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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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14/25

“大丈夫”って、ちゃんと信じてみたかった

「大丈夫だよ」


その言葉を、

私はずっと信じられなかった。


どうせいつか終わる。

どうせ最後は一人になる。


そう思って生きてきたから。


でもあなたの声だけは、

少しだけ、

信じてみたいと思ってしまった。

玲司と喧嘩した夜。


美桜は玲司の腕の中で、ずっと泣いていた。


子どもみたいに。

呼吸が苦しくなるくらい。


こんなふうに誰かの前で泣いたのは、いつぶりだろう。


「……落ち着きました?」


玲司が小さく聞く。


美桜は玲司の胸元に顔を埋めたまま、小さく頷いた。


部屋は静かだった。


暖房の音。

遠くを走る車の音。

玲司の心臓の音。


その全部が近い。


温かい。


安心する。


でも、美桜はその安心がまだ少し怖かった。


「ごめんなさい」


また謝ってしまう。


玲司は苦笑した。


「今日だけで何回目かわかってます?」


「……ごめんなさい」


「ほらまた」


その声が優しくて、胸が痛い。


「俺、謝ってほしいわけじゃないです」


玲司は静かに言った。


「ちゃんと美桜の気持ち知りたいだけなので」


その言葉に、美桜は少し目を閉じた。


気持ち。


それを誰かに見せるのが、美桜は昔から苦手だった。


寂しい。

怖い。

苦しい。


そんな感情を見せたら、迷惑になると思っていた。


子どもの頃からそうだった。


母はいつも疲れていた。


だから美桜は、“いい子”でいようとした。


泣かない。

困らせない。

一人でできる。


そうしているうちに、“本音を隠す”ことが当たり前になった。


でも玲司は、その奥を見ようとする。


「……怖いんです」


美桜は小さく言った。


玲司は何も言わず、続きを待っている。


「玲司さんが優しいから」


声が震える。


「優しいほど、いなくなった時苦しいから」


玲司の腕が少しだけ強くなる。


「好きになればなるほど、怖くなるんです」


玲司は静かに息を吐いた。


「……俺も怖いですよ」


美桜は少し顔を上げる。


玲司は困ったように笑った。


「こんなに誰かのこと考えるの、久しぶりなので」


その言葉に、胸が苦しくなる。


玲司も同じなのだ。


不安になる。

失うのが怖い。


それでも一緒にいたいと思っている。


「でも」


玲司が続ける。


「怖いからって、最初から諦めたくないです」


その言葉が、ゆっくり胸へ落ちていく。


美桜はずっと、“傷つかない方法”ばかり探してきた。


期待しない。

頼らない。

近づきすぎない。


そうすれば、壊れた時も平気だと思っていた。


でも、本当にそうだっただろうか。


一人で平気なふりをしていた時間は、

本当に幸せだっただろうか。


「……私」


美桜は震える声で言った。


「ちゃんと恋愛したことないのかもしれない」


玲司が少し眉を下げる。


「陽斗のこと?」


美桜は小さく頷いた。


「好きだったんです。すごく」


高校三年生。

初めて本気で好きになった人。


一緒に帰った帰り道。

受験勉強。

卒業式。


あの頃の美桜は、本気で未来を信じていた。


「でも、急に終わって」


涙がまた滲む。


「その時、“信じた自分が悪かった”って思っちゃったんです」


玲司は静かに聞いている。


「だから、それからずっと怖くて」


「うん」


「好きになったら、また同じになる気がして」


その恐怖は今でも消えない。


幸せを感じるたび、

“失う未来”が浮かぶ。


それはもう癖みたいなものだった。


玲司は少し黙ったあと、小さく言った。


「美桜」


「はい」


「俺、未来の保証はできないです」


その言葉に、美桜の胸が少し揺れる。


玲司は続けた。


「絶対ずっと一緒、とか。何があっても変わらない、とか」


静かな声。


「そういうの、簡単に言えないです」


美桜は息を止めた。


普通なら、不安になる言葉かもしれない。


でも玲司の声は、とても真っ直ぐだった。


「でも」


玲司は美桜を見つめる。


「今、一緒にいたいって気持ちは本当です」


その言葉が胸に深く刺さる。


“永遠”じゃない。


“絶対”でもない。


でも、“今ここにいる”気持ちは嘘じゃない。


その真っ直ぐさが、美桜には苦しいくらい優しかった。


「俺、美桜にちゃんと笑っててほしい」


玲司が小さく言う。


「無理して笑うんじゃなくて」


涙がまたこぼれそうになる。


どうしてこの人は、

こんなにも欲しかった言葉をくれるんだろう。


「……難しいです」


美桜は小さく笑った。


「何が」


「信じるの」


玲司は少しだけ考える。


「じゃあ、少しずつでいいです」


「少しずつ?」


「はい」


玲司は優しく笑った。


「急に全部信じなくていいので」


その言葉に、美桜の胸が温かくなる。


少しずつ。


それなら、できるかもしれない。


夜は静かに更けていく。


玲司が「お風呂入ってきます?」と聞く。


美桜は頷き、洗面所へ向かった。


鏡を見る。


泣きすぎて目が赤い。


ひどい顔。


でも、不思議と少し軽かった。


ちゃんとぶつかったからかもしれない。


怖いと伝えた。

不安だと伝えた。


それでも玲司は、いなくならなかった。


その事実が、美桜の中で小さな灯りみたいに残っていた。


お風呂から出ると、玲司はソファでうとうとしていた。


疲れているのだろう。


夜勤明けなのに、美桜のところへ来てくれた。


その優しさが胸に沁みる。


「玲司さん」


小さく呼ぶ。


玲司が眠そうに目を開ける。


「おかえりなさい」


その言葉を聞いた瞬間、美桜の胸が締めつけられた。


おかえり。


そんな当たり前みたいな言葉が、

どうしてこんなに嬉しいんだろう。


「……ただいま」


小さく返す。


その瞬間。


美桜は気づいてしまった。


自分はもう、

玲司の隣を“帰る場所”みたいに感じ始めている。


それが嬉しい。


でも同時に、怖い。


帰る場所を失う痛みを、美桜は知っているから。


「眠いですか?」


玲司が聞く。


「少し」


「こっち来ます?」


玲司が隣を軽く叩く。


美桜は静かにその隣へ座った。


玲司の肩に寄りかかる。


温かい。


安心する。


その安心感に、また涙が出そうになる。


「玲司さん」


「はい」


「……私、ちゃんと愛されるの怖いです」


玲司は少しだけ笑った。


「知ってます」


「でも」


美桜は目を閉じる。


「信じてみたいです」


玲司が静かに息を呑む。


「玲司さんの“大丈夫”」


その瞬間、玲司は優しく美桜の頭を撫でた。


「じゃあ、ちゃんと証明します」


その言葉を聞いた瞬間。


美桜の胸は苦しいくらい温かくなった。


信じたい。


怖いけど。


それでも。


この人の隣でなら、

少しずつ、

“幸せになってもいい”と思えるかもしれない。


その夜。


美桜は玲司の腕の中で眠った。


深く。

安心して。


こんなふうに眠れたのは、いつぶりだろう。


夜中、ふと目を覚ます。


隣には玲司がいる。


規則正しい寝息。


温かい体温。


美桜はそっと玲司の指に触れた。


ちゃんとここにいる。


その事実だけで、胸がいっぱいになる。


怖い。


でも。


“失うかもしれない未来”より、

“今ここにいる幸せ”を、

少しだけ大事にしてみたいと思った。


美桜は玲司の肩へ静かに額を寄せる。


「……大丈夫」


小さく呟く。


まだ完全には信じられない。


でも。


ちゃんと信じてみたかった。


玲司がくれる優しさを。

隣にいる温度を。

「好きだ」と言ってくれる声を。


怖くても。


逃げるんじゃなく、

少しずつ、

受け取ってみたかった。

第14ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、喧嘩のあとに訪れた静かな夜の中で、美桜が「愛されることを信じる怖さ」と向き合う回でした。


“絶対”や“永遠”はまだ怖い。

でも、“今ここにいる気持ち”は信じてみたい。


玲司の真っ直ぐな優しさが、少しずつ美桜の心を変え始めています。


次のページでは、二人に訪れる初めての大きな幸せと、その裏側で美桜が抱えてしまう新たな恐怖が描かれていきます。

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