表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/25

救えなかった命を、今でも夢に見る

人を救う仕事をしているのに、

全部を救えるわけじゃない。


そんな当たり前を、

あなたは毎日背負って生きていた。


だからその優しさは、

きっと、

痛みを知っている人の優しさだった。

玲司の寝顔を見るのが、美桜は好きだった。


仕事中の玲司はいつも冷静だ。


感情を表に出しすぎない。

穏やかで、

どこか落ち着いていて、

人を安心させる空気を持っている。


でも眠っている時だけは、少し無防備になる。


その姿を見るたび、美桜は胸が温かくなった。


「……玲司さん」


ソファで眠る玲司の髪を撫でながら、小さく呼ぶ。


返事はない。


疲れているのだろう。


最近、本当に忙しそうだった。


夜勤明けなのに出動が続く日もある。

仮眠も取れないまま朝を迎える日もある。


それでも玲司は、あまり弱音を吐かなかった。


「大丈夫です」

「慣れてるので」


そう言って笑う。


でも美桜にはわかる。


時々、玲司はものすごく疲れた顔をする。


体じゃない。


もっと奥。


心が削れているみたいな顔を。


その日もそうだった。


玲司は夕方まで眠り、起きた時には外が暗くなっていた。


「……何時ですか」


寝ぼけた声。


「七時過ぎ」


「うわ、寝すぎた」


玲司が髪をぐしゃっとかき上げる。


美桜は少し笑った。


「疲れてたんですよ」


玲司は「そうかも」と苦笑する。


その笑顔が少し弱く見えて、美桜の胸がざわついた。


「ご飯食べます?」


「食べます」


キッチンへ向かう玲司を見ながら、美桜はふと思う。


この人はいつも、“誰かを助ける側”なのだ。


だからきっと、

自分が弱ることに慣れていない。


ご飯を食べながら、二人でニュースを見ていた。


交通事故の速報。


搬送。

重体。

救助活動。


玲司の箸が少し止まる。


ほんの一瞬。


でも美桜は気づいた。


「……大丈夫ですか」


玲司は少し間を置いて、「うん」と笑った。


でもその笑顔が、少し無理をしているように見える。


「玲司さん」


美桜は小さく言った。


「最近、なんか無理してません?」


玲司は少し驚いた顔をした。


「そんなことないですよ」


「あります」


美桜は静かに続ける。


「疲れてる時の顔、前より増えた」


玲司はしばらく黙っていた。


そして、小さく息を吐く。


「……やっぱり、美桜にはバレますね」


その声が少しだけ弱かった。


美桜の胸が締めつけられる。


「何かあったんですか」


玲司はすぐには答えなかった。


沈黙。


テレビの音だけが流れている。


やがて玲司は、静かに口を開いた。


「この前、小さい子の搬送があったんです」


その瞬間、美桜の胸がざわつく。


玲司は視線を落としたまま続けた。


「五歳くらいの男の子でした」


声が静かすぎて、逆に苦しかった。


「事故で」


美桜は何も言えなかった。


玲司の表情が、少しずつ暗くなっていく。


「助けられなかった」


その言葉が落ちた瞬間。


部屋の空気が変わった気がした。


玲司はずっと、その記憶を抱えていたのだ。


「……俺、結構平気なタイプだと思ってたんです」


玲司は苦笑する。


「もちろんしんどいことはいっぱいあるけど、仕事だからって割り切れてた」


でも、と続ける。


「今回、ちょっと駄目でした」


その声が少し震えていた。


美桜の胸が苦しくなる。


「搬送中、その子ずっとお母さん呼んでて」


玲司は静かに目を閉じた。


「でも、途中で声しなくなって」


美桜は息を止める。


玲司の横顔が苦しそうだった。


「……今でも夢に出るんです」


その瞬間、美桜は胸が締めつけられた。


玲司は今まで、自分の痛みをほとんど話さなかった。


強く見えた。

大丈夫そうに見えた。


でも違った。


ちゃんと傷ついていた。


ちゃんと苦しんでいた。


「玲司さん」


美桜はそっと名前を呼ぶ。


玲司は少し笑おうとした。


「すみません。重い話」


「そんなこと言わないで」


美桜はすぐに言った。


その言葉に、玲司が少し驚いた顔をする。


美桜はゆっくり玲司の手を握った。


温かい。


でも少しだけ震えている。


「……玲司さん、ずっと一人で抱えてたんですか」


玲司は小さく頷く。


「職場でも、みんな普通にしてるので」


「でも苦しいですよね」


玲司は少しだけ笑った。


「苦しいです」


その“苦しい”を、玲司は今までどれだけ飲み込んできたのだろう。


人を助ける仕事。


でも全部を救えるわけじゃない。


きっと玲司は、その現実を何度も見てきた。


それでも翌日にはまた出動する。


また誰かを助けに行く。


その強さが、美桜には痛いくらい優しかった。


「……俺」


玲司がぽつりと言う。


「時々わからなくなるんです」


美桜は静かに玲司を見る。


「助けられなかった命を見た後に、“次頑張ろう”って思うの、正しいのかなって」


その言葉に、美桜の胸が痛くなる。


玲司はきっと、自分を責めている。


救えなかった命を。


助けられなかった瞬間を。


「玲司さん」


美桜は静かに言った。


「その子を助けたかったって、今でも苦しいって思ってる時点で、玲司さんはちゃんと向き合ってると思います」


玲司は少し目を見開く。


美桜は続けた。


「何も感じなくなる方が怖い」


声が震える。


「玲司さんは、ちゃんと痛がれる人だから優しいんだと思う」


その瞬間。


玲司の目が少し潤んだ気がした。


「……ずるいですね」


玲司が小さく笑う。


「え?」


「美桜、時々欲しい言葉くれるので」


その声が少し掠れている。


美桜の胸がぎゅっとなる。


「俺、救命やってるくせに」


玲司は視線を落とした。


「本当は、救えなかった命ばっか覚えてるんです」


その言葉が痛かった。


助かった人より、

救えなかった人の記憶が残る。


それほど、玲司は真面目に命と向き合っているのだ。


美桜は静かに玲司を抱きしめた。


玲司が少し驚く。


「美桜?」


「今日は、私がぎゅってしたいです」


その瞬間。


玲司は少しだけ力を抜いた。


「……ありがとう」


その声が、ひどく疲れていた。


美桜は初めて知った。


玲司は“強い人”なんじゃない。


傷つきながら、それでも立ち続けている人なのだ。


だから優しい。


だから、人の痛みに気づく。


「……ねえ、美桜」


玲司が小さく呼ぶ。


「はい」


「俺、時々怖くなるんです」


「何が?」


玲司は少しだけ迷うように黙った。


「いつか、人の死に慣れてしまうんじゃないかって」


その言葉に、美桜の胸が締めつけられる。


玲司はきっと、何度も何度も“命の終わり”を見てきた。


その中で、自分の感情が壊れてしまうことを恐れている。


「……慣れないですよ」


美桜は小さく言った。


玲司が顔を上げる。


「玲司さん、毎回ちゃんと苦しんでるじゃないですか」


その声は震えていた。


「苦しいって思える限り、大丈夫だと思う」


玲司はしばらく何も言わなかった。


やがて、小さく笑う。


「……美桜って、時々俺より大人ですよね」


「そんなことないです」


「あります」


玲司は美桜の肩へ額を預けた。


その重みが愛しい。


守りたいと思った。


今まで美桜は、“守られたい”ばかりだった。


でも今は違う。


玲司の痛みを、少しでも軽くしたい。


帰ってこられる場所でいたい。


「玲司さん」


「はい」


「帰ってきたら、ちゃんと“おかえり”って言います」


玲司が少し笑う。


「うん」


「だから、ちゃんと帰ってきてください」


その言葉に、玲司は静かに頷いた。


夜は深くなっていく。


窓の外では雪が降っていた。


白く静かな夜。


玲司は美桜の肩へ寄りかかったまま、小さく呟く。


「……美桜いてくれてよかった」


その瞬間。


美桜は胸がいっぱいになった。


好きだ。


こんなにも。


この人が苦しい時、

隣にいたい。


この人が帰ってこられる場所になりたい。


それはもう、

ただの恋じゃなかった。

第18ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、玲司が抱えている“救えなかった命”の記憶と、その痛みを初めて美桜へ見せる回でした。


強く見える玲司も、本当は深く傷つきながら毎日命と向き合っています。


そして美桜は、そんな玲司を“支えたい”“帰る場所でいたい”と思い始めています。


次のページでは、二人の未来に関わる大きな決断と、“家族になること”への想いが描かれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ