“一緒に生きたい”って、初めて思った
恋をするだけなら、
きっともっと簡単だった。
でもあなたと出会ってしまったから、
私は初めて願ってしまった。
“好き”だけじゃなく、
“この先も隣にいたい”と。
玲司の事故から、一週間が過ぎていた。
幸い怪我は軽かった。
腕の打撲と、額の傷。
「大げさなんですよ、美桜は」
玲司は笑うけれど、美桜はまだ笑えなかった。
あの日。
病院からの電話を受けた瞬間の恐怖が、今でも体の奥に残っている。
“帰ってこないかもしれない”。
その感覚を、一度知ってしまった。
だから最近、美桜は少しおかしくなっていた。
玲司が出勤すると不安になる。
返信が遅いだけで胸がざわつく。
「また事故が起きたら」と考えてしまう。
好きになるほど、不安になる。
でも今は、それだけじゃない。
失いたくない。
その気持ちが、以前よりずっと強くなっていた。
「美桜さん、最近さらに彼氏さん中心ですね」
昼休憩中、莉子が呆れたように笑った。
「そんなことないよ」
「あります。スマホ見る回数やばいです」
図星だった。
美桜は苦笑しながらコーヒーを飲む。
「心配なんです」
小さく呟くと、莉子の表情が少し柔らかくなった。
「事故の件、かなり怖かったですもんね」
美桜は静かに頷く。
怖かった。
本当に。
玲司がいなくなる未来を、初めてリアルに想像してしまった。
その瞬間、自分がどれだけ玲司を愛しているのかを思い知らされた。
「でも」
莉子が小さく言う。
「それだけ好きってことですよね」
好き。
その言葉だけで胸が苦しくなる。
以前の美桜なら、“好き”より先に“不安”が来ていた。
でも今は少し違う。
怖い。
でも。
それ以上に、“一緒にいたい”と思ってしまう。
仕事終わり。
美桜は玲司の部屋へ向かった。
合鍵を渡されてから、一人で先に部屋へ入ることも増えた。
最初はかなり抵抗があった。
“自分の居場所”をもらうことが怖かったから。
でも玲司は言った。
『美桜が帰ってこられる場所にしたい』
その言葉が、ずっと胸に残っている。
部屋へ入る。
静かな空間。
玲司の匂い。
ソファに置かれたクッション。
その全部が安心する。
美桜はキッチンへ立ち、簡単なシチューを作り始めた。
玲司は今日も夜勤明けだった。
疲れて帰ってくるだろうと思った。
以前の美桜なら、こんなことしなかった。
誰かのために料理を作るなんて、
どこか“重い気がして”避けていた。
でも今は違う。
玲司に温かいものを食べてほしい。
そう自然に思える。
その変化が少し嬉しかった。
玄関の音がする。
「ただいま」
玲司の声。
その瞬間、美桜の胸がふわっと温かくなる。
「おかえり」
自然にそう言えた。
玲司が少し驚いた顔をする。
「……なんかいいですね」
「何が」
「帰ってきたら美桜いるの」
その言葉に胸が締めつけられる。
美桜は小さく笑った。
「シチュー作りました」
「え、本当に?」
玲司が嬉しそうに鍋を覗き込む。
「すごい」
「そんな大したものじゃないです」
「いや、普通に嬉しいです」
その顔を見るだけで、作ってよかったと思える。
食事をしながら、玲司は仕事の話を少しだけした。
搬送先の病院。
夜中の救急。
眠れない日々。
以前の美桜は、玲司の仕事の話を聞くのが少し怖かった。
“命”の現場を想像してしまうから。
でも今は、ちゃんと知りたいと思っている。
玲司がどんな場所で働いて、
どんな思いを抱えているのか。
「……怖くないですか」
美桜が聞く。
玲司は少し考えた。
「怖いですよ」
静かな声だった。
「慣れることはないです」
その言葉に、美桜の胸が少し痛む。
玲司はきっと、毎日“失う怖さ”を見ている。
それでも人を助けに行く。
「でも」
玲司は少し笑った。
「だから、帰れる場所あると安心します」
その瞬間、美桜の胸が熱くなる。
帰れる場所。
玲司にとって、自分がそんな存在になれているのだろうか。
「美桜が“おかえり”って言ってくれるだけで、結構救われてます」
涙が出そうになる。
そんなふうに必要とされるのが嬉しい。
でも同時に、怖い。
もしこの場所を失ったら。
その未来を考えるだけで苦しくなる。
食後。
玲司はソファに寄りかかりながら、疲れたように目を閉じていた。
「寝ます?」
美桜が聞く。
「ちょっとだけ」
玲司はそう言いながら、美桜の膝へ頭を乗せた。
「え」
「充電です」
眠そうに笑う。
その姿が可愛くて、美桜は思わず笑ってしまう。
「子どもみたい」
「眠いので許してください」
玲司は本当に疲れているみたいだった。
目の下に薄くクマができている。
美桜はそっと玲司の髪を撫でた。
サラサラしている。
その感触だけで、胸が苦しくなる。
好きだ。
どうしようもなく。
「美桜」
玲司が目を閉じたまま呼ぶ。
「はい」
「最近、前よりちゃんと甘えてくれるようになりましたね」
その言葉に、美桜は少し驚く。
「……そうですか?」
「うん」
玲司は小さく笑った。
「前はずっと我慢してる感じだった」
図星だった。
美桜は昔から、“欲しがる”ことが苦手だった。
会いたい。
寂しい。
そばにいてほしい。
そういう感情を口にすると、嫌われる気がしていた。
でも玲司は違った。
「会いたい」って言うと嬉しそうにする。
頼ると安心した顔をする。
その反応が、美桜には新しかった。
「……玲司さんが優しいからです」
美桜が小さく言うと、玲司は少し目を開けた。
「それ、前も聞きました」
「だって本当に優しいので」
玲司は少しだけ笑う。
「美桜が頑張りすぎなんですよ」
またその言葉。
でも最近、美桜は少しずつ理解し始めていた。
自分はずっと、“一人で生きなきゃ”と思い込んでいたのだ。
でも本当は違う。
誰かに頼ってもいい。
弱くてもいい。
寂しいって言ってもいい。
玲司は、そう思わせてくれる。
「玲司さん」
「はい」
「……私、変わりましたか」
玲司は少し考えた。
「変わりました」
「どこが」
「前より、ちゃんと笑う」
その言葉に、胸が温かくなる。
「あと、ちゃんと幸せそう」
美桜は言葉を失った。
幸せ。
その言葉を、自分に向けられる日が来るなんて思っていなかった。
「……怖いですけどね」
美桜は小さく笑った。
「今でも、すごく」
玲司は静かに頷く。
「うん」
「幸せになるほど、失うの怖くなるので」
玲司は少しだけ美桜の手を握った。
「でも」
静かな声。
「怖いだけじゃなくなってきたでしょ?」
その瞬間、美桜は胸が締めつけられた。
そうだ。
以前は、“怖い”しかなかった。
恋愛なんて不安でしかなかった。
でも今は違う。
怖い。
でも。
一緒にいたい。
笑っていたい。
帰ってきてほしい。
そう思ってしまう。
「……うん」
小さく頷く。
玲司が少し笑った。
その笑顔を見るだけで、未来を信じたくなる。
夜。
玲司はそのまま美桜の膝で眠ってしまった。
穏やかな寝息。
安心しきった顔。
美桜はその横顔を見つめながら、静かに思う。
この人を守りたい。
今まで美桜は、“愛されること”ばかり怖がっていた。
でも今は違う。
玲司が傷ついてほしくない。
無理してほしくない。
ちゃんと笑っていてほしい。
そんなふうに願っている。
それはきっと、“一緒に生きたい”と思い始めているからだった。
美桜はそっと玲司の頬に触れる。
温かい。
ちゃんとここにいる。
その事実だけで泣きそうになる。
「……好き」
小さく呟く。
玲司は眠ったまま少し笑った。
それが愛しくて、美桜はまた胸がいっぱいになる。
恋愛は怖い。
今でも。
でも。
玲司となら、
怖くても、
一緒に未来を歩いてみたい。
そう思ってしまった。
それは美桜にとって、
初めての感情だった。
第17ページを読んでくださりありがとうございました。
今回は、事故をきっかけにさらに深まっていく二人の関係と、美桜が初めて「一緒に生きたい」と思い始める心の変化を描きました。
怖い。
でも、それ以上に失いたくない。
その気持ちが、“恋”を少しずつ“人生を共にしたい想い”へ変えていきます。
次のページでは、玲司の過去と、“人を救えなかった記憶”が明かされ、二人の関係はさらに深く揺れていきます。




