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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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10/25

ねえ、どうしてそんなに優しいの

優しくされるたび、

心がほどけていく。


でも同時に、

怖くなる。


こんなふうに愛されてしまったら、

失った時、

私はちゃんと立っていられるのだろうか。

玲司と付き合い始めてから、一週間が過ぎた。


たった一週間。


それなのに、美桜の世界は驚くほど変わっていた。


朝起きて、一番最初に見るのが玲司からのメッセージになった。


『おはよう』

『今日寒いですね』

『ちゃんと朝ご飯食べてください』


そんな何気ない言葉だけで、一日が少し優しく始まる。


今まで、美桜は朝が嫌いだった。


眠りから覚める瞬間、現実が一気に押し寄せてくるから。


仕事。

疲労。

孤独。

誰もいない部屋。


それを思い出してしまうから、布団から出るのが億劫だった。


でも最近は違う。


スマホを見るだけで、少し笑ってしまう。


その変化が嬉しくて、

でも同時に怖かった。


こんなにも誰かに心を預けてしまっている。


もし玲司がいなくなったら。


そう考えるだけで、胸が苦しくなる。


「うわぁ……」


ロッカールームで莉子が呆れた声を出した。


「何」


「恋してる人って本当に顔変わるんですね」


「うるさい」


「いやでも本当に幸せそうです」


幸せ。


その言葉に、美桜は少しだけ黙る。


幸せだ。


玲司といる時間は、確かに幸せだった。


仕事終わりに電話する時間。

「お疲れさま」と言い合う夜。

何でもないメッセージ。


その全部が温かい。


でも美桜にとって、“幸せ”はいつも恐怖とセットだった。


幸せになるほど、壊れる未来が怖くなる。


だから今、美桜の胸の中には幸福と不安が同時に存在していた。


「で?」


莉子がにやにやしながら聞く。


「どこまで進みました?」


「何が」


「恋人らしいことです」


「聞かないで」


「え〜気になる」


美桜はため息をつきながら髪をまとめた。


玲司とは、まだ手を繋ぐくらいだった。


でも、その距離が心地よかった。


無理に踏み込まない。

急かさない。

ちゃんと美桜のペースを待ってくれる。


玲司は、そういう人だった。


「美桜さん」


莉子が少し真面目な顔になる。


「大事にしてくださいね」


「……うん」


「その人、美桜さんのことちゃんと見てくれてる感じするので」


その言葉に、美桜の胸が少し熱くなる。


ちゃんと見てくれる。


それが、どれほど救いになるか。


美桜は昔から、“平気そう”に見られてきた。


しっかりしてる。

強い。

一人でも生きていけそう。


でも本当は違う。


寂しい夜もある。

誰かに甘えたい日もある。

泣きたい時だってある。


でも、そういう弱さを見せるのが怖かった。


見せた瞬間、嫌われる気がして。


だから、美桜はずっと頑張り続けてきた。


玲司だけだった。


「無理してる時、わかる」


そう言ってくれたのは。


夜。


仕事を終えた美桜は、玲司の部屋へ向かっていた。


付き合い始めてから、自然と会う頻度が増えていた。


仕事終わりに少しだけ顔を見る。

一緒にご飯を食べる。

ソファで並んでテレビを見る。


それだけの時間なのに、不思議なくらい安心する。


インターホンを押す。


すぐ扉が開いた。


「お疲れさま」


玲司が眠そうな顔で笑う。


その瞬間、美桜の胸がふわっと温かくなる。


「お疲れさまです」


部屋へ入ると、カレーの匂いがした。


「え?」


美桜が驚くと、玲司は少し照れたみたいに笑った。


「たまにはちゃんとしたもの食べてもらおうと思って」


その言葉に、胸がきゅっとなる。


「……玲司さん料理するんですか」


「簡単なのだけ」


キッチンには鍋が置かれていた。


部屋着姿の玲司。

カレーの匂い。

温かい部屋。


その光景が、あまりにも“普通の幸せ”すぎて、美桜は少し泣きそうになる。


こんな時間を、自分が過ごしていいのだろうか。


「座ってください」


玲司が皿を並べる。


美桜はソファへ座りながら、その背中を見つめた。


好きだ。


静かに、でも確実に。


「どうぞ」


カレーは意外と美味しかった。


「普通にすごい」


「失礼ですね」


玲司が笑う。


その笑顔を見るだけで、胸がいっぱいになる。


「玲司さんって、なんでそんなに優しいんですか」


気づけばまた聞いていた。


玲司は少し困ったみたいに笑う。


「それ、前も聞かれました」


「だって、本当に優しいので」


玲司は少し黙った。


それから静かに言う。


「……天音さんが、ちゃんと笑えるようになってほしいだけです」


その瞬間、美桜の呼吸が止まりそうになる。


ちゃんと笑えるようになってほしい。


そんなふうに願われたこと、今までなかった。


「俺、最初会った時から思ってたんです」


玲司はスプーンを置いた。


「この人、ずっと頑張ってるなって」


美桜は言葉を失う。


「でも、頑張りすぎてる人って、ある日急に壊れるので」


玲司の声は静かだった。


でも、その静けさが逆に胸へ刺さる。


「だから、少しでも楽になってくれたらいいなって」


涙が出そうになる。


どうしてこの人は、こんなにも優しいんだろう。


「……ずるいです」


美桜は小さく呟いた。


「え?」


「そんなこと言われたら、もっと好きになる」


玲司が少し笑う。


「じゃあ、もっと言います」


「やめてください」


「天音さん、ちゃんとかわいいですよ」


「無理です」


「頑張りすぎなところも好きです」


胸が苦しい。


好きだと言われるたび、

心がほどけていく。


でも同時に、不安になる。


こんなふうに愛されたら、

失った時、立ち直れない。


食後。


二人はソファで並んでテレビを見ていた。


内容はほとんど頭に入ってこない。


玲司の肩が近い。

体温が近い。


その距離だけで、心臓がうるさい。


「眠いですか?」


玲司が聞く。


「少し」


「寝てもいいですよ」


「でも」


「ここ、ちゃんと暖かいので」


玲司はそう言ってブランケットをかけてくれた。


その自然な優しさに、また胸が苦しくなる。


「玲司さん」


「はい」


「私、ちゃんと恋愛できると思いますか」


その問いは、自分でも驚くくらい弱かった。


玲司は少し考える。


「できてるじゃないですか」


「でも、すぐ不安になるし」


「うん」


「重いって思われるの怖いし」


「うん」


玲司は否定しない。


全部、ちゃんと聞いてくれる。


「でも天音さん」


玲司が静かに言う。


「不安になるくらい好きって、悪いことじゃないですよ」


その言葉に、美桜の目が熱くなる。


「俺も不安になります」


「玲司さんも?」


「なりますよ」


玲司は少し笑った。


「天音さん、急に全部一人で抱え込みそうだから」


図星だった。


美桜は昔からそうだった。


辛くても平気なふりをする。

寂しくても笑う。

助けてと言えない。


だから玲司は時々、びっくりするくらい真っ直ぐ見抜いてくる。


「……なんでわかるんですか」


「似てるから」


玲司が小さく言った。


その言葉に、美桜は静かに息を呑む。


玲司もまた、一人で抱え込む人なのかもしれない。


強そうに見えて、

平気そうに見えて、

ちゃんと傷を持っている。


「ねえ、美桜」


突然、下の名前で呼ばれる。


その瞬間、胸が締めつけられる。


「……はい」


玲司は少しだけ真剣な顔をしていた。


「ちゃんと頼ってください」


その一言で、美桜の心は崩れそうになる。


頼る。


それが、美桜には一番難しかった。


誰かを頼れば、期待してしまう。

期待すれば、失った時に苦しい。


だからずっと、一人で立ってきた。


でも今、玲司はその手を取ろうとしてくれている。


「……練習します」


美桜が小さく言うと、玲司は笑った。


「じゃあ俺も」


「何を」


「天音さんに頼る練習」


その瞬間、美桜は少しだけ泣きそうになった。


対等でいたいと思ってくれている。


守るだけじゃなく、

ちゃんと隣に立とうとしてくれている。


その優しさが嬉しくて、

でも苦しい。


好きになるほど、不安になる。


幸せになるほど、怖くなる。


それでも。


玲司の隣にいたかった。


夜はゆっくり更けていく。


テレビの音。

温かい部屋。

隣にいる玲司。


その全部が、美桜にとって新しい世界だった。


こんなにも穏やかな時間があるなんて知らなかった。


「玲司さん」


「はい」


「……幸せです」


言った瞬間、自分で驚く。


でも玲司は笑った。


「俺も」


その答えを聞いた瞬間、美桜の胸はまた苦しくなる。


幸せだった。


でも。


幸せだと思えば思うほど、

“失いたくない”が大きくなる。


その恐怖を、美桜はまだうまく消せなかった。


玲司が隣で眠そうに目を細める。


「泊まっていきます?」


その言葉に、美桜の心臓が大きく跳ねた。


怖い。


でも、帰りたくない。


玲司の隣は温かかった。


温かすぎて、

失った時、自分が壊れてしまいそうなくらいに。

第10ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、恋人になった二人の穏やかな時間と、美桜の中で膨らんでいく“不安”を描きました。


優しくされるほど怖くなる。

幸せになるほど、失う未来が怖くなる。


それでも玲司の隣は、美桜にとって初めて“帰りたい場所”になり始めています。


次のページでは、「結婚」という未来の話が二人の前に現れ、美桜の心がさらに大きく揺れていきます。

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