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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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7/25

“一生”って、そんなに軽い言葉?

「ずっと一緒にいよう」


その言葉を、

私は昔、本気で信じていた。


でも、“一生”は思っていたより脆くて、

人の心は思っていたより簡単に変わってしまう。


だから今でも、

幸せを信じるのが怖い。

「美桜さん、最近よく笑いますね」


朝のミーティングが終わったあと、莉子がぽつりと言った。


式場スタッフたちがそれぞれ持ち場へ散っていく中、美桜は手元の資料を整理しながら顔を上げる。


「そう?」


「はい。なんか前より柔らかいです」


またその言葉だった。


柔らかい。


自分ではまったく自覚がない。


けれど最近、確かに心の中に少しだけ余裕が生まれている気がしていた。


玲司と出会ってからだ。


朝起きる理由が少し変わった。

仕事終わりの時間が楽しみになった。

スマホが鳴るだけで心が反応する。


そんな小さな変化が、少しずつ美桜の日常を染め始めている。


「で?」


莉子が机に肘をつきながら覗き込む。


「次いつ会うんですか?」


「まだ決まってない」


「え〜、もったいない」


「仕事忙しいし」


「好きな人とは会える時に会った方がいいですよ」


その言葉に、美桜の指が止まる。


好きな人。


玲司の顔が浮かぶ。


優しい声。

少し眠そうな目。

静かな笑い方。


好きだ。


認めるたび、不安も大きくなる。


「美桜さんって、幸せになるの怖がってますよね」


莉子が何気なく言った。


美桜は少しだけ視線を落とす。


「……そうかも」


「なんでですか?」


その問いに、美桜はすぐ答えられなかった。


理由はわかっている。


でも、それを口にするのは簡単じゃない。


「昔、信じてたものが急になくなると」


美桜は小さく言った。


「次から信じるの怖くなるから」


莉子は少し黙った。


「……なんかあったんですか」


美桜は曖昧に笑った。


「まあ、色々」


それ以上は話さなかった。


でも、その“色々”は今でも美桜の中に残っている。


高校三年生の冬だった。


初めて、本気で好きになった人がいた。


名前は陽斗。


同じクラスで、サッカー部だった。


明るくて、人気者で、でも美桜には不思議なくらい優しかった。


放課後、一緒に帰った。

テスト前は図書室で勉強した。

コンビニで肉まんを半分こした。


何気ない日々だった。


でも美桜にとっては、その全部が特別だった。


「美桜ってさ、なんか放っとけない」


ある日、陽斗が笑いながら言った。


「すぐ一人で抱え込むし」


その時、美桜は驚いた。


誰かに“気づかれた”気がしたから。


美桜は昔から、“大丈夫なふり”が上手かった。


父がいなくなってから、母を困らせないように生きてきた。


泣かない。

わがままを言わない。

迷惑をかけない。


そうしているうちに、“本音を隠す”ことが当たり前になった。


でも陽斗だけは、時々その奥を見抜くようなことを言った。


「無理して笑ってる時、わかるよ」


その言葉を聞いた瞬間、美桜は泣きそうになった。


誰かに気づいてほしかった。


ずっと。


だから陽斗の存在は、美桜にとって特別だった。


初めて、「この人となら幸せになれるかもしれない」と思った。


卒業式の日。


校舎裏で、陽斗は照れながら言った。


「東京行っても、ちゃんと会いに来るから」


美桜は泣きながら頷いた。


「絶対離れない」


陽斗はそう言った。


「一生、好きだから」


その言葉を、美桜は本気で信じた。


でも、“一生”は思っていたより短かった。


大学に入って半年後。


陽斗からの連絡は少しずつ減っていった。


最初は忙しいだけだと思った。

新しい環境に慣れていないのだと思った。


でも違った。


陽斗には、別の女の子ができていた。


共通の友人から聞いた。


知らない女の子と腕を組んで歩いていたらしい。


美桜は信じられなかった。


何かの間違いだと思った。


だから電話をした。


何度も。


やっと繋がった夜。


陽斗は静かに言った。


「……ごめん」


その一言で、美桜は全部わかってしまった。


「なんで」


声が震える。


「一生って言ったじゃん」


電話の向こうで、陽斗は長く黙った。


それから、小さく言った。


「その時は、本気だった」


その瞬間。


美桜の中で何かが壊れた。


本気だった。


つまり今は違うということだ。


“永遠”だと思っていたものが、

こんなにも簡単に終わる。


愛してると言った人が、

別の誰かを選ぶ。


その事実が、美桜には耐えられなかった。


電話を切ったあと、声を殺して泣いた。


でも一番苦しかったのは、怒りじゃなかった。


“信じてしまった自分”が恥ずかしかった。


期待したから苦しい。

未来を信じたから壊れた。


だったら最初から、信じなければよかった。


それ以来、美桜は恋愛に深く踏み込めなくなった。


好きになりそうになると距離を取る。

期待しそうになると冷静になる。


そうやって、自分を守ってきた。


なのに。


玲司には、それがうまくできない。


仕事を終えた夜。


美桜は帰宅してソファへ座り、ぼんやりスマホを見ていた。


玲司とのトーク画面。


今日も短いやり取りをした。


『夜勤です』

『無理しないでください』

『天音さんも』


たったそれだけ。


なのに、こんなにも嬉しい。


好きになっている。


その事実を認めるたび、不安も大きくなる。


もしまた終わったら。


もし玲司も、突然いなくなったら。


その恐怖が胸を締めつける。


スマホが震えた。


玲司からだった。


『今電話できます?』


美桜の心臓が跳ねる。


数秒迷ってから、『はい』と返した。


すぐ着信が鳴る。


耳に当てる。


「もしもし」


玲司の声が聞こえた瞬間、胸の奥が熱くなった。


『こんばんは』


「こんばんは」


『起きてました?』


「はい」


少し笑いながら答える。


電話越しの玲司の声は、文字よりずっと近かった。


『なんか、声聞きたくなって』


その言葉に、美桜の呼吸が止まりそうになる。


そんなこと、簡単に言わないでほしい。


期待してしまうから。


「……どうしたんですか急に」


『いや、夜勤前ってちょっと眠れなくて』


「緊張するんですか?」


『まあ、何年やっても慣れないですね』


玲司は少し笑った。


『今日も誰か死ぬかもしれないし』


その言葉の重さに、美桜は黙る。


玲司はいつも穏やかだけれど、

きっと普通の人よりずっと多く、“失う瞬間”を見てきたのだろう。


「怖くないですか」


美桜が聞くと、玲司は少し黙った。


『怖いですよ』


静かな声だった。


『助けられない時もあるし』


その声を聞いた瞬間、美桜の胸が締めつけられる。


この人は、いつも誰かの命のそばにいる。


だからこそ、人の温度を大事にしているのかもしれない。


『でも』


玲司が続ける。


『だから、会いたい人には会っとこうって思うんです』


その言葉に、美桜は息を呑んだ。


「……どうして」


『明日会える保証ってないので』


美桜は何も言えなかった。


玲司の言葉はいつも現実的だ。


でも、その現実が少し怖い。


『天音さん?』


「……はい」


『今度、休み合ったらどっか行きません?』


その誘いが嬉しくて、

でも怖かった。


期待したくない。


でも、もっと一緒にいたい。


「……行きたいです」


気づけばそう答えていた。


玲司が少し笑う。


『よかった』


たったそれだけの言葉で、胸がいっぱいになる。


電話を切ったあと、美桜はしばらく動けなかった。


静かな部屋。


外を走る車の音。


スマホだけが、まだ少し熱を持っている。


好きだ。


もう、認めるしかないくらい。


玲司の声を聞くだけで嬉しい。

名前を呼ばれるだけで心臓が苦しい。


でも同時に、不安もどんどん大きくなる。


“もし終わったら”。


その恐怖が、ずっと心の奥にいる。


美桜はソファに座ったまま、膝を抱えた。


どうして恋って、こんなに怖いんだろう。


幸せになりたいだけなのに。


ただ、一緒に笑いたいだけなのに。


それなのに、

好きになるほど、不安になる。


その夜、美桜はなかなか眠れなかった。


目を閉じると、玲司の声が浮かぶ。


『会いたい人には会っとこうって思う』


その言葉が、胸の奥で何度も響いていた。


一生。


永遠。


そんな言葉はもう信じられない。


でも。


“今この瞬間、一緒にいたい”と思う気持ちだけは、

本物なのかもしれない。


美桜は薄暗い天井を見つめながら、小さく息を吐いた。


恋をすると、人は弱くなる。


誰か一人で、こんなにも感情が揺れる。


怖い。


でも。


それでも玲司に会いたいと思ってしまう自分を、

もう止められなかった。

第7ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、美桜が“永遠を信じられなくなった過去”と、玲司への想いが深くなっていく不安を描きました。


「一生」という言葉を信じて傷ついた過去。

だからこそ、玲司に惹かれるほど怖くなっていく――。


次のページでは、初めて玲司の部屋を訪れ、“誰かの隣にいる温かさ”を美桜が少しずつ知っていきます。

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