第45話:音響の罠、響く祈りのノイズ
2026年12月。
空は冬の冷たさに覆われ、吐く息が白く染まる季節になっていた。
俺は自室で、配信をしながら円卓達、そして古都エモーションの音響スタジオとWEB会議をしていた。
会議は異様なほどの熱を帯びている。
今、俺たちの前には、軍師が数ヶ月かけて練り上げた「音のプログラム」が鎮座していた。
「……軍師。……これ、本当に『ただの音』なのか?」
俺が尋ねると、スピーカーから低く、冷徹な声が返る。
軍師:……ああ。……人間の可聴域ギリギリの20kHz付近に、脳の報酬系を強制的にハックする微細なサイン波を埋め込んだ。……これをアニメのBGMや聖女の詠唱に重ねれば、視聴者はアルベルトの『執着』を、自分の感情だと錯覚する。……音楽という名の、精神干渉波だ。
一条:……ええ、完璧ですわ。……これなら、アニメを観た視聴者は、観終わった後に『なぜだか分からないけれど、アルベルト様が愛おしくてたまらない』という感情に支配されます。……ある種の『宗教』と同じ原理ですわね。
俺は、モニター越しにそのグラフを眺めた。波形が、妖しく紫にうねっている。
花守さんが演じる聖女の「祈りの声」が、この周波数を通ると、たちまち「地獄の招待状」へと変質する仕組みだ。
【コメント欄】
::綴さん、ついに人体実験まで始めたかww
::これ、BPOに怒られるやつじゃないの?
:[ルナ]:現在、法の専門家が、放送法および著作権法における「周波数利用のグレーゾーン」を精査中です。
::[Niki_from_France]:Is this black magic? I want to hear it right now! (黒魔術か? 今すぐ聴かせろ!)
「……さすがだな、お前ら。……だが、音響監督はどうみる? ……このノイズ、演技の邪魔にはならないのか?」
音響監督:……綴先生、正直……怖いです。……この音、花守さんの演技に重ねると、何て言うか……『背筋が凍るのに、涙が出る』んですよ。……現場のスタッフも、みんな半泣きで作業してて……これ、傑作になる予感がします。
俺は、マイクの前に座った。
この「音の暴力」を、俺たちのアニメの核にするために、俺が最後の一手を打つ。
「……よし。……リスナー、今から俺が、軍師が作った『祈りのノイズ』を、フィルターをかけずに少しだけ配信に流す。……ヘッドホンを外すなら、今だ」
【コメント欄】
::待ってました!!
::綴さんの配信で正気保てたことないからへーきへーき
:[ござる]:「ぬおおおお! 拙者、ヘッドホンを新調して待機でござる!!」
俺は、再生ボタンを押した。
流れてきたのは、教会の聖歌だ。
一見すると、どこにでもある静謐で美しい調べ。
だが、その裏側に、ドクドクと脈打つような紫の波形が混ざり込んでいた。
数秒後。コメント欄がピタリと止まった。
俺の耳にも、それが届く。
それは音というより、「渇き」だった。
誰かを愛したい、支配したい、壊したいという、人間が一番奥底に隠している醜い情動が、音の振動となって脳を直接撫で上げていく。
一分後。コメント欄が、悲鳴と歓喜で爆発した。
【コメント欄】
::あ……あぁ……
::なんだこれ……胸が、苦しい……!!
::[UK_Niki]:I feel... empty. But I want to hear more! (空虚だ……だが、もっと聴きたい!)
:[クロエ]:……綴。……この音を聴きながらアルベルトを描いたら、線が震えたわ。……このアニメ、観る人全員、物語の登場人物(アルベルトの執着対象)になっちゃうわよ。
「……どうだ。……これが、俺たちが古都エモーションと作り上げる『絶望の賛歌』だ」
俺はニヤリと笑う。
「……教会が、どれだけ権威を振りかざそうが関係ない。……この音色を一度聴いたら、彼らの説教なんてただの雑音にしか聞こえなくなる。……アニメが放送される頃には、世界中の信者が『アルベルトのノイズ』に洗脳されるはずだ」
一条:……ふふ。……先生、言葉が少々過激ですわね。……これはあくまで、『視聴者の没入感を高めるための演出』ですわ。
「……ああ、そうだな。……あくまで『演出』だ。……だが一条さん。……この演出が世界を塗り替えた時、俺たちは何て呼ばれるんだろうな」
【コメント欄】
::『新時代の悪魔』でどうだ?
::綴さんは神でいいよ
:[軍師]:……綴、俺たちの目的は、綴の小説を「世界で一番の現実」にすることだ。……悪魔だろうが神だろうが、どうでもいい。……ただ、奴らを絶望の底まで突き落とせれば。
「……そうだな。……よし、音響はこれで完成だ。……古都エモ、そして円卓のみんな。……あとは、この地獄を世界に放つだけだ」
スピーカーから流れる聖歌の調べが、部屋の空気を淀ませる。
コタローが、不思議そうにスピーカーを見つめ、小さく「クゥン」と鳴いた。
俺は、その冷たい旋律に身を委ねながら、執筆用のペンを握りしめた。
物語は、もう戻れないところまで来ている。
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