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幸せになりたいだけだった、君と  作者: あーちゃん


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13/25

嫌われるくらいなら、先に離れたかった

好きになるほど、

不安になる。


愛されるほど、

怖くなる。


だから私は、

本当に失う前に、

自分から離れたくなってしまう。

玲司と付き合って、二ヶ月が過ぎていた。


季節は少しずつ冬へ近づき、街にはイルミネーションが増え始めている。


恋人たちが並んで歩く姿を、以前ほど苦しく感じなくなった。


むしろ最近は、自分もその“幸せそうな人たち”の中に少しだけ入れている気がしていた。


玲司がいるからだ。


「おはよう」

「お疲れさま」

「帰ったら電話します」


そんな何気ない言葉が、美桜の日常を支えていた。


玲司の部屋に置きっぱなしになったヘアオイル。

冷蔵庫に増えた美桜用のヨーグルト。

ソファに並んで見るドラマ。


どれも小さな幸せだった。


でも、美桜の中では同じくらい大きな“不安”も育っていた。


幸せになればなるほど、

失う未来が怖くなる。


それはもう、呼吸みたいに自然な感覚だった。


その日、玲司は夜勤だった。


『今日ちょっと忙しくなるかも』


昼過ぎに来たメッセージ。


『無理しないでください』


美桜は返信する。


すぐ既読はつかなかった。


仕事中だから当然なのに、胸がざわつく。


嫌な想像ばかり浮かぶ。


事故。

急患。

倒れる玲司。


救命士という仕事は、いつも“危険”が隣にある。


だから美桜は、玲司から返信がないだけで不安になるようになっていた。


「美桜さん」


披露宴会場の確認をしていた時、莉子が近づいてきた。


「顔色悪いです」


「そう?」


「彼氏さん?」


鋭い。


美桜は少し苦笑する。


「夜勤だから」


「あー……心配になるやつですね」


莉子は少し真面目な顔をした。


「でも、美桜さん最近かなり玲司さん中心になってません?」


その言葉に、美桜の胸がざわつく。


「そんなことないよ」


「いや、あります」


莉子は小さく言った。


「悪い意味じゃなくて。ちゃんと恋してるんだなって」


恋。


その言葉だけで、胸が苦しくなる。


恋をすると、人は弱くなる。


返信一つで気持ちが変わる。

会えないだけで寂しくなる。

誰か一人で、こんなにも不安になる。


昔の美桜なら、こんな自分を嫌っていただろう。


依存しているみたいで怖い。


「でも」


莉子が少しだけ声を落とした。


「怖いなら、ちゃんと話した方がいいですよ」


その言葉が妙に引っかかった。


怖い。


確かに、美桜は怖かった。


玲司を失うことが。


仕事を終えたのは夜九時過ぎだった。


スマホを見る。


玲司からの連絡はない。


既読もつかない。


胸がざわつく。


きっと忙しいだけ。


そう自分に言い聞かせる。


でも不安は消えない。


『大丈夫ですか?』


送る。


返事は来ない。


十分。

三十分。

一時間。


スマホを見るたび、心臓が冷えていく。


嫌な想像ばかり浮かぶ。


倒れていたらどうしよう。

事故に巻き込まれていたら。

もう会えなかったら。


その不安が膨らみ続けて、美桜は息苦しくなった。


夜十一時。


ようやくスマホが震えた。


『ごめんなさい、今終わりました』


そのメッセージを見た瞬間、美桜は安堵した。


でも次の瞬間、別の感情が込み上げてくる。


どうしてもっと早く連絡くれなかったの。


そんな感情が、胸の奥から湧き上がる。


『心配した』


送った瞬間、自分でも少し重いと思った。


でも止められなかった。


すぐ返信が来る。


『ごめんなさい。バタバタしてて』


その謝罪を見ても、不安は消えない。


むしろ、“自分が重いことを言ってしまった”という自己嫌悪が広がる。


まただ。


また、美桜はこうなる。


好きになるほど、不安になる。

不安になるほど、相手を縛りたくなる。


そして嫌われる。


陽斗の声が蘇る。


『なんか重かった』


その記憶が胸を刺す。


美桜はスマホを強く握った。


『もういい』


送信。


数秒後、玲司から電話がかかってくる。


でも美桜は出られなかった。


怖かった。


もし玲司が困った声をしていたら。

もし面倒そうにしていたら。


それを聞いた瞬間、自分が壊れそうだった。


何度も着信が鳴る。


でも出られない。


やがてメッセージが来た。


『今から行っていいですか』


その言葉を見た瞬間、胸が締めつけられる。


来てほしい。


でも会いたくない。


今の自分を見せたら、絶対重い。


『大丈夫』


そう返した。


でも十分後。


インターホンが鳴った。


美桜は息を止める。


玲司だった。


扉を開けると、玲司はまだ仕事帰りのままだった。


疲れた顔。

少し乱れた髪。

それでも真っ直ぐ美桜を見ている。


「……なんで来たんですか」


美桜は小さく言う。


「心配だったので」


その優しさが、今は苦しい。


「大丈夫って言ったじゃないですか」


「大丈夫そうじゃなかったので」


玲司は静かだった。


でもその静けさが、美桜の感情を余計に揺らす。


「私、重いですよね」


気づけば口から出ていた。


玲司が少し驚いた顔をする。


「なんでそうなるんですか」


「だって、返信ないだけで不安になって、勝手に怖くなって」


声が震える。


「こんなの面倒じゃないですか」


玲司は黙って聞いている。


「また嫌われる」


その瞬間。


玲司の表情が少しだけ苦しそうになった。


「……誰にそんなこと言われたんですか」


美桜は視線を落とした。


「昔、付き合ってた人に」


玲司は小さく息を吐く。


「その人が言ったこと、今でもずっと残ってるんですね」


残っている。


ずっと。


「だって本当だから」


美桜は震える声で言った。


「私、好きになると不安になるし、確認したくなるし、きっと面倒なんです」


「美桜」


玲司が名前を呼ぶ。


その声が優しくて、逆に泣きそうになる。


「俺、そんなふうに思ってないです」


「今はそうでも、そのうち嫌になるかもしれない」


言った瞬間、自分でも止まれなくなっていた。


「みんな最初は優しいんです」


父も。

陽斗も。


最初は“ずっと一緒”だと言った。


でも最後はいなくなった。


だから美桜は知っている。


優しさは終わる。


愛は変わる。


「……だったら」


美桜は小さく言った。


「嫌われる前に、離れた方が楽です」


その瞬間。


玲司の顔が初めてはっきり曇った。


「本気で言ってます?」


低い声だった。


美桜は少し怯む。


でも止まれない。


怖かった。


これ以上好きになるのが。


「だって、どうせいつか終わるなら」


「美桜」


玲司が強く名前を呼ぶ。


その声に、美桜の肩が震える。


「勝手に終わらせないでください」


その言葉に、美桜は息を呑む。


玲司は珍しく感情を露わにしていた。


「俺、そんな簡単にいなくなるつもりないです」


「でも人って変わるじゃないですか!」


気づけば、美桜も声を上げていた。


「好きって言ってても、急にいなくなるじゃないですか!」


涙が溢れる。


「だったら、最初から期待しない方が楽なんです!」


静寂。


部屋がしんと静まる。


玲司はしばらく何も言わなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「……俺」


玲司の声は静かだった。


「そんなに信用ないですか」


その一言が、胸に深く刺さった。


違う。


そうじゃない。


信用したい。


本当は、すごく。


でも怖い。


失うのが怖い。


「ごめんなさい」


美桜は泣きながら言った。


「玲司さんのこと嫌いになりたいわけじゃないんです」


「うん」


「ただ、怖くて」


玲司は静かに美桜を見る。


その目が苦しそうで、美桜の胸はさらに痛くなる。


「好きになればなるほど、失うのが怖くなるんです」


玲司はゆっくり近づいた。


そして、美桜を抱きしめる。


その温度が温かい。


安心する。


でも同時に、泣きたくなる。


「……俺も怖いですよ」


玲司が小さく言った。


「美桜が急にいなくなるんじゃないかって、普通に怖いです」


美桜は涙を止められない。


「でも」


玲司は少しだけ強く抱きしめる。


「怖いから離れるんじゃなくて、怖いってちゃんと言ってほしい」


その言葉が、胸の奥へゆっくり落ちていく。


美桜は今まで、“不安を見せたら嫌われる”と思っていた。


だから一人で抱え込んで、

限界になって、

勝手に離れようとしてしまう。


でも玲司は違った。


「重いとか、面倒とかじゃなくて」


玲司が静かに言う。


「好きだから不安になるんでしょ」


その一言で、美桜はまた泣いてしまう。


どうしてこの人は、

こんなにも真っ直ぐなんだろう。


「……ごめんなさい」


「だから、謝らないでください」


玲司は困ったように笑った。


「俺、ちゃんと美桜と一緒にいたいので」


その言葉を聞いた瞬間。


美桜は思ってしまった。


失いたくない。


こんなにも。


だから怖い。


でも。


怖いからって、

離れたいわけじゃなかった。


本当はずっと、

隣にいたかっただけだった。

第13ページを読んでくださりありがとうございました。


今回は、美桜の“不安”がついに限界を超え、二人が初めて本気でぶつかり合う回でした。


「嫌われる前に離れたい」

それは、美桜がずっと自分を守るためにしてきたこと。


でも玲司は、その弱さごとちゃんと受け止めようとしています。


次のページでは、喧嘩のあとに訪れる静かな夜の中で、“愛されることを信じる怖さ”に美桜が少しずつ向き合っていきます。

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