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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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11/25

結婚の話が怖かった

「いつか一緒に暮らしたいね」


そんな何気ない未来の話だけで、

胸が苦しくなる。


好きなのに。

ずっと一緒にいたいのに。


“幸せになった先”を想像すると、

どうしてこんなに怖くなるんだろう。

玲司と付き合い始めてから、一ヶ月が過ぎようとしていた。


最初はぎこちなかった距離も、少しずつ自然になっていく。


「おはよう」の連絡。

仕事終わりの電話。

休日に一緒にスーパーへ行くこと。

コンビニで新作のお菓子を見つけると、「玲司さんこれ好きそう」と思うこと。


そういう些細な日常が、いつの間にか当たり前になり始めていた。


玲司の部屋へ行く頻度も増えた。


最初は“少しだけ”だったのに、

気づけば週の半分近くを玲司の部屋で過ごしている。


歯ブラシが一本置かれた。

ヘアゴムが洗面所に増えた。

冷蔵庫にヨーグルトが常備されるようになった。


小さな変化。


でもその全部が、美桜の胸を静かに揺らしていた。


幸せだった。


誰かの帰りを待つこと。

「おかえり」と言われること。

疲れた日に隣で眠れること。


そんな普通のことが、こんなにも温かいなんて知らなかった。


でも同時に。


美桜の中では、不安も大きくなっていた。


幸せになるほど、

失う未来が怖くなる。


その感覚は、日に日に強くなっていった。


「美桜さん」


昼休憩中、莉子がコンビニのプリンを食べながら言った。


「最近ずっと幸せそうですね」


「そんなことないよ」


「あります。顔が違う」


またそれだ。


最近、本当に色んな人に言われる。


柔らかくなった。

雰囲気が変わった。

笑うことが増えた。


自分ではよくわからない。


でも、玲司と出会ってから、心の中に少しだけ余白ができた気はしていた。


「で?」


莉子が身を乗り出す。


「同棲とかするんですか?」


その瞬間。


美桜の呼吸が止まった。


同棲。


その言葉が妙に現実味を帯びて聞こえる。


「……してない」


「でもほぼしてるようなもんじゃないですか」


否定できなかった。


玲司の部屋にいる時間の方が、最近は長いくらいだ。


「結婚とか考えます?」


莉子が悪気なく聞く。


その言葉に、美桜の胸がぎゅっと縮む。


結婚。


未来。


一緒に暮らす。


家族。


その単語たちは、美桜にとって今でも少し怖い。


「……まだわかんない」


「でも好きなんですよね?」


好きだ。


すごく。


苦しいくらい。


でも、だから怖い。


「美桜さんって、“幸せになった後”を怖がってる感じします」


莉子のその言葉が、胸に刺さった。


幸せになった後。


確かにそうだった。


付き合う前は、“好きになること”が怖かった。


でも今は違う。


玲司といる時間は幸せだ。


だからこそ、その幸せが壊れる未来ばかり想像してしまう。


父もそうだった。


最初は幸せだったはずなのだ。


家族三人で笑って、

ご飯を食べて、

出かけて。


でも、終わった。


陽斗ともそうだった。


「一生好き」と言いながら、

最後には別の誰かを選んだ。


だから美桜は知っている。


幸せは終わる。


愛は変わる。


未来は壊れる。


その恐怖が、今も心の奥に根を張っていた。


夜。


玲司の部屋。


キッチンでは鍋が煮えている。


「今日はちゃんと野菜入れてます」


玲司が得意げに言う。


「偉いですね」


「天音さんに怒られるので」


そのやり取りだけで、美桜は少し笑ってしまう。


最近、玲司の部屋にいる時間が好きだった。


静かな空気。

洗剤の匂い。

テレビの音。

玲司が隣にいる安心感。


全部が、ずっと欲しかったものに似ている。


「美桜」


名前を呼ばれる。


最近、玲司はよく下の名前で呼ぶようになった。


そのたびに胸が苦しくなる。


嬉しくて、

でも怖い。


「はい」


「来週、休み合うんですけど」


玲司が鍋を混ぜながら言う。


「どっか行きます?」


「行きたいです」


自然にそう答えられることが嬉しかった。


以前の美桜なら、“迷惑じゃないかな”とか、“重くないかな”とか、色々考えてしまっていた。


でも玲司は、ちゃんと「会いたい」と言ってくれる。


その真っ直ぐさに救われている。


「どこ行きたいですか」


「玲司さんは?」


「俺、温泉とか好きです」


「似合う」


「どういう意味ですか」


玲司が笑う。


その笑顔を見るだけで、胸が温かくなる。


でも同時に、不安も広がる。


こんな時間が続けばいい。


そう思った瞬間、怖くなる。


もし突然終わったら。


その未来を考えてしまう。


食事を終え、二人でソファに座る。


テレビでは恋愛ドラマが流れていた。


主人公の女性が、恋人からプロポーズされて泣いている。


「結婚してください」


その言葉が聞こえた瞬間、美桜の体が強張った。


玲司は気づかなかったみたいで、普通にテレビを見ている。


でも美桜の心臓は急に速くなっていた。


結婚。


その言葉は、今でも怖い。


「……玲司さん」


「はい?」


「結婚って、したいですか」


気づけば聞いていた。


玲司は少し驚いた顔をした。


「急ですね」


「ごめんなさい」


「いや」


玲司は少し考える。


「昔は、あんまり考えてなかったです」


「今は?」


玲司は静かに美桜を見る。


「今は、帰る場所がほしいなって思います」


その言葉に、美桜の胸が揺れる。


帰る場所。


玲司にとって、自分はそういう存在になれるのだろうか。


「美桜は?」


玲司が聞き返す。


その瞬間。


美桜の胸に、不安が一気に押し寄せた。


結婚。


家族。


未来。


幸せ。


その全部が怖い。


「……わかんないです」


玲司は何も言わない。


責めない。

急かさない。


ただ静かに待ってくれている。


「怖いんです」


気づけば、本音がこぼれていた。


「結婚したら、ずっと一緒にいるじゃないですか」


「うん」


「でも、人って変わるから」


声が震える。


「最初は好きでも、いつか嫌いになるかもしれないし、他の人好きになるかもしれないし」


玲司は黙って聞いている。


その優しさが逆に苦しい。


「父も、そうだったので」


美桜は小さく言った。


玲司の目が少し揺れる。


「最初はちゃんと家族だったんです。でも急にいなくなって」


あの日の記憶が蘇る。


母の泣き顔。

静かな食卓。

帰ってこない父。


「だから、幸せになった後の方が怖いんです」


その言葉を言った瞬間、美桜の目から涙がこぼれた。


玲司は驚いた顔をした。


でもすぐ、優しくティッシュを差し出してくれる。


「ごめんなさい」


「謝らないでください」


玲司の声は静かだった。


「怖いですよね」


その一言だけで、美桜は泣きそうになる。


否定されない。


“そんなことない”と簡単に言われない。


ちゃんと怖さをわかろうとしてくれる。


それが嬉しかった。


「俺も怖いです」


玲司が小さく言う。


「救命やってると、当たり前だった日常が一瞬でなくなるの、いっぱい見るので」


その声は少し疲れていた。


「だから逆に、“ずっと”って簡単に言えないんですよね」


美桜は静かに玲司を見る。


この人もまた、“失う怖さ”を知っている。


だからこんなに優しいのかもしれない。


「でも」


玲司は少し笑った。


「だからこそ、一緒にいたいって思う人は大事にしたいです」


その言葉が、胸に深く落ちる。


「明日がある保証って、本当はどこにもないので」


美桜は何も言えなかった。


玲司の言葉は、いつも現実的だ。


でも、その現実の中でちゃんと人を愛そうとしている。


「美桜」


玲司がそっと手を握る。


「今すぐ結婚とかじゃなくていいです」


その温度が温かい。


「怖いなら、ゆっくりでいいので」


涙がまたこぼれそうになる。


どうしてこんなに優しいんだろう。


「……ねえ」


美桜は震える声で言った。


「どうしてそんなに優しいんですか」


玲司は少し困ったみたいに笑う。


「好きだからですよ」


その言葉を聞いた瞬間、胸が苦しくなる。


好きだと言われるたび、

心がほどける。


でも同時に、

“失いたくない”が大きくなる。


それが怖い。


怖いのに。


玲司と一緒にいたかった。


夜が更けていく。


玲司の肩に寄りかかりながら、美桜は静かに目を閉じた。


温かい。


安心する。


こんな場所を、自分が持ってしまっていいのだろうか。


幸せになりたい。


でも。


幸せになった先で壊れるのが、

まだ怖かった。

第11ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、“結婚”という未来の話が二人の前に現れ、美桜の中にある「幸せになった後の怖さ」が強く描かれました。


好きだから一緒にいたい。

でも、一緒にいる未来を想像すると怖くなる。


そんな美桜の不安を、玲司は否定せず、静かに受け止めています。


次のページでは、美桜が母との過去や“家庭”への恐怖と向き合いながら、「幸せになりたいだけなのに」という感情をさらに深く抱えていくことになります。

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