2-6 勤務
そうして食堂の主人と、とりあえずの勤務予定を決める。
追加従業員が必要なのは、主に昼食時間だ。正午十二時より少し前、十時から十五時までの勤務とする。
原則二人で一日ごとの交代、陽の日だけは客が増えるので二人揃って働いてもらう。
「仕事は主に客に料理を運ぶのと、皿洗いだ」
料理は日替わりだが、毎日一種類だけ。値段も銅貨五枚と決まっている。だから注文を受けた順番だけ覚えていて料理を運び引き換えに金を受け取る、その単純なくり返しだけだ。細かい金を持たない客はあらかじめ入口で両替をする決まりになっているので、釣りの心配もない。
料理は主人のマイニオが専任、嫁のボディルが配膳や両替などを担当しているので、二人はその補助ということになる。最近ボディルの腰の具合が少し悪いので、手伝いを雇うことになったと説明があった。
マイニオは背が低いがずんぐりとした恰幅、髭面でふだんは口数が少ない男らしい。ボディルは縦横ともに夫より一回り大きく、顔も身体も丸まるとした愛想のいい女性だ。二人とも四十過ぎで、子どもはいないという。
一通り相談して、二人はこの日から仕事に就くことにした。
店内は大きな十人ほど掛けられるテーブル席が二つあるだけだ。話し合いをしていたその席から腰を上げながら、ボディルが尋ねてきた。
「そういや、トイーニのその頬っ被り、何か理由があるのかい」
「ああ……」
言われて、トイーニは頭から被った薄灰色の布を摘まむ。少し迷った仕草から、額横の布をわずかに捲って見せた。濃い灰茶色の短い髪がそこから覗く。
「こないだまで猟師の父さんについて山に入っていて、邪魔だから髪を短くしてたの。でも町だと短いと女の子としておかしいみたいだから」
「そうなのかい。まあそんな頬っ被りってのも、食べ物屋としちゃ清潔感があっていいかもしれないね」
「ああ、それなら」カイサが声を上げた。「あたしもトイーニに合わせて、仕事中は頬っ被りしようか」
「それもいいかもしれないね。それ用の布を用意しよう」
「分かった」
この日は二人揃って十五時まで働き、その動きを評価された。
午過ぎ頃からは店内が混み合い入口で待つ者も出てくるが、いつもに比べて配膳が早いため待ち時間が減った、と客からも好評だ。何よりも小さな子どもがくるくるちょこまか動き回る姿が目を和ませる、という声もある。
「はい、お待たせーー、兎肉スープ定食だよーー」
笑顔と声の大きさがとてもいい、とカイサは女将さんに誉められた。
その二点では劣るが、トイーニは配膳の順番と料金計算にまちがいがない、とされる。一食の料金は銅貨五枚と分かりやすいのだが、三人分一緒に銀貨一枚と銅貨五枚、などと手渡されるとカイサは少し戸惑ってしまうのだ。
「まあ、二人とも合格だね。明日からも頑張っとくれ」
女主人から日給を受け取り、この日の勤務を終える。
トイーニと笑顔を見交わし、外に出たところで別れた。
明日はカイサ一人が勤務の番、明後日は休みだ。
孤児院に帰って雇用が決まったことを院長に報告すると、老女はいつも厳格な顔を綻ばせて喜んでくれた。
孤児院の子どもたちはほぼ毎日、朝から町主導の仕事に出かける。広場の掃除やゴミ回収など、給金は安いがみんなで請け負うと院としては馬鹿にならない収入になる。
その後、定職に就いている者はそちらへ向かう。基本二人組で交代制のため、毎日ということにはならない。
カイサは一日置きの食堂勤務に、元気よく通っていた。
トイーニと二人、働きぶりを店主夫妻に気に入られた格好だ。やることは決まっているので、指示されなくても率先して料理を運ぶ、汚れた食器が溜まってきたらすぐ洗う、皿を片づけ空いたテーブルを拭く、と休みなく動いている。
平日の客は近くの商店などの職員、魔狩人などほとんどが成人男性だが、明るい女の子の給仕はおしなべて好評だ。
そうした仕事に慣れてきた頃、休憩時間にカイサは店主に頼み込み、調理を傍で見せてもらうようになった。孤児院で当番制の調理係が回ってくるのだが、元から好きなこともあり上達を志しているのだ。
「へええ、アカマメは後から入れるんだね」
「おう。豆や根菜なんかは水から煮込んだ方がいいのが多いが、アカマメはすぐ柔らかくなるんでな」
「そうなんだあ」
「お、少し離れていろ。油が飛ぶからな」
「はあい」
すっかり店主と仲よくなり、気に入られた形だ。日を追って、時間があれば非番の日も調理見学に訪れるようになっていた。ふだんは口数が少ないというマイニオが小さな娘相手に妙に愛想がいい、と妻に笑われている。
トイーニも非番の日に出てくるまではしないが、よく皿洗いをしながら興味深げにそんな二人を横から眺めている。
この日非番のカイサが裏口から入ってくると、マイニオが調理台に向かって難しい顔で腕組みをしていた。
「どうしたの、小父ちゃん」
「あ、おう、カイサか。いや、明日の定食の下ごしらえに、仕入れた鹿肉を確かめていたんだがな」
言って、調理台のかたまり肉を指さす。
カイサが覗くと、ふつうより黒っぽい見た目の肉だ。
「もしかして、年食った鹿の肉?」
「みたいなんだな。どうも若いのが手に入らなかったらしい」
「調理、うまくいかないの?」
「焼肉にしようと思ってたんだが、これだと噛みきれないくらい硬くなっちまいそうだ」
「そうなんだあ。そういうとき、どうするの。よく叩くとか?」
「まあ、そんなことでもしてみるしかないか。それとも諦めてスープにして、よく煮込むか、だな」
店は最も混み合う時間が過ぎたところで、皿を重ねてトイーニが運んできていた。汚れた皿を水に浸けながら、興味を持った顔で調理台を覗いてくる。
断りを入れて、カイサは大きなかたまり肉を指先でつついてみる。
「こうしてみるだけでも、いつもの肉より硬そうだよねえ。かなり手強そう」
「まあ何とかして明日の献立にするしかないからな。頑張って叩いてみるか」
「頑張って」
子どもの手に負えそうにはないので、言葉で激励してみる。
傍に寄ってきて、トイーニが首を傾げた。
「ネズミタケって茸をまぶして漬けたら、柔らかくなるって言わない?」
「何だい、そりゃ」
「猟師の人に、聞いたことがある」
「本当か?」
「うん、本当にうまくいったって」
「ネズミタケかあ。たまにスープに入れることはあるが、今は在庫はないな」
「面白そう。試してみるなら、あたし買ってこようか?」
「うーん。そうだな、頼めるか」
「はあい」
お使いを申し出て、カイサは銅貨を受けとった。茸を扱っているはずの野菜屋は、すぐ近所だ。
駆け足で、往復。買ってきた茸をマイニオが細かく刻み、薄切りにした鹿肉にまぶす。ボディルも加わって、四人でわいわいと賑やかな作業になった。
「これで二ゲール(時間)くらいも様子を見てみるか」
「何だか面白そうってか、ワクワクするねえ」
女将も子どもたちの顔を見て笑っている。
二ゲール後肉の小さな一片を焼いてみて、一同から驚嘆の声が上がった。
「何だこれ、本当に柔らかくなったじゃないの!」
「凄え、こりゃ驚いた」
「本当だったんだねえ、猟師の知恵」
「こりゃ、売り物になるな」
店主は勇んで残り肉の処理に戻った。




