第49話:すべての「執着」を焼き付けろ
2027年初夏。
今年の夏は、季節外れの熱気に包まれていた。街の至る所に紫色の旗が翻り、世界中から集まった巡礼者たちが小道を埋め尽くしている。
だが、その狂騒の中心にある俺の自室、そして京都の『古都エモーション』のスタジオは、外の喧騒が嘘のように異様なまでの「静寂」と「殺気」に支配されていた。
「……よぉ。……同時接続数は200万を突破したらしい。……おい、軍師、サーバーの冷却は足りてるか?」
俺がマイクに向かって呟くと、軍師の冷徹な声がすぐに返ってきた。
[軍師]:……あらかじめ世界中の主要拠点の予備サーバーをハックして分散処理させてある。……世界がどれだけ発狂しようと、この配信が途切れることはない。……もっとも、今夜のアニメ最終回と小説の最終話が公開された瞬間、人間の脳の処理限界を超えて全員気絶するかもしれんがな。
[ルナ]:全地球規模でのネットワークトラフィックがピークに達しています。……視聴者たちの脳内では、アルベルトとエレオノーラの選択に対する期待値がドパミンの限界値を超え、一種のトランス状態が観測されています。
[一条]:……ふふ。……素晴らしいですわね。教会の残党どもも、今や誰一人として声を上げる者はいません。……恐怖ではなく、圧倒的な「執着」という名の毒が、世界を完全に麻痺させたのですわ。
画面のコメント欄は、もはや言語の壁など存在しないかのように、世界各国の狂信者たちの絶叫と歓喜が混ざり合って瀑布のように流れ落ちていた。
【コメント欄】
::ついに最終回……終わらないでくれ……!!
::俺の人生、このアニメに出会う前と後で完全に変わっちまったよ
:[Niki_from_USA]:The final battle! The ultimate obsession! Let's go! (最終決戦だ! 究極の執着を見せてくれ!)
:[France_Niki]:C'est la fin du monde, et c'est magnifique. (世界の終わりだ、そしてそれは最高に美しい)
:[ござる]:「ぬおおお! 地元駅前はもうお祭り騒ぎでござるよ! 拙者、紫のハッピを着て号泣中でござる!!」
京都のスタジオからも、疲労困憊のはずのクリエイターたちから熱いメッセージが届く。
:[クロエ]:……綴。……私の描いた最後のカット、見てくれた? ……アルベルトの瞳に映るエレオノーラは、世界中のどんな宝石よりも美しく、そして残酷よ。……私たちの『執着』のすべてを、この線に焼き付けたわ。
:[鉄]:……監督なんて、昨夜から一睡もせずに最後の作画修正をやり遂げて、今さっき力尽きて倒れたぜ。……だが、最高の顔をしてやがった。あいつ、この作品で完全に生まれ変わったんだ。
:[剣呑]:ハッ! 綺麗事の綺麗事を剥ぎ取った果てに、こんな純粋な狂気が残るなんてな! 読者も視聴者も、全員まとめて地獄の底まで連れて行ってやれ!
俺は、円卓の仲間たちの声と、世界中から寄せられる数百万の「飢えた声」を聴きながら、深く息を吸い込んだ。
手元のキーボードには、小説版の最終章が映し出されている。
アルベルトとエレオノーラが辿り着いた、世界の一番高い場所。神の座を奪い、すべての「正義」を無価値に変えた二人が、今まさに最後の対話を行おうとしている。
「……みんな、よく聞いてくれ」
俺の声に、世界中のコメント欄がぴたりと静まり返った。
200万人の息が、一瞬で同期する。
「……俺たちは、ただの気まぐれでこの物語を書き始めた。……最初は、世界に中指を立てるための落書きみたいなもんだったかもしれない。……だが、お前らがその『毒』を愛し、世界を紫に染め上げてくれた。……これは、俺一人の物語じゃない。……ここにいる全員の、狂気の結晶だ」
俺はマウスを握り、小説の最終行、そしてアニメ最終話の公開ボタンに指を重ねた。
「……すべての『執着』を、この一瞬に焼き付けろ。……神様が見てようが関係ない。……俺たちの物語のフィナーレを、刮目して見届けろ!!」
エンターキーを、叩いた。
瞬間――
夜空を貫くように、軍師が手配したドローン群が、漆黒の空に巨大な「紫の月」と、アルベルトの剣の軌跡を描き出した。
世界中のビジョンが一斉に閃光を放ち、アニメ最終回のエンドロールが流れ始める。
コメント欄が、文字通り「崩壊」した。
爆発的な歓声、感謝の絶叫、そして終わりを迎えてしまうことへの名残惜しさが、津波のように画面を覆い尽くしていく。
【コメント欄】
::うわあああああああああ!!
::終わるな!! 終わらないでくれ!!
::アルベルト……エレオノーラ……最高だあああ!!
:[Niki_from_Germany]:THANK YOU, TSUZURU! THANK YOU, ALBELTO! (ありがとう綴! ありがとうアルベルト!)
:[親衛隊長]:……綺麗ですわ……完璧な、終焉ですわね……。
物語が完結した。
世界が「紫」に満たされ、すべての因果が収束した。
静まり返った自室で、俺は椅子の背もたれに深く身体を預け、ふぅ、と息を吐き出した。
足元では、コタローが満足そうに欠伸をして、私の靴先に頭を乗せている。
やり切った。
第1部という名の、世界侵略の歴史は、ここに完璧な結末を迎えたのだ。
……だが。
俺の胸の奥にあるのは、虚無感などではなかった。
むしろ、底知れぬ飢餓感と、ゾクゾクするような高揚感。
世界を染め上げた今、私の中の「作家の牙」は、まだ全く折れていない。むしろ、さらに鋭く研ぎ澄まされていた。
俺はゆっくりと上体を起こし、まだ熱狂の冷めないカメラを見据えた。
モニタの向こうで、200万人の「共犯者」たちが、俺の次の言葉を待っている。
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