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魔力値1で生まれた令嬢は――死んでたまるか!  作者: eggy


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2-10 行進

 春の長閑のどかな風がそよぐ。

 スヴェストルの町から西側に広がる平地は魔獣出没の恐れも少なく、そこかしこに耕作中の畑が広がる風景だ。しばらくはそんな土の匂いが漂う中を、街道は続いていく。

 当然歩幅は小さいものの、クートは周囲の大人たちに劣らない足の運びを見せている。一ゲール(時間)ほども進行を続けて、横に並ぶ商会長の顔が安堵の様子になっていた。

 それでもやはり、過保護めいた声かけは続く。


「疲れたら言ってください。全体の進行はそれに合わせるので」

「分かった」


 偉ぶるというほどもなくただぶっきらぼうなこの小柄な狩人の返答も、変わらない。本来なら依頼人であり町の有力者でもあるこの会長に年少の自由業者がとる態度ではないのだが、事前の話し合いで許容されているところだ。

 とにかくクートに対しては特別待遇、と言うより腫れ物に触るようなという形容が相応しい扱いになっている。護衛たちとの契約でも、クートを最優先で護るのはもちろん、道中心労を与えない、荷物の詳細や運搬の方法などについて将来にわたって秘密を守る、などという項目が加わえられているという。


「とにかく何としても、荷物とクートさんの無事を図らなければならない」


 と、商会内にも会長から大号令が発せられているのだそうだ。

 この点では別の事情もある、と事前にクートとヨウシア、ヘンリッキには説明があった。まずないことだと思うが、と前置きをして。

 娘の嫁ぎ先であるエテラヴオリの商会には、同じ町内に競合する他商会が存在し、こちらのオラヴィ商会と縁を結んで力をつけることを快く思っていない。今回の彫刻運搬を妨害してこの縁談を阻止しようと考える可能性があるのだという。

 エテラヴオリの事情を探る限り、クートの魔法袋に関する情報は伝わっていない。運搬は牛車を使ってのことと想像されているだろう。今回の移動では、できるだけ外からそう見えるように振る舞うことにする。


「この観点ではクートさんに危険が及ぶことはないと思われるが、とにかくそれも含め万全の態勢で警護するので」

「分かった」


 牛車の左側で歩調を合わせる二人に、前後十名の護衛が固める態勢になっている。リーダーのヘンリッキは相棒とともに先頭を歩く。残り二人の彼の仲間は最後尾、その間に単独で雇われた狩人たちが挟まれている形だという。

 会長とクートのすぐ前には、比較的痩せ気味で長身の若い男が歩いている。進行に慣れてくるとその男は何度も振り返り、クートに話しかけてくるようになった。正面方向から見るとほとんど黒に青みが入った長めの髪の下、かなり目を惹く美丈夫だ。


「君がクート君なんだねえ。大型の魔獣を一人で狩る、腕利きなんだって? 噂で聞くより小柄で、可愛い感じだけど」

「はあ」

「俺は、ヨエルっていう。少し前までこっちのスオヴァネン侯爵領方面で魔狩人をやってたんだけど、最近スヴェストルに移ってきたんだ。今回は目的地方面に詳しいってんで仲間に入れられたわけさ」

「へええ」

「ほんの数日の間に何度もクート君の噂を聞いたからねえ。一度本物を見たいと思ってたんだけど、ようやく願望が叶ったよ」

「はあ」

「護衛や遠出は初めてなんだって? 分からないことがあったら何でも聞いてよねえ」

「はあ」


 人目を惹く整った顔から、すらすらと軽妙な言葉が流れ出てくる。魔獣相手よりも、女の機嫌をとる仕事の方が向いていそうに思える物腰だ。


「そんなに身構えて警戒し続けていなくていいよお。この街道、最初の二日ぐらいはまず何の心配もいらない、安全な旅程だからね。もし万が一何かあったとしても、この人数の護衛がついているなら絶対安心ってものさ」

「そう」


 ひるを過ぎて、小休憩をとる。

 比較的平らかな草地を選び、護衛たちは周囲の安全を確認する。職員二人は会長とクートのために敷物を用意して、休ませる。交代で見張りを置きながら、銘々水と乾燥軽食を口にする。

 護衛たちの動きを見学するためにクートが一回りすると、職員の一人とヨエルが脇に付き添ってきた。

 職員は当然、会長の過保護気味の指示によるものだが。ヨエルは自主的に説明役を買って出たようだ。


「ほら、ああいうところは林の方から危険な獣が出てくる恐れがあるから、必ず見張りを置くのさ」

「ふうん」

「街道の前後を見通す見張りも、欠かせない。まあ人数が少ない場合はそこまで手が回らないこともあるけどね」

「そうなんだ」

「おいヨエル、油を売ってねえで、奥の見張りと交代しろ」

「へいへい」


 ヘンリッキから野太い声をかけられ、優男は肩をすくめて離れていく。じゃあまたね、とひらひらと心安げに手を振って。

 クートは会長の傍に戻り、職員ら三人に囲まれて軽食をとることになった。

 とにかく道中、この三人の誰かは必ず傍を離れないようにするようだ。クートの安全を図るとともに、もちろん逃亡するなどないように警戒する意味もあるのだろう。

 なお事前の打ち合わせでクートから、彫刻の他に食料などを運ぶこともできるが、と申し出があったが、丁寧に断られた。機能上心配はないといっても、やはり大切な荷物と他のものを一緒にするのは避けたいということのようだ。

 したがって、食料や休憩の際の道具などについては通常と同じ、銘々の携帯と牛車に積める分に限られるということになっている。

 また少し面倒になるが、クートの飲食は同席の者に背を向けて行うことになる。いつも覆面で口元を覆っているので、顎の下から捲り上げて顔の下半分を曝す必要があるのだ。かなり周りに失礼な態度だが、これも事前に了承されていた。


「よし、出発しよう」


 ヘンリッキの号令で、進行が再開される。

 この日の夜は、野宿の予定だ。それでもこうした行き来の多い街道なのでいたずらに候補地を探す必要はなく、適切な場所にそうした野営用の広場ができているのだという。

 日暮れ前に、一行は予定の広場に着いた。

 頻繁に使われているらしく、石を積んだかまどがいくつも設えられている。火を点け湯を沸かす準備をして、護衛たちはやはり周囲の警戒に動き出す。また職員に付き添われた格好でクートはそれを見て回り、ヘンリッキやヨエルから説明を受けた。

 天候が崩れる恐れもなく気温も問題ないので、一同は焚火の周囲に敷物を広げて雑魚寝ざこねをすることになるという。クートには会長と職員に挟まれた寝場所が指示される。他の護衛たちはそれを囲む位置に寝転がり、交代で見張りにつく。


「明日は宿をとっているので、一晩辛抱してください」

「分かった」


 白湯を入れたカップを手渡されながら、クートは会長に頷き返す。

 かなりよく使われる商人たちの旅程でこれがふつうの形だというなら、新米狩人に文句の余地はない。

 干し肉と携行食で簡単な夕食をとると、クートは少し離れたヘンリッキのそばに移動していろいろ話を聞いた。やはり職員の一人が付き添ってくる。


「こんな大きな街道以外の野宿だと、まずたきぎの確保が切実だな。火の点きやすいのと点きにくいのと、木の種類を覚えておかなくちゃならん」

「うん、それは父さんが猟師だったから、教えてもらった」

「そうか、そう言ってたな。あとは焚火を絶やさないように注意することだな。魔獣の多いところなら、火を点けているだけでも安心できねえ。夜っぴて見張りが必要だから、一人旅や二人連れ程度だとろくに睡眠がとれねえことになる」

「ふうん」

「その意味じゃ、今回みたいな人数だと助かるわな。交代で見張りということにしても、番が回ってこねえ夜もできる」

「そうなんだ」

「お前はとにかく、今回はよく眠れよ。お前を寝不足にしたら、会長さんに怒られることになる」

「はは、分かった。申し訳ないけどそうさせてもらう」

「そういう契約だからな、気にするな》



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