用の服類は日頃から外の運動時にそうなるよう心がけて、できるだけ汚れたりあちこち磨りきれが見えたりするようになっている。
そこまで準備を整えて。
翌日、朝食をとって最終確認する。
魔力値は、12になった。
最大収納空間は四個。最小のものは百五十個を超えている。
魔力値的には平民に混じって差はなく、筋力強化も気配察知も余裕で使える。収納空間の個数と容量もかなりのものになって、ずっと考えている狩りや身を守る方法に抜かりはない。
――よし、行こう!




