1-8 増加
――――。
見た目、何も起こらない。
つまり、気を失っていない。
見ると、視界の表示は1に変わっていた。
調べると、収納空間は六個になっている。
つまり、
――魔力値、増えたでまちがいない?
正確に2になったかどうかはもう一度成造をやってみないと分からないと言えるかもしれないが、それは夜に回そうと思う。
とにかくこれが本当だとしたら、大助かりの話だ。
何故こんなことが起きたのかは分からないが、とにかく喜んで受け入れよう。
小躍りしたい気分で。
それから思い出し、パンを取り出して食事を始める。
食事を忘れるなど、この生活をするようになって初めてだ。
魔力値が2に増えて、五日が過ぎた。
その間毎夜、厨房からパン一個を手に入れ続けている。
残り物スープのようなものは、うまい具合に見つけたときだけ持ち帰るようにする。焼肉一皿などは見つけても、発覚の恐れが高そうなので触らない。
二階物置からの持ち込みも、とりあえず休止にする。こちらの部屋にあまり多くのものを置くのは危険なのだ。
サイクル五日目に使用人が訪れる前には、数枚重ねたシーツなど一切を戸棚に隠す。
母の手鏡はさらに慎重に、戸棚の裏に隠し置くことにした。
数日は鏡をテーブルに置いて、イルヴァは何度もそれを覗いてみた。
「お母様……」
母の笑顔がそこに見えたらと思うのだけど、当然映るのはみすぼらしくやつれた自分の顔だけだ。
それでも母が愛していつも梳いてくれたお揃いの白金の髪は、枝毛と艶の曇りは見えるけれど変わらず肩の下まである。
国の北半分の貴族に多い髪色で、まず平民には見られないのだと、よく話してくれたものだ。
――そう言えば……。
この髪色も、父が嫌う一つの理由だったかもしれない。
自分の焦茶色と違って見るからに貴族の血を示す妻と子の髪色を、父は嫌悪していたようだ。
溜息をつき。
それでもイルヴァは、父に嫌われたことより、母が好いてくれたことの方を温かく思い出す。
戸棚の陰に鏡を押し込むときには、身を切られるような寂しさが込み上げてきた。
魔力値が2に増えて、多少余裕はできたけれど。まだ収納空間は数多く持って損はないので、毎晩二個ずつ成造することにした。
そうして五日が過ぎた朝。
収納空間は十五個になり。
気がつくと、魔力値の表示は3になっていた。
――また、増えた?
いったいどういうことだろう。
2に増えてから、また五日後だ。
この間ずっと毎晩、魔力値を使い果たすことをくり返している。
原理は分からないけど考えられる規則性は、魔力値使い果たしを五日続けると1上がるということだろうか。
1が2になったというだけなら二倍になったという考えもできるが、続いて2が3になったということからすると、1ずつ増えていると思うべきだろう。
自分が特殊なのか誰にでも当てはまることなのか、分からない。
魔力値が上がるなど聞いたこともないが、それこそこんな魔力値使い果たしを五日続けるなどまず誰もやったことはないだろうから、他にも当てはまるとしても今まで知られていなかったということもあり得るんじゃないだろうか。
イルヴァのように毎晩魔力値いっぱいの魔法を使い続ける事情のある者など、まず考えられない。
ふつうの加護の魔法はたいてい、そんなに毎日何度も使う必要があるものじゃない。
基礎魔法はよく使うとしても、五回で魔力値1の消費なのだ。通常少なくとも魔力値10~20持つ人が、一日でそんな回数を使わないだろう。
――たとえば七回使って1・4の消費、魔力値10が8・6になるとかがせいぜい――。
とか、どうでもいいような計算を思い浮かべ。
何か、引っかかるものを覚えた。
――たとえば、魔力値残り0・8のとき、魔力値1を消費する魔法を使おうとしたら、どうなるんだろう。
魔力値が不足しているので発動できません、などという警告が何処かから聞こえてくるとか、聞いたことがない。
ふつうに考えて、まったく魔法が発動しないでそのままか、魔力だけ消費して気を失うか、どちらかだろう。
当たり前には、前者の方だろうけど。
もしかして、後者だったとしたら。
――魔力値を使い果たして、気を失うか、命を失うかだよね。
この場合、命を落とす確率が高くても、不思議がないんじゃないか。
一般に、魔力値を使い果たすと、体調を崩すか命を失うかだと言われる。
これまで十日間、イルヴァは魔力値を使い果たし続けてきた。それで当然、一度も命を失っていない。ただしそれはすべて、残り1のとき1を使う、という方法ばかりだ。
もしかすると。
残り1のとき1を使う、という方法だと意識を失う。
残り0・8などのとき1を使う、という方法だと命を失う。
という規則性なんじゃないのか。
世間では、魔力値が残り少ないときは使い果たさないように気をつけろ、と言われる。命を落とす恐れがあるから。意識を失うだけより確率は高いから、と。
考えてみれば、残り少ない、という感覚はふつうの人にそれ以上正確に感知できないのだ。魔力値の残りを数字で知ることができるのは、おそらくイルヴァだけだ。ちょうど残り△のとき△を使うなどという芸当、そうそうできるものじゃない。
そういう不確かさの中での経験だけから、体調を崩すか命を失うかどちらか、と言われてきたんじゃないのか。
正確なところは、分からない、調べてみることも、できない。
けれど何となく、信憑性のある仮定に辿り着いた、という気がしてしまう。
そうしてもう一つ、あり得そうな仮定。
魔力値の残り△のときちょうど△を使う、ということを五回くり返すと、生まれ持つ魔力値が1上がる。
ということじゃないのか。
本当に、正確なところは分からない。けど。
それこそイルヴァ以外には、こんなことを試すさえもできない。そのため、これまで広く知られていなかったんじゃないか。
もしかしてもしかして偶然魔力値を上げることができた人がいたとしても、もともと20の人が21になったとして、数字で見ることができない以上、体感で差は感じなかったかもしれない。
とにかくも、
――そうだと信じて、これからも続けていいんじゃないか。
という気がしてくる。
ただ魔力値に少し余裕ができた分、少しは基礎魔法を使ってもいいんじゃないかと思う。
どうしても喉が渇いたら水魔法とか、夜の探索でものを見るために光魔法とか。
ただその場合、魔力値を使い果たして五日後の上昇を目指すなら、基礎魔法を五回使って小数点以下がなくなるようにしなければならない。
その面倒と空間成造が一個分減ることを考えると、やっぱり極力我慢だろうか。
そう考察して。
やはり毎晩、空間成造を三個ずつ続けることになった。
かなり空間の数が増えて、夜の探索をしても全部が塞がるということはなくなった。
収納空間に何か入っている状態で、何処に何が入っているかは自然に分かる感覚なのだが、それでも念のため。空間に番号をつけて頭の中で区別管理することにした。
当面の間、番号1~5のものを探索で見つけたものの運搬に使う。
栄光の1番は、
――ここは、パンの指定席。絶対、決まり。
続く6~10は直接水を入れる専用とし、飲用や身体拭き、洗濯などに使いながら、毎夜補充して常に満タンを保つ。
それ以降の番号は足りなかったら使うが、しばらくは空のままその個数を増やしていくということになりそうだ。
あと少し考えて、10000という番号のものを作った。通常は空にしておくが、何か咄嗟の場合はこれを指定して収納するような習慣にする。
たとえば目の前のパンが誰かに見つかりそうになったとき即座に消す、その際にどの番号の空間に入れるかなど考えなくていいようにしておこうと思うのだ。
空間の数が増えた分、何だか自分でも余裕、遊びの感覚が湧いてくる気がする。




