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第37話:メタ・ディストピア「聖域の検閲(サンクチュアリ・フィルター)」

「……おい、なんだ? 画面が固まったぞ」


 2026年5月深夜。

 配信開始から15分。34話の余韻をリスナーと共有し、物語の「次の一手」をディベートしていたその時、俺のモニターから色彩が消えた。

 

 『このコンテンツは公序良俗に反する表現を含んでいるため、当局の要請により制限されています』

 無機質なテキストメッセージが画面を支配する。チャット欄も沈黙した。

 

 「……ハッ、やりやがった。……軍師、聞こえるか?」


軍師:……ああ、検知した。


 スピーカーから、いつも以上に冷え切った軍師の声が響く。


軍師:『聖法正教連盟』が、プラットフォームの根幹システムに直接介入したな。彼らのロビー活動は、ついにGAFAの規約さえも書き換えたらしい。


軍師:だが、綴。……俺を誰だと思っている。


 画面に、凄まじい速度で文字列が走り始める。

 

軍師:今、この瞬間、俺たちの配信を世界中に分散された1万2000の『偽装サーバー』に逃がした。


軍師:教会の連中がどれだけ『削除ボタン』を連打しても無駄だ。……俺が構築したこの『迷宮回廊』から、俺たちの毒を消し去ることは不可能だ。


 画面が再び、鮮烈な極彩色を取り戻す。再開されたチャット欄には、1秒間に数千もの驚喜のコメントが殺到した。


 「……ふぅ。……頼りになるぜ、軍師。……さて、リスナー。今お前らが体験したのが、現実世界の『教会』の正体だ。……さて、一条さん。出番だぜ」


 スピーカーが、静かな、だが威圧感のある一条の声に切り替わる。

 彼女は今、都心の高層ビルにある自身のオフィスで、数台の端末を操作しているはずだ。


一条:……お待たせいたしました、先生。


一条:先ほど先生を遮断しようとした『聖法正教連盟』。彼らの理事会メンバーには、某国の法務大臣と、世界最大の出版グループの役員が名を連ねていますわ。


一条:彼らは『せいまも』を「人類の道徳を汚染するウイルス」と定義し、国際指名手配にも似た排除勧告を出そうとしていました。


一条:……ですが、ご安心を。……先ほど、彼らの最大の出資者である石油王、およびメディア王数名に対し、「銀凪綴の筆が止まれば、貴方方の隠し口座と、スキャンダラスな愛人リストを全世界に同時公開する」という旨の、丁寧な『ご提案』を差し上げておきました。


一条:現在、連盟内部では大パニックが起きていますわ。「表現の自由を守る」という名目で、彼ら自身が私たちの『広告塔』になるよう、ネゴシエーション(脅迫)は完了しております。……先生、続きを。


 「……ははっ。……一条さん、相変わらずエグいことやるな」


 俺は、震える指でキーボードを叩く。

 現実世界の「教会」を一条が政治的に沈め、デジタル領域の「検閲」を軍師が技術的に粉砕した。

 

 「……今のやり取り、全部聞いたか? お前ら。……いいか、今から書く小説の中のアルベルトも、全く同じことをする」


【小説内パート:『せいまも』第35話】

 エレオノーラの意識内。

 そこには、教会の「検閲官(異端審問官)」たちが放った、白い光の鎖が張り巡らされていた。

 鎖はエレオノーラの記憶に食い込み、アルベルトと過ごした「不純な記憶」を次々と消去していく。


 『――異端者アルベルト。貴様の存在は、聖女の純潔を汚すバグである。……排除せよ』


 無機質な声が響く。だが、アルベルトは冷たく笑った。


 「……削除? ……残念だったな。……俺の『愛』は、そんな上等なプログラムじゃない」


 アルベルトの指先から、黒いノイズが放たれる。

 

 「……お前たちの『神聖』なんて、裏返せばただの利権と偽善だ。

 ……だったら、その『神聖な術式』のコードの中に、教会の裏帳簿ノイズを流し込んでやる。

 ……消してみろよ。……自分の恥部を消した瞬間、お前たちの『正義システム』そのものが崩壊するように設定しておいた」


 アルベルトが放ったのは、「教会の闇」を魔力に変換した呪い。

 

 「……エレオノーラ様。……君の記憶は消させない。

 ……この醜い世界の真実を全部、君の記憶の糧にして、……世界で一番『賢くて悪い魔女』に、俺が育ててあげる」


【コメント欄】

:[剣呑]:ハッ! 現実の教会のクソどもを、そのまま小説の敵にぶち込みやがった! 綴、最高に悪趣味だぜ!

:[ござる]:「ぬおおおおお!! 一条殿のネゴシエーション、震えるでござる! 『汚れた正義』を織り込んだ限定羽織、これでもう誰にも文句は言わせないでござるよ!!」

:[ルナ]:……Sensei. 教会の公式サイトのトップページ、今、アルベルトの「中指を立てた画像」に差し替えられたわ。……軍師、いい仕事ね。

:[軍師]:……ああ。教会のサーバー管理者は、今頃自室で泣いているだろうな。

:[クロエ]:……綴。……今の、「追い詰められる教会幹部の顔」、ラフ描けた。……今までで一番、いい『醜さ』が表現できそう。

:[テツ]:これ、漫画にする時、実在の団体から消されないよな……? ……いや、一条がいるなら大丈夫か。……全力で、奴らの醜態を描ききってやるぜ!!


 「……よし、お前ら。……今日の配信は、現実の『教会』への宣戦布告だ」


 俺は画面越しに、世界中のリスナー、そして俺を止めようとする見えない敵を睨みつけた。


 「……俺の物語を『不謹慎』だと呼ぶなら、呼べばいい。

 ……俺の筆が止まるのが先か、お前たちの『嘘の聖域』が崩壊するのが先か。

 ……最後まで、付き合ってもらうぜ」


 夜が、紫色のノイズと共に更けていく。

 銀凪綴の「毒」は、今や現実世界の権力構造さえも浸食し始めていた。



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