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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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9/25

恋愛が怖いのに、君を失うのはもっと怖かった

恋なんて、しなければよかった。


好きにならなければ、

こんなに苦しくならなかった。


でも、

もう知ってしまった。


あなたがいる夜の安心も、

名前を呼ばれる嬉しさも、

「また会いたい」と思ってしまう心も。


だから私は、

恋愛が怖いのに、

あなたを失うことはもっと怖くなってしまった。

玲司の部屋で「好き」と言われた夜から、美桜は少しおかしくなっていた。


世界の色が変わった気がした。


通勤途中に見る朝焼け。

コンビニのコーヒー。

仕事終わりの夜風。


何でもない日常が、少しだけ柔らかく見える。


でもその変化は、幸福だけを連れてきたわけじゃなかった。


同じくらい大きな“不安”も連れてきた。


好きになるほど、怖くなる。


玲司がいなくなる未来を想像してしまう。


それは、恋をするたびに美桜の中で繰り返される感情だった。


朝。


式場へ向かう電車の中で、美桜はぼんやり窓の外を見ていた。


スマホには玲司とのトーク履歴。


昨夜、帰宅してからも少しだけやり取りをした。


『ちゃんと寝てください』

『天音さんも』

『おやすみなさい』

『おやすみ』


その短い会話だけで、胸が苦しくなる。


好きだ。


もう誤魔化せないくらい。


でもその感情が大きくなるほど、恐怖も増していく。


「美桜さん」


職場へ着くなり、莉子が駆け寄ってきた。


「顔やばいです」


「何が」


「幸せそう」


美桜は思わず顔をしかめた。


「やめて」


「え〜絶対なんかありましたよね」


「別に」


「その“別に”はもう聞き飽きました」


莉子は机に頬杖をつきながらニヤニヤしている。


「でも本当に、最近雰囲気違います」


「そんな変わってないよ」


「変わってます。前よりちゃんと“人間”っぽい」


「ひどくない?」


「だって前の美桜さん、仕事しかしてなかったので」


それは否定できなかった。


恋愛より仕事。

誰かを好きになるより、期待される自分でいること。


そうやって生きてきた。


仕事は裏切らない。


頑張った分だけ結果になる。

必要とされる。

存在価値を感じられる。


でも恋愛は違う。


どれだけ好きでも終わる時は終わる。

努力しても、心は離れていく。


だから怖かった。


「で?」


莉子が目を輝かせる。


「付き合ったんですか?」


その言葉に、美桜の呼吸が止まりそうになる。


付き合う。


その響きが、妙に現実味を帯びて聞こえた。


「……まだ」


「でも好きなんですよね」


美桜は答えなかった。


答えなくても、顔に全部出ていたのだと思う。


莉子は少しだけ優しい顔になった。


「美桜さん」


「なに」


「怖くても、ちゃんと幸せになってくださいね」


その言葉に、美桜は一瞬返事ができなかった。


怖くても。


簡単に言うけれど、美桜にとって“幸せ”はずっと恐怖と隣り合わせだった。


好きになるほど、不安になる。


失う未来ばかり想像してしまう。


それでも今、美桜は玲司に会いたかった。


昼過ぎ。


仕事の合間にスマホを見る。


玲司からメッセージが来ていた。


『今日ちょっとバタバタしてます』


美桜はすぐ返信した。


『大丈夫ですか?』


既読がつくまでの数秒が、やけに長く感じる。


どうしてこんなことで不安になるんだろう。


少し返信が遅いだけで、

嫌われたんじゃないかと思ってしまう。


重い。


昔の恋人に言われた言葉が蘇る。


『なんか重かった』


あの言葉は、美桜の中にずっと残っている。


好きになればなるほど、不安になる。

不安になるほど、相手を確認したくなる。


でも確認すればするほど、“重い女”になる気がした。


だから、美桜は恋愛が怖い。


スマホが震える。


玲司から返信だった。


『大丈夫です。搬送多いだけなので』


その文章を見た瞬間、美桜は息を吐いた。


安心した。


それと同時に、自分がこんなにも玲司に感情を左右されていることが怖くなる。


『無理しないでください』


送る。


少しして。


『会いたいです』


そのメッセージが届いた瞬間、美桜の心臓が跳ねた。


会いたい。


たったそれだけの言葉なのに。


嬉しくて、苦しくて、泣きそうになる。


『私も』


指が震えながら返信する。


その日の夜。


玲司は夜勤明けにも関わらず、美桜に会いに来てくれた。


駅前の小さな公園。


冬の風が冷たい。


ベンチに座る玲司は、少し眠そうだった。


「大丈夫ですか?」


美桜が聞くと、玲司は笑う。


「天音さん見たら元気出ました」


その言葉だけで胸が熱くなる。


ずるい。


こんなふうに真っ直ぐ言われたら、もっと好きになってしまう。


「玲司さん」


「はい」


「ちゃんと寝てください」


「それ、最近毎回言われてる気がする」


「だって心配なので」


心配。


その言葉を口にした瞬間、美桜は少しだけ戸惑った。


誰かを心配することは、怖い。


だって、それは失いたくないということだから。


玲司は美桜を見ながら静かに言った。


「嬉しいです」


その目が優しくて、美桜は視線を逸らした。


好きだ。


会うたび、その気持ちが強くなる。


「寒いですね」


玲司が言う。


「ですね」


白い息が夜に溶けていく。


玲司は少し迷うようにしてから、そっと美桜の手に触れた。


その瞬間。


美桜の心臓が大きく鳴る。


温かい。


男の人の手なのに、不思議なくらい安心する。


「……嫌でした?」


玲司が小さく聞く。


美桜は首を振った。


「嫌じゃないです」


むしろ、離したくなかった。


その感情に気づいた瞬間、胸が苦しくなる。


こんなに誰かを求めてしまったら、

失った時どうなるんだろう。


「天音さん」


玲司が静かに言う。


「俺たち、付き合いますか」


その瞬間。


世界が止まった気がした。


付き合う。


その言葉が、胸の奥へ重く落ちていく。


嬉しい。


本当は、すごく嬉しい。


でも同時に、怖かった。


付き合うということは、

もっと近づくということだ。


もっと好きになる。

もっと失うのが怖くなる。


「……怖いです」


気づけば、そう口にしていた。


玲司は黙って聞いている。


「好きになるほど、不安になるんです」


声が震える。


「嫌われるんじゃないかとか、いなくなるんじゃないかとか、そういうことばっかり考えてしまって」


玲司は何も言わない。


否定しない。

笑わない。


ただ、ちゃんと聞いてくれている。


「昔、好きだった人に」


美桜は小さく続けた。


「“重かった”って言われたことがあって」


その瞬間、胸の奥の傷が少し疼いた。


「だから、好きになるの怖いんです」


玲司は静かに息を吐いた。


「……そっか」


その声が優しかった。


「でも」


玲司は美桜の手を少しだけ強く握る。


「俺は、重いって思わないですよ」


その言葉を聞いた瞬間、美桜の目が熱くなる。


「不安になるくらい好きって、ちゃんと大事にしたいってことじゃないですか」


涙がこぼれそうになる。


誰かにそんなふうに言われたのは初めてだった。


「俺も怖いです」


玲司は小さく笑う。


「天音さんが突然いなくなるんじゃないかとか、嫌われるんじゃないかとか、普通に考えます」


「玲司さんも?」


「当たり前です」


その瞬間、美桜は少し救われた気がした。


不安なのは自分だけじゃない。


強そうに見える玲司も、

ちゃんと怖がっている。


「でも」


玲司はまっすぐ美桜を見る。


「怖いからって、会わなくなる方が嫌だった」


その言葉が胸に刺さる。


恋愛は怖い。


でも。


玲司を失う方が、もっと怖かった。


会えなくなる未来。

もう名前を呼ばれなくなる未来。

「お疲れさま」と言われない夜。


そんな未来を想像するだけで苦しくなる。


「……私も」


美桜は小さく言った。


「玲司さんに会えなくなる方が、嫌です」


玲司が少し笑う。


その優しい目を見た瞬間、美桜は泣きそうになった。


「じゃあ」


玲司が静かに言う。


「ちゃんと付き合いましょう」


美桜はしばらく答えられなかった。


怖い。


でも嬉しい。


幸せなのに、不安で胸が苦しい。


それでも。


「……はい」


小さく頷く。


その瞬間、玲司が本当に嬉しそうに笑った。


その笑顔を見た瞬間、美桜は思ってしまった。


この人を失いたくない。


こんなにも。


帰り道。


玲司と手を繋いで歩く。


それだけなのに、世界が違って見えた。


コンビニの明かり。

駅前の雑踏。

冬の匂い。


全部が少しだけ優しく見える。


でも同時に、美桜の中には新しい恐怖が生まれていた。


付き合ったら終わりが近づく。


幸せになればなるほど、壊れた時の痛みも大きくなる。


それでも今は、

玲司の隣が温かかった。


「美桜」


不意に名前を呼ばれる。


付き合って初めて、下の名前で呼ばれた。


その瞬間、胸が締めつけられる。


嬉しい。


嬉しすぎて、苦しい。


「……はい」


玲司が少し笑う。


「顔真っ赤」


「うるさいです」


「かわいい」


そんなことを言われるだけで、心臓が壊れそうになる。


恋愛って、こんなに怖かっただろうか。


でも。


こんなにも幸せだっただろうか。


美桜は繋いだ手を少しだけ握り返した。


玲司も同じように握り返してくれる。


その温度を感じながら、美桜は静かに思った。


恋愛は怖い。


でも。


玲司を失うことは、

もっと怖かった。

第9ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、美桜が玲司への想いを止められなくなり、“恋愛が怖いのに、失う方がもっと怖い”と気づいていく回でした。


そしてついに、二人は恋人になります。


幸せなのに不安。

嬉しいのに怖い。


そんな“大人の恋愛”の苦しさと温かさが、ここからさらに深くなっていきます。


次のページでは、恋人になった二人の穏やかな日常と、その幸せの中で少しずつ膨らんでいく美桜の不安が描かれていきます。

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