2-7 遊戯
茸で柔らかくなった鹿肉のステーキは、客に喜んで受け入れられた。やや茸の風味が気になるということで、他の野菜も混ぜたソースをマイニオが工夫した手柄もある。
「評判いいねえ。この焼肉、これからも続けられるんじゃない?」
「少し癖が強いからな。たまにこんなのもいいかって程度だな」
回収した皿を抱えて調理場に戻ったカイサが声をかけると、店主はまんざらでもない表情で声を返す。
店内との出入口近くの両替所から、ボディルが笑い声をかけた。
「そんなこと言って。ソースが会心の出来だって、あんためったにない上機嫌になってたじゃない」
「それに違いはないが、調子に乗って浮かれちゃいけねえ。客の反応を長い目で見ねえと」
「そんなものなんだねえ」
「にしてもあんた、カイサたちを雇ってほんとによかったよねえ。働きぶりはいい上に、こうして料理についても一緒に考えてくれるし、今日はいないトイーニも、あたしたちじゃ思いつかない猟師の知恵なんての教えてくれるし」
「そうだな」
「あたしも小父ちゃんと一緒に考えるの、楽しいよ」
次の陽の日には、猪肉をネズミタケに漬けた焼肉が定食になった。鹿肉のときとはまた風味を変えたソースについて、前日からカイサも店主と一緒に工夫に加わったものだ。
「おお、こりゃうまいじゃないか」
「マイニオ、腕を上げたんじゃないか」
{おいしい、これおいしいねえ」
この日は家族連れも多い客層に、猪焼肉定食は大好評で捌けていく。休日には二人勤務になるカイサもトイーニも、終始楽しそうに動き回っていた。
仕事が終わって外に出るときになっても、何だか興奮冷めやらない思いでカイサは相棒に声をかけた。
「ねえトイーニ、たまには一緒に遊びに行かない?」
「え」
「あたしもこの後用事はないしさ。あんた、まだこの町に慣れていないんでしょ。案内したげるよ」
「んーー、じゃ、お願い」
「よし、決まり」
手を繋いで、町の中央部へ向かって駆け出す。
カイサがよく行く店などを紹介しながら、大通りを歩く。
とは言っても、子ども向けの娯楽などはほとんどない町だ。近隣には魔獣の出没が絶えないので町の全周は高い石壁で囲まれていて、それらを狩ることを生業とする魔狩人と呼ばれる者たちが多く集まっている。厳つい外観の男たちがそこかしこに見かけられ、何処か殺伐とした印象を受ける。商店などもそういった男たちを対象にしているところが多い。
子どもが出入りするような店は限られ、カイサも孤児院のお使いで野菜店にいく程度だ。一皿食堂のような飲食店も、孤児でなくとも子どもだけで利用することはまずない。
また何処の店も、外に商品を見えるように並べるということはない。店員が目を離した隙に持ち去られることを警戒して、当然の配慮ということになるらしい。
なので、
「ここの野菜屋は、少し鮮度が落ちたのや形が悪いのなんかを安く売ってくれるんだよ」
「へええ」
木戸を開いた店先から中を覗くようにして、そんな説明をすることになる。目の合った中年女性が店奥から手を振ってくれるのは、そんな常連になっているせいだ。
同じように孤児院の用事で訪ねることがある古着屋や雑貨屋などが、カイサの行動範囲だ。
「ここで着古した子供服を溜めておいて、寄付してくれてるの」
「親切なんだねえ」
町のほぼ中央部に、魔狩人協会の大きな建物がある。そこが見えてきたところで、カイサは足を止める。
「あそこより向こうには行っちゃダメってことになってるんだ。乱暴な大人も多いし、もっと向こうは貴族様とか偉い人の住む場所なんだって」
「そうなんだ」
帰りは路地を抜けて、秘密の近道を教えながら歩く。
歩きながら話していると、初めてトイーニは自分の身の上に関して少し打ち明けてきた。
少し前に父が死に昔に母を亡くしているので、今は父の知り合いの家に身を寄せている。
わずかながらも父が残した遺産があるというものの、生活費を入れるために働く必要があるのだが。父に恨みを持つ者がいて、トイーニの身柄が狙われる恐れがある。そのため、できるだけ目立たないように暮らしたい。
「ああ、だから一皿食堂みたいな仕事を探していたわけだ。その頬っ被りもそんな理由で?」
「うん、髪が短いせいもあるけど。どうも相手には、髪の色と目の色だけ知られているみたいなんだ」
「ふうん。だからその辺は隠した方がいいわけか」
「うん」
「じゃあその辺目立たないように、あたしも協力するね」
「ありがと。だからもしかしてあたし、突然行方をくらますことがあるかもしれないけど、そのときはそういう理由だと思ってて。カイサにはできるだけ前もって知らせるけど」
「分かった」
話はかなり漠然としていて、正直分かったような分からないようなという感覚なのだけれど。とにかくカイサはできるだけこの新しい友人に協力しようという気になっていた。
小さな声で話しながら、家々の立ち並ぶ隙間のような道を辿る。
間もなく家並みが途切れて、孤児院脇の広い野っ原に出た。
「ここ、孤児院のみんなとよく遊ぶ場所なんだよ。あ、ほら、小っちゃい子たちがもう来ている」
「へええ」
おーいとカイサが手を振ると、草原の中から小さな子どもが数人顔を上げてきた。
「わああ、カイサ姉ちゃんだ」
「遊びに来たの? 遊ぼ、遊ぼ」
五~六歳程度の女の子が四人、男の子が二人のようだ。全員まったく同じではないが似たような生成りの服で、女の子はワンピース、男の子は長ズボンで統一されているらしい。
近寄っていって、カイサは仕事仲間だとトイーニを紹介する。
一緒に遊ぼうよということで、そこそこ広い草原で鬼ごっこをすることになった。
カイサが鬼になって、きゃああと叫びながら小さな子たちが逃げ回る。その勢いについていけない様子で、トイーニはすぐに鬼に捕まっていた。
草原の中だけという決まりで子どもたちは元気に駆け回り、全員が捕まるまでにかなりの時間がかかった。
「次、二回戦しよ」
「いちばんに捕まった、トイーニちゃんが鬼だよ」
「みんな、元気だねえ」
「いつも院の中で、体力持て余しているからねえ」
トイーニの感嘆に、カイサは苦笑で答える。
ひとしきり走り回って、いちばんにトイーニがへばってきたようだ。教会の鐘を聞いてさあ帰ろうとカイサが皆を呼び集める頃には、肩で息をする有り様になっていた。
「大丈夫かい、トイーニ」
「何とか……生きてる」
「楽しかったよ、トイーニちゃん」
「また遊ぼうねえ」
「はいはい……さよなら」
「さよならあ」
みんな満面の笑みで手を振って、教会横の孤児院に向かう。
背を向けて、トイーニは逆の町の方向へ歩き出した。




