2-8 依頼
北の町も、春めいてきている。
このスヴェストルの協会に奇妙な小柄の魔狩人が現れるようになって、半年あまりが過ぎていた。小さな態で大きな魔獣を運んでくる驚嘆の光景にもかなり周囲は慣れたとは言え、やはり異様に目立っている現実は変わらない。
まだ午前早い頃。ガタ、と入口の扉が開き、その小柄な黒装束が入ってきたとき。
受付台の奥に立っていたヨウシアは、すぐにそちらに声をかけた。
「おおよかったクート、話がある。少し待っていてくれ」
「何」
「お前さんに指名で依頼したいって人がいるんだ」
言って、傍の若い職員に「エーリクさんを呼んできてくれ」と指示をする。相手はすぐ近所の商会にいるのだという。
クートに待合席に座らせているうち、すぐに呼ばれた壮年の男が現れた。
ヨウシアは二人を奥の応接席に案内する。恰幅のいい男とクートを向かい合わせに座らせ、自分は黒装束の隣に腰を下ろす。
男は相手の想像以上の小ささに驚いた様子だが、それほど面に表さず落ち着きを保っている。
「クート、こちらはオラヴィ商会の会長エーリクさん。知っているかな、オラヴィ商会はこのタハヴォネン侯爵領内で一、二を争う大店だ。その会長さんから、特別な依頼があるって話だ」
「エーリクです。クートさんに折り入ってお願いしたい」
「何でしょ」
「隣のスオヴァネン侯爵領領都エテラヴオリまで、荷物を運んでもらいたいのです」
「荷物運び?」
「何でもクートさんは、魔法袋を持っているとか」
「…………」
黙って、クートは隣のヨウシアを横目で睨む。
副協会長は、鼻先に皺を寄せて頭をかいた。
「聞いていた連中には他言無用を言い渡したんだがな。どうにも何処からか漏れちまうもんらしい」
「…………」
まだ無言のまま、クートはこれ見よがしの溜息をつく。
向かいから、商会長は前のめりに身を寄せてきた。
「クートさんにはご迷惑かもしれないが、私にとってはこの上ない朗報なのです。エテラヴオリまで、壊れやすい貴重品を何としても運搬しなければならない」
「…………」
「是非とも、何としても、お願いしたい。礼金に糸目はつけません」
「なあクート、話だけでも聞いてやっちゃどうだ」
「…………」
不機嫌に黙り込む小さな相手に、気にする様子もなく商会長は説明を始めた。
最近、自分の長女の縁談が決まった。エテラヴオリの大店の長男に輿入れすることになる。
すでに娘はほとんどの嫁入り道具とともに先に移動している。ただ、一つだけ運べずにいる荷物がある。
会長が娘に譲った、伝説の火焔鳥をモチーフにした石像だ。数十年前に死去した名工の作で、家宝と言っていい価値のあるものだという。
大理石が素材で、高さ一・五ガター、幅二ガターほどの大きさ。大きく開いた翼や細かい鶏冠の形状などとにかく微細な作りで、硬い石材とは言え少しの衝突でも破損しそうな状況だ。
「当然、専門の運送業者に依頼する予定にしていたんですがね。何処も現物を見るなり、これは無理だと断ってきたのです」
「それほどに繊細と言うか華奢と言うか、なんですかい」
「そうなのです。我々としてもそのことは重々承知していたのですが、専門業者すべてに不可能と言われるとまでは想像していなかった」
黙ったままのクートに代わって尋ねる副会長に、恰幅のいい男は困惑を露わに頷き返す。
この国の常識として、人間の長距離移動の方法はほぼ徒歩しかない。ミーマという四つ足動物に騎乗するという選択もあるが、持久力に劣るという欠点があり長時間になると休憩の方が長くなるため、一日以内の移動が現実的だ。
荷物類は巌牛に引かせる荷車に載せるのが一般的だが、この車は振動が大きいなどの事情で人間が乗るには適さない。
今回の彫刻の場合牛の車に載せるにしても、厚く布で包む、頑丈な木箱に入れて厳重に固定する、などの方法が考えられるが、道中何かが起きた場合の完全な保証はない。身代を揺るがしかねない高価な物品の運搬に、業者も顧客もなかなか納得できるものではない。
「今から、その彫刻の運搬を取りやめにするわけには?」
「この彫刻の譲渡も婚姻の条件に入っているので、今さらそれを変えることはできないのです。商会同士の契約のようなものなので」
「はあ……」
破損の恐れが大きいため、引き受ける業者がいない。
困難な条件は、それに留まらない。
このカルッティアラ王国は中央の国王が統治しているとは言え、大貴族たる公爵、侯爵の自治権がかなり強い。国王の指導が及ばず領地の奪い合いなど競り合いの続く隣接領も少なからずある。
こちらヒュヴァリネン侯爵領と娘の嫁ぎ先スオヴァネン侯爵領も現在は戦闘状態ではないというものの、古くからいざこざの絶えない間柄だ。当然ながらその境界付近は険呑な状況に置かれている。
スヴェストルとエテラヴオリを結ぶ徒歩で六日ほどの街道はいろいろな意味で重要な大動脈なのだが、場所によってはかなり危険が伴うことになる。双方の領からの警備が及び腰になっていて、盗賊や魔獣の出没が頻繁になっている箇所が点在するのだ。
この点は十分な護衛を配置することでほぼ通行の安全は保てるが、もし戦闘のようなものが展開された場合、今回の荷物の破損危機は格段に高まることになる。
専門業者が二の足を踏んで、何も不思議はないと言える。
「いろいろな伝手を辿って絶望するしかない状況で、クートさんの魔法袋の噂を聞いたのです。もうこれを最後の頼みの綱とするしかない」
「…………」
「くり返しますが、礼金に糸目はつけません。また通常以上の護衛をつけて、クートさんの身の安全は保証します」
この点は当然と言うか、会長としても切実に考慮するところだろう。
もし運搬途中にクートの命が失われることがあったら、魔法袋に収納した物品は永久に取り出せないことになるのだ。
その申し出に気を払う様子はなく、ただ黒覆面は口を尖らせているようだ。
ひとしきり唸るような溜息の後、隣の副会長に視線を流す。
「実を言うと」
「ん、何だ?」
「僕は町の商店なんかで買い物をするとき、この袋を持っていかないようにしている」
「どういうことだ」
「これがあると、そこらにある商品を盗むことができてしまう」
「ああ……」
「ふつうなら疑いがあったら身体検査とかされるだろうけど」
「ああ――その袋なら、本人以外中を確かめられない。盗品を隠していると証明できないわけだな」
「うん」
「それが――」
「問題はそれだけじゃない」
「何だ」
「物がなくなったと盗みの疑いをかけられた場合、盗んでいないという証明ができない」
「ああ――そういうことになるか。しかし盗品が見つからないなら、窃盗の罪を確定することはできないだろう」
「疑いが残るだけでも、不利益。それにもし身分とか名声とかが高い相手だったら、疑いだけで罪を決めつける主張、世間的に通ってしまうかも」
「うーーん……絶対ないとも言えないか」
「駆け出しの魔狩人と大店の商会長、世間的にどっちが信用されるか、明らか」
「つまり今回の件を引き受けたとして荷物運搬後、品物を無事渡したかどうかで問題が起きた場合、か」
「うん」
「しかし小さな品物じゃないんだから、そんな話の食い違いは起きないと思うぞ」
「そちらがやろうと思えば、僕を罪人にできる、という話」
「いやいや」向かいで、会長が慌てて手を振る。「そんな、疑いをかけるなどしないから」
「少しでも危険の可能性ある、近づく気、ない」




