2-5 求職
カルッティアラ王国北部では秋にさしかかると、乾燥した気候が続く。このスヴェストルの町でも、空は晴れ渡っているにもかかわらず風に舞う砂埃で視界が霞む光景が日常になる。
埃から目を守るために額に掌を翳しながら、カイサはさっきから大通りの脇で向かいの店先を眺めていた。
「何なのさ、あの子――」
小さな呟きが、幼い口元に漏れる。
ルオナヴァーラ教会付属の孤児院在籍者、十歳の少女として標準の簡素な生成りのワンピース姿で、恒例の陽の日の礼拝後、用事があって町に出てきたところだ。
ほとんどの労働者が勤めを休んで午前中の礼拝時に教会に向けて祈りを捧げるこの陽の日、午近くなると町の通りが賑やかになってくる。多くの商店などは休業の習いだが、例外的に午過ぎから営業が許されている食堂での外食目的や、家族で散歩や遊びに出かける者が大勢見られるようになるのだ。
ルオナヴァーラ教の教えで、一週間は七日と定められている。
人の魔力値や加護について調べるすべを持つルオナヴァーラ教は事実上この大陸唯一の宗教――山間部での鰯頭教など、小規模なものはそれなり多数に存在するものの――で、各国の国王以下ほぼすべての国民は教会の定めた暦に従って生活を送っている。
暦は太陽、月、星の動きなどを精密に計算して、各月ごとの日数を教会で算出の上定められている。
古来空の天体などを観察し続けた結果、太陽と月はもちろん、その他に五つの星が独自の動きをしていることが確かめられた。その五つの星には、地上での重要な存在に因む名称がつけられた。
それらが「火の星」「水の星」「風の星」「木の星」「光の星」と呼ばれる。
これらに太陽と月を加えた七つの名称を日にちに当てはめ、七日を一週間と呼ぶことになったわけだ。「火の日」「水の日」「風の日」「木の日」「光の日」「月の日」「陽の日」と呼ばれ、原則人々は陽の日には勤めを休んで礼拝に参加することになる。
……などという難しいことをよく知らないわけだが、とにかくカイサはこの休日、孤児院での礼拝を終えて町に出てきている。
抱えていた懸案をどうするか悩みながら目的地近くへ来たところ、変わった動きをする子どもを見つけたのだ。
服装はカイサと大差ない、着古した生成りのワンピース。年齢も同じくらいだろう、背は少し低いかと見える女の子だ。灰色の布で頭の上から、姉さんかぶりというのかそんな形で覆っているのは、外での埃よけだろうか。
そんな子どもが、開店前で入口を閉じた『一皿食堂』の店の前で、何やら書かれた板を凝視している。それも、一度読みふけった後その場を離れ、少し先から引き返してきてまた目を凝らす、そんな動作をくり返して今は三度目だ。
板に書かれた文字をカイサは読むことができないのだが、書かれた内容は知っている。かなりの確信を持って大通りを横断、またその場を離れようとしている子どもの前に立ちはだかる。
大きく息を吸い、腕を水平に伸ばして指を突きつける。
「あんた!」
「え?」
「仕事を探しているね!」
「――はあ」
何故分かったのか、と言わんばかりに女の子は目を丸めるけれど。
分からない、はずもない。
さっきからこの子が読みふけっていた板に書かれているのは、ここの食堂で従業員を募集しているという内容だ。カイサには読むことができないけれど、ここの主人に内容はしっかり説明を受けている。
「あんた、親はいないの?」
「うん。父ちゃんが死んで、この町に出てきたばかり」
「つまり、ミモトホショーニンがいないわけだ」
「うん」
「でも、働き口を探しているんだね?」
「……うん」
「じゃああんた、あたしと組みなさい!」
「は?」
「あんた、十歳だね?」
「えーと……」
「十歳だよね、まちがいない!」
「……はあ」
「そこの募集看板、読んだんだよね?」
「うん」
「それなら、話は早い」
こっちへ来なさい、と女の子を傍の路地に誘い込む。
そこで、少し声をひそめて確認。
板に書かれているのは、未成年従業員募集の内容だが。ふつうに親や血縁保護者がいる場合とそのような者がいない孤児院在籍者などの場合との条件差異について、簡略ながら特記されているのだ。
ほぼこの町、というか国内通じての習慣、あるいは決まり事から来ているものだ。
当然ながら未成年労働者の賃金は、成人のそれより低くなる。つまり低賃金で雇用できるということで、ここの食堂のように簡単な労務については未成年指定で募集することがよくある。
ただここからが国の習慣ということになるが、身元を保証する血縁保護者のいない孤児らについては雇用条件を厳しくしている。過去の経験などから、孤児院職員の保証程度では信用しきれないということになっているらしい。
具体的には、孤児の雇用は同程度能力を有する二名で一組、ということになっている。それも労働時間を二分する、一日交替で勤務する、などの形をとる。つまり一人の都合が悪く欠勤するなどの場合すぐもう一人を代役にできるようにし、孤児院に対して連帯責任を問いやすくしているということだろう。
教会の孤児院では、十歳以上の子どもに対して働きに出ることを義務づけている。賃金の大部分は生活費として院に納めることになる。
この春に十歳になったカイサは、先日までずっと農家に雇われて畑仕事をしていた。しかし小麦の収穫が終わり、雇用は終了することになった。
次の働き先を見つけなければならないのだが、大きな問題があった。院内で子どもの人数に変化があり、二人一組で雇われるための相棒がいないのだ。
ここの『一皿食堂』での募集には少し前から目をつけ、主人とも相談をしていた。孤児院の院長にも来てもらって相談を重ねた。
食堂主人としても孤児院の事情に理解はあり何とか考えてはくれているのだが、やはりみだりに決め事を変えるわけにいかない。形だけでも二人一組になるように、孤児院の子どもに拘らず見つけられないか、という話になっていた。
つまりカイサにとって、目の前の女の子は願ってもないカモなのだ。
「あんたもそれを読んで、一人じゃ雇ってもらえないって困ってたんじゃないの?」
「まあ、そう」
「あたしと組めば、仕事をすることができるよ」
「うーん……」
少し考えて、女の子は条件を出してきた。
自分の住んでいるところを知られたくない。
雇用先には自分が孤児院の子だということにして、孤児院には町で知り合った子と組むことにしたと報告できないか。
「たぶん大丈夫だよ。一人連れていきさえすれば、食堂の小父さんも詳しいこと聞かない」
「そうなんだ」
「じゃあ、そういうことでいこうよ。あたしはカイサ。あんたは?」
「――トイーニ」
「うん、トイーニ、よろしくね」
「よろしく」
握手をして。それからトイーニは少し考える顔になった。
並んでやや低い上背から、カイサを見上げてくる。
「二人一組なのは、一人に何かあったときすぐもう一人を呼べるようにって理由だよね。あたしの居場所が分からないんじゃ、カイサが急に休むとき困るんじゃないの」
「あたしは大丈夫さ。孤児院に入ってからこれまで、病気をしたこともないからね」
「そうなんだ」
「トイーニに何かあるときは前もって相談するか、孤児院に連絡をくれればいいから」
「分かった」
まだ開店時刻に余裕があるということで、連れ立って一皿食堂に向かう。
先日から何度もカイサと話していた主人は、「お、相棒見つかったのか」と簡単に受け入れてくれた。




