“家族になろう”って、あなたは泣きながら言った
ずっと、
家族は壊れるものだと思っていた。
だから私は、
誰かと“未来”を作ることから逃げてきた。
でもあなたは、
そんな私の手を離さなかった。
怖くてもいい。
泣いてもいい。
それでも一緒に生きよう、と言ってくれた。
二月に入った。
空気はまだ冷たい。
でも、美桜の心は以前より少し温かかった。
玲司と過ごす毎日が、少しずつ“当たり前”になってきている。
仕事終わりに「今帰ります」と連絡すること。
スーパーで「牛乳ある?」と聞かれること。
夜勤明けの玲司が、眠そうに「おかえり」と言うこと。
その全部が、美桜にとって愛しい日常だった。
「美桜さん、最近ほんと雰囲気変わりましたね」
控室で莉子が笑う。
「そんな変わった?」
「変わりました」
莉子は即答した。
「前より、ちゃんと幸せそう」
その言葉に、美桜は少しだけ黙る。
幸せ。
以前なら、その言葉を自分へ向けられるのが怖かった。
でも今は。
まだ少し戸惑いながらも、“そうかもしれない”と思える。
「……玲司さんのおかげかな」
小さく呟く。
莉子が優しく笑った。
「いい恋してる顔です」
その言葉に、美桜は少し照れながら笑った。
玲司と出会ってから、美桜は本当に変わった。
寂しいと言えるようになった。
会いたいと言えるようになった。
怖いと伝えられるようになった。
そして何より。
“幸せになりたい”と思えるようになった。
仕事終わり。
外へ出ると、玲司からメッセージが来ていた。
『今日早く帰れそうです』
その文字を見るだけで、胸が温かくなる。
『ほんと?』
『はい。ご飯作ります』
美桜は思わず笑ってしまう。
最近、玲司は料理を頑張っている。
「同棲したら役割分担必要なので」と真面目に言っていた。
その未来の話が、今はもう自然だった。
玲司の部屋へ向かう。
玄関を開ける。
「ただいま」
キッチンから玲司が顔を出す。
「おかえり」
その瞬間。
美桜の胸がぎゅっとなる。
帰る場所。
それを、自分はちゃんと手に入れ始めている。
「今日カレーです」
玲司が少し得意げに言う。
「すごい匂いいい」
「今回はちゃんと成功しました」
以前、焦がしたことを思い出して美桜は笑った。
「成長してる」
「失礼」
そんな会話が楽しい。
二人でご飯を食べながら、新しい部屋の話をする。
「ソファどうします?」
「今の持っていきます?」
「玲司さん絶対寝落ちするから大きいやつがいい」
「もうしてます」
玲司が苦笑する。
その顔を見ているだけで、美桜は幸せだった。
食後。
玲司が食器を洗っている間、美桜はぼんやり窓の外を見ていた。
雪は降っていない。
静かな夜。
こういう普通の夜が、
今は何より愛しい。
「美桜」
玲司が呼ぶ。
「はい?」
「ちょっといいですか」
玲司の声が少し真面目だった。
美桜の胸がざわつく。
「どうしたんですか」
玲司は少しだけ迷うように黙った。
それから静かに、美桜の隣へ座る。
「……俺」
玲司は視線を落としたまま言った。
「昔、結婚とか向いてないと思ってたんです」
その言葉に、美桜は少し驚く。
玲司は穏やかで、ちゃんとした人だ。
だからきっと、普通に家庭を作る未来を考えている人だと思っていた。
「なんで?」
玲司は少し笑った。
「仕事ですかね」
静かな声。
「いつ呼ばれるかわからないし、ちゃんと家にいられない日も多いし」
その言葉に、美桜は胸が少し痛くなる。
玲司はいつも、“人を助ける側”だった。
だから、自分の幸せを後回しにしてきたのかもしれない。
「あと」
玲司は少しだけ苦しそうに笑う。
「助けられなかった命とか見るたび、“普通の幸せ”って自分には遠い気がして」
美桜は何も言えなかった。
玲司もまた、“幸せになること”にどこか罪悪感を抱えていたのだ。
「でも」
玲司が美桜を見る。
その目が真っ直ぐだった。
「美桜と会って、変わりました」
胸が熱くなる。
「帰りたいって思うようになったんです」
玲司の声が少し震えていた。
「疲れた時、“美桜に会いたい”って思うし」
その言葉一つ一つが、美桜の胸へ落ちていく。
「一人で生きるより、一緒に生きたいって思うようになった」
涙が出そうになる。
玲司は少し笑った。
「だから俺、ちゃんと家族になりたいです」
その瞬間。
美桜の中で何かが揺れた。
家族。
怖かった言葉。
壊れるもの。
失うもの。
一人になるもの。
そう思っていた。
でも今は違う。
玲司となら。
この人となら。
“帰る場所”を作れるかもしれない。
「……怖いです」
美桜は正直に言った。
玲司が静かに頷く。
「うん」
「幸せになるの、まだ時々怖い」
声が震える。
「急に全部なくなるんじゃないかって思っちゃう」
玲司はそっと美桜の手を握った。
温かい。
「俺も怖いです」
玲司が小さく言う。
「大事な人できると、失うの怖いので」
その声が優しかった。
「でも」
玲司は少しだけ強く手を握る。
「怖いから離れるんじゃなくて、怖くても一緒にいたいです」
その瞬間。
美桜の目から涙がこぼれた。
止まらない。
「……美桜」
玲司が少し困ったように笑う。
「また泣いてる」
「だって……」
声にならない。
嬉しかった。
怖いくらい。
「私、ずっと」
美桜は涙を拭いながら言った。
「“家族”って苦しいものだと思ってた」
父がいなくなった日。
静かな食卓。
疲れた母の背中。
あの日から、美桜の中で“家族”は壊れるものだった。
「でも玲司さんといると」
涙が止まらない。
「帰りたいって思う」
その瞬間。
玲司の目も少し潤んだ。
「……やばい」
玲司が小さく笑う。
「普通に泣きそう」
その顔が愛しくて、美桜はさらに涙が出る。
玲司はゆっくり美桜を抱きしめた。
温かい。
安心する。
「……美桜」
耳元で玲司が小さく言う。
「家族になろう」
その瞬間。
美桜の中で、何かが静かに崩れた。
怖かったもの。
信じられなかったもの。
欲しくても諦めていたもの。
全部。
玲司の言葉が、
少しずつ溶かしていく。
「……うん」
泣きながら頷く。
玲司の腕が少し震えている。
「ちゃんと、一緒に生きていこう」
その声も少し泣きそうだった。
美桜は目を閉じる。
もう一人じゃない。
帰る場所がある。
名前を呼んでくれる人がいる。
“おかえり”と言ってくれる人がいる。
その事実だけで、胸がいっぱいになる。
「玲司さん」
「はい」
「私、頑張ります」
玲司が少し笑う。
「何を」
「幸せになること」
その瞬間。
玲司は本当に泣きそうな顔で笑った。
「一緒に頑張りましょう」
その夜。
二人は長い時間、抱きしめ合っていた。
言葉がなくても温かかった。
怖い。
今でも。
でも。
もう逃げたくなかった。
玲司となら。
この人となら。
ちゃんと、
幸せになってみたいと思った。
第24ページを読んでくださりありがとうございました。
今回は、玲司が「家族になろう」と伝え、美桜が初めて“幸せを受け入れる覚悟”を決める回でした。
怖い。
でも、一緒にいたい。
その気持ちが、二人を本当の意味で“家族”へ近づけています。
次はいよいよ最終ページ。
二人が選んだ未来と、“幸せになりたいだけだった”その想いの答えが描かれます。




