1-7 手鏡
翌日の目覚めは、またやはり午近くだった。
魔力値は1に戻っている。
確かめると、収納空間は三つ使える。
――また今日も、生きていた。
賭けの勝利に、満足して。
何よりもの楽しみ、硬いパンと具のない冷めたスープを収納から出して、食事をとる。
「うう……おいしい……」
スープに浸したパンは、前日までと比べものにならないほどの美味として、口いっぱいに広がってくる。
スープの味自体、天国もかくや、と思わせるほどだ。
「おいしい……おいしい……」
変わらずゆっくりの咀嚼に気をつけながら、手が止まらない。
それでもどちらもが減っていくのを惜しんで、イルヴァは涙ぐみながらゆっくりゆっくり口に運ぶ。
スープの味が消えるまで小鉢をパンの残りで擦り食べつくし、涙を拭ってほうと息をつく。
スープの小鉢は、このまま収納しておいて使い回そうと思う。
なので、まずその表面についたものを収納、と指定。これですっかり洗ったように綺麗になる。収納した汚れ分は、窓の外に捨てる。
収納空間は三つになったので、いろいろ運んでくる選択ができそうだ。
いろいろ考えながらイルヴァはこの昼間、身体を動かすことにした。とにかく運動不足を解消しないと、この先ままならないことになりそうだ。
ただし栄養状態回復もまだまだなので、無理は禁物と思う。
部屋の中を歩き回ったり、手脚の屈伸運動を疲れない程度に行う。
――さて今日は、何を探そうか。
また二階の物置に入って、捜索を続けるつもりだ。
とりあえずシーツ代わりの布を増やして、寝心地をよくすることを考える。
あとは、何だろう。
今、季節は秋にさしかかったところ。
この地方の冬は暖房が必要になるほど寒くなる日はほとんどないが、それでも寒さを凌ぐものは用意すべきだろう。
あの義母にこちらを凍えさせる気があるかどうかにもよるわけだが、用意しておくに越したことはない。
ただ、まだ急ぐ必要はない。と言うよりこの部屋に収納空間以外の保管場所は小さな戸棚しかなく、使用人が気紛れで開いたら見つかってしまうのだから、ぎりぎりまでこちらに運び込まない方がいい。
おそらく何かしらのものはあの物置の何処かで見つけられると思うので、見当をつけておくだけでいいだろう。
この夜は、それほど当てもなく物置を探る。
シーツに代わる布はまた見つけたが、この大きさは収納できず小さな手で運ぶのもたいへんなので、一度に一枚が限度だ。
これを手に抱えるとすると、あとは小物程度になる。
箱を開いて中を覗き、
「あ……」
思わず、手が止まる。
見覚えのあるものが、あった。
赤く塗られた木の枠に、ガラス状のものが填め込まれている。
母が使っていた、手鏡だ。
母のいた部屋をあの義母が使うことになって、中の家具等は一新された。その時期イルヴァ自身も半ば魂が抜けたような状態だったので、その道具たちの行方がどうなったかまるで知らない。
その一つが、ここにあったわけだ。
ただ同じ箱の中に、母の持ち物が集められているわけではなかった。ぼろ切れのようなものが詰められた上に、ただ鏡だけが載せられていたのだ。
――持って帰りたい。
収納には入らない大きさだ。
部屋に、隠し場所などない。
使用人に見つかったら、何処から持ち込んだのかと疑われることになる。
そんなことは分かりきっているのだけれど、母のものを傍に置きたいという気持ちは抑えられなくなっていた。
――もう、見つかったらそのときのことだ!
シーツ用の布に大事に包み込み、脇に抱える。
そうして室内を元通りに見えるように片づけ、外に出た。
厨房に寄って、パンを一個手に入れる。他の荷物で手は塞がっているで、これは収納。
この日は前日の残りスープのようなものは見つからなかった。
仕方なく。収納二つ分が小鉢が入っている以外空いているので、それぞれ水を直接いっぱいになるまで入れた。
部屋に戻って。
シーツはベッドの上。
手鏡はとりあえず、テーブルの上。
パンは収納したまま、明朝の楽しみとする。
残りの収納から、まず小鉢を水でいっぱいにして取り出す。
それから、部屋の隅に移動。いつも洗濯に使っている小ぶりの盥のような容器に、いっぱいになるまで水を出した。
いつも基礎魔法四回分出している量より、多いくらいになった。
裸になって、肌の汚れをまず収納。それから布を水で絞って、身体を拭く。
何日ぶりか分からない肌の清めで、何とも気分爽快になった。
これでもっと大きな容器を見つけてきて、収納の数を増やしたら、さらに気持ちよく水拭きができるだろう。
気分よく。
この夜も空間成造をして、気を失った。
翌日午近く目覚めて、もう信じていい気になった。
自分のこの魔力値使い果たしは、命に関わらない。そう思ってこれから毎日続けていこう。
この日は小鉢の水とパンだけで食事をして、昼間は軽い運動。
また、昨夜身体を拭くのに使った水を、窓の外に捨てた。
すぐ窓の下に水溜まりができると見つかったら妙に思われるので、一度収納したものをできるだけ遠くに少量ずつ距離を置いて取り出し落下させる。
初めて目に見える形で遠くへの取り出しをして、およそ10ガター先まで可能なことが分かった。
夜中にまた探索に出る。
シーツ用の布とパン一個、収納三つ分の水を手に入れる。
前日より多い水で、さらに気分よく身体を拭う。
満足して。
空間成造で、気を失う。
目覚めると、当然ながら収納空間は五個に増えていた。
何と言うか、命が失われていないことへの感動は薄れた感覚だ。
何処か少し暢気に、毎朝の点検を行う。
そうしていて、
「――え?」
意外なものに気づき、一瞬息が止まった。
視界の隅の数字が、
「2?」
に、なっているのだ。
つまり、魔力値が増えたらしい。
――いやいやいや。
あり得ない、そんなこと。
生まれ持つ魔力値が変わらないことは、この世の常識と聞いている。
たぶんそこらの誰にでも、こんなことを告げたら「馬鹿らしい」の一言で片づけられるだろう。
何かのまちがいだ。
この数字が魔力だと思っていたのが、まちがいだったのか。
それともこの計量にまちがいが起きるようになったのか。
「…………」
しばらく考え。
とりあえず確かめる方法があることに気がついた。
いまここで、空間成造をしてみればいい。
もし魔力値が増えていたら、一度で気を失わないことになる。
増えていないのなら、気を失う。しかしこれまでの経験上、せいぜい翌日まで目を覚まさないというだけだ。
――やってみて、それほど損はないよね。
もう一度気を落ち着けて見直しても、表示されている数字は2だ。
一度深呼吸をして。
「空間成造」
と、唱える。




