1-6 蒐集
翌日の目覚めは、やはり午近くだった。
――生きて、いた。
魔力値は1に戻っている。
確かめると、収納空間は二つ使える。
イルヴァはまたも賭けに勝ったことになる。
――これでまた少し、前に進める。
しかしこの日は、一日中それを試す実験をしているわけにいかない。もう午近く、五日に一度パンを運んでくる使用人が、いつ入ってくるか分からないのだ。
まあたいていは午少し過ぎだから、と予定して準備しておく。
万が一にも昨夜食事をしたことに気づかれないよう、窓を開けて換気する。パンだけなのでたいした匂いは残らないだろうけど、念には念を入れて、だ。
またほんの少しにせよ空腹が緩和されている素振りを、見せるわけにいかない。いつもなら極限近い空腹で胃を庇い、身を丸めているのが常なのだ。
廊下に足音が近づくのを確かめて、イルヴァはベッドの上でそうしたいつもの姿勢を作る。
ガチャリと錠の外される音が響き、木の扉が開かれる。
入ってきたのは、いつもの女使用人だ。名前も知らない。数ヶ月ほど前に雇用されたようだが、イルヴァには挨拶も名乗りも受けた記憶がない。
じろり粗末な寝床に目を向けて。
「ふ」
あからさまな嘲笑の鼻音がした。
ぼんやり目を上げると、ほとんど興味の色のない冷たい視線がすぐ逸れていくところだ。
テーブルに裸の丸パン一つと半分ほど水の入ったコップを無造作に置き、そのまま踵を返している。
その女が部屋を出るのも待たず、イルヴァはテーブルの丸パンに飛びついた。
ちらり振り返り、
「ふ」
もう一度鼻を鳴らして、女は扉を閉じた。
すぐにカチャリと、錠のかかる音。
ふう、と息をつき。お芝居は完遂。イルヴァは手にしたパンを千切ってゆっくり水に浸けた。
十分空腹ではあるけどいつもほど貪る勢いにならず、まだ弱っている胃を労って慎重に咀嚼する。
――これでまたあと五日、この部屋に来る人はいないはずだね。
後でコップの回収にだけは来るが、それきりのはずだ。
落ち着いて今後を考え、必要な実験など行動したいと思う。
まず、パンの入手は原則毎夜行う。まったく実際のところは分からないのだけれど、料理人たちに減っていることに気がつかれないために、硬い方のパンを一日一個という制限にしておく。
昨夜遅く一個のパンを口にしたわけだが、当然ながらその程度、目覚めたときには空腹に戻っている。
たいしたことはできないにしても一日の活動のため、今後は朝目覚めの後で食事をすることにした方がいい気がする。
サイクル五日目は少し贅沢をして、運ばれてくる分と合わせて二食とることにしようか。
その他、
――必要なものは、いくらでもあるんだよ。
他はともかく数少ない下着は何度もの水のみの洗濯でくたびれて、もうすぐ限界だ。
板敷き寝床のせいでの身体の痛みも、耐えがたくなっている。
そういった面での必要物も、入手していきたい。
確か屋敷西側の二階に、何かしら古い衣類などを保管した物置があったはずだ。
この夜には、そちら方面も探ってみよう。
ただ問題は、何か見つけたとしても大きなものは運べないことか。
この弱った身体で、例えば毛布を見つけても運べない気がする。
収納できるのは、せいぜい下着一~二枚くらいだろう。
その意味でも体力回復と、収納空間増加が急務と思われる。
そんな気楽に決心できることではないけど、これからも命がけの魔力値使い果たしは必要だ。
その夜。屋敷内が寝静まってから。
前夜と同様に扉の錠金具を収納で外し、慎重に足音を抑えてイルヴァは廊下に出た。
この日は厨房より先に、二階の物置を覗いてみる予定だ。
厨房方向へ左折する角より少し先に、中央階段がある。家人たちの寝室が近づくので、さらに念入りに足音に気を払ってそこを昇る。
真夜中だが南向きの窓の隙間に月明かりが射し込んで、かすかに周囲を見ることはできる。
記憶に頼って扉を辿り、物置と思われる前に到着。当然施錠されていたが、これも収納で外すことができた。
埃っぽい室内に入り、雑然と積まれた箱類を見て回る。
残念ながら今の体力で持ち上げることも叶わず、蓋を開けることができるのも限られたが。何とか衣類の詰まった箱を見つけた。
そんな箱のいくつ目か。ようやく、子どもの衣類らしきものを発見。しかしすぐに、失望が下りてくる。
――ああ、そっか――。
見つけられる限り、男児用の衣類しかないのだ。
考えてみると、当然だ。
この屋敷は父が成人してから移り住んだもので、イルヴァのものが残されていないとしたら子どもの衣類などあり得ない。
せいぜい可能性があるのは、父の小さい頃の分を後生大事に持ってきたか、という程度だろう。もしかすると、これから義兄に使わせるために保管しているのかもしれない。
しかしもうそうだとすると、仕方ない。
こんな幼児のもの、男女の区別など関係ない、と思うことにする。何もないよりはよっぽどましだ。
ということで、幼児用の下着二枚をぎゅうぎゅう押し丸めて何とか収納。
その他に、シーツ代わりに使えそうな大きめの布を一枚、抱え持つ。
――何とか、最低限の収穫。
侵入の事実がばれないように慎重にあとを片づけ、施錠も戻してそこを後にする。
足音を殺して移動し、次は厨房へ。
持っていた布は廊下に置き、中に入って硬いパン一個を入手。
戻ろうとして、かすかなものに後ろ髪を引かれた。
「何?」
ほんのかすかな、匂いだ。
しかし気がついてしまうと、心惹かれて抗えない。ほとんど別の意識に操られているかのように脇に寄り、大きな金属容器の蓋を開いていた。
半分にも満たない量が覗いたそれは、食べ残しのスープのようだ。
目を凝らしても、ほとんど具の存在は見つけられないが。
冷めきっているのだろうに、蓋を取った途端、むわあと蠱惑的な香りが立ち昇る。
「……わあ」
そうなると、もうそれを拒絶するのは不可能だった。
食べ残しと思われる少量だが、ほんの少し減っても違和感は持たれないだろう、と弁解が何処かから囁きかけられる。
前夜と同じ廃棄食器と思われる箱から、そこそこ欠けた小鉢を見つけ。それに入る分だけスープを汲み上げる。
二つ目の空間に、それを収納。空間を二つにしてよかった、としみじみ思ってしまう。
廊下に出て、丸めた布とパン一つを大事に抱え。
足音に気を払って、部屋に帰った。
布はベッドの板の上に敷く。下着は、戸棚に。
パンとスープは失われないよう、汚れないよう、しっかり収納する。明朝起床後の、この上ない楽しみだ。
そうしてから。
この日の活動を振り返り。
遺漏がないか、発覚の恐れを残していないか、慎重に点検。
頷いて、久しぶりに清潔な布の上に横たわる。
その後、もう迷いはなかった。
声に出して、唱える。
「空間成造」
途端、激しい不快感が全身を襲い。
布の上でのたうち、のたうち。
イルヴァは意識を手放す。




