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第36話:共鳴汚染

「……チッ。どいつもこいつも『聖女様』が好きだねぇ。特に海外の『正義の味方』さんたちよ」


 2026年5月半ば。深夜の自室。

 俺――銀凪綴は、画面を埋め尽くす罵詈雑言の嵐を冷めた目で見つめていた。


 画面上の同時接続数は、放送開始からわずか5分で30万人を突破。第1部で「ざまぁ」の極致を見せた反動か、第2部序盤の「辺境での停滞」に痺れを切らした海外リスナーと、それに応戦する古参勢、さらには「宗教への冒涜だ」と騒ぐ倫理団体を名乗る連中が、チャット欄を戦場に変えていた。


【コメント欄】

:綴、最近の更新遅くね? 第1部で燃え尽きたか?

:[UK_Knight]:Stop mocking the church! (教会を愚弄するな!) この物語は不快だ!

:[Foreign_Niki]:Is the Saint awakening a "cheat power"? That's boring as hell. (聖女の覚醒は「チート能力」か? 退屈極まりないぜ)

:↑お前ら綴の「毒」を分かってねえな。黙って見てろ。


 「『退屈』? 『不快』? ……言ってくれるじゃねえか。……おい、軍師。お前も今のチャット見てるよな。あいつら、俺がエレオノーラに安っぽい『覚醒チート』を与えると思ってるらしいぜ」


:軍師:……至極、当然の反応だな。

:軍師:綴、今のプロットには『論理』が欠けている。聖法正教会が千年以上かけて構築した『聖女の覚醒』というプログラムは、ただの精神論で抗えるほど甘くない。……現状のまま書くなら、俺はお前のサーバーの保守を放棄する。「ゴミのような物語」に貸すリソースはない。


 「……手厳しいねぇ。剣呑、お前はどうだ? お前も、今の展開に欠伸してんのか?」


:剣呑:ハッ! 欠伸どころか、あまりの『綺麗事』にサンドバッグを殴る拳が鈍ってるぜ。

:剣呑:綴、お前……エレオノーラを救いたいのか? それとも『綺麗なままの彼女』を守りたいのか? ……俺が読みたいのは、『彼女を独占するために、彼女そのものを内側からぶっ壊す』ような、お前の「どろどろとした本性」だよ。


 「……ハハッ。……なるほどな。……軍師は『論理』が足りないと言い、剣呑は『悪意』が足りないと言うか。……よし、わかった。お前ら、画面をよく見てろ」


 俺は画面上で、今日アップロードする予定だった第34話の完成原稿――アルベルトが教会の騎士団を華麗に退ける、王道のファンタジー展開――を、マウス操作で『ゴミ箱』に放り込んだ。


 「ボツだ。今、ゴミ箱に入れたのは『お前らが想像した通りのつまらねえ物語』だ。……ここからが本番だ」


 俺の指が、キーボードの上で激しく踊り始める。

 画面上のテキストエディタに、新しいプロットが文字の暴力となって刻まれていく。


 「いいか、お前ら。教会の言う『覚醒』ってのはな、個人の人格をデリートして、そこに『神の意志システム』を上書きすることだ。……つまり、エレオノーラという人間を消去し、世界を浄化するための『自動実行装置』に書き換えること。……それが教会の正義だ」


 「それに対し、アルベルトはどう動くか? ……救う? 奇跡を起こす? ……違う。……彼は、エレオノーラの意識という『サーバー』に、自らの『偏愛という名のウイルス』を流し込む。」


 チャット欄が一瞬、静まり返った。

 

 「ソフィアが綺麗な『聖女OS』をインストールしようとするなら、アルベルトはその隙間に『ドロドロのノイズ』をインジェクションして、システムをクラッシュさせる。……エレオノーラは二度と清らかな聖女にはなれない。……一生、アルベルトの毒に犯された『バグ持ちの魔女』として、彼の腕の中でしか正気を保てなくなるんだよ。……救うために、壊す。……これなら不満ねえだろ、お前ら?」


【コメント欄】

:軍師:……フッ。面白い。精神の『バグ』を利用したサービス拒否攻撃(DoS)か。……その論理なら、教会の『光』を物理的に遮断できる。……綴、その術式の構築、手伝ってやる。

:剣呑:そうだよ、それだよ! 救済を捨てた執着。……世界で一番「不純」な愛だ。これなら30万のフォロワー全員に『読め』と命令できる。

:ござる:「ぬおおおおお!! 綴氏、最高でござる! 『聖女を汚染する愛』! それをイメージした『禁忌の紫糸』で、次の羽織を織る準備を整えるでござるよ!!」

:親衛隊:先生、素晴らしい「絶望」の解釈ですわ。……今、先生のこのプロットに対して不謹慎だと騒いでいる一部の団体のドメインを、技術的に『隔離クアランティン』しておきました。……先生の毒は、誰にも邪魔させません。


:[Foreign_Niki]:Corruption of the soul... That's dark. Extremely dark. (魂の汚染……暗い。あまりに暗すぎる)

:[Luna]:Sensei. ……今のディベート、各国の言語に『概念』を補完して同時翻訳したわ。……世界中のエンジニアたちが「愛はバグか」っていう議論でサーバーをパンクさせてるわよ。……素敵。


【小説内パート:『せいまも』第2部 第34話「共鳴汚染レゾナンス・バグ」】


 辺境の夜、ヴィルト卿の別邸は、あまりに不自然な「白」に包まれていた。

 

 「……ああ、……あああああぁぁぁっ!!」


 エレオノーラが、自身の胸を掻きむしり、ベッドの上で悶絶する。

 彼女の毛穴という毛穴から、純白の魔力が溢れ出していた。それは彼女の意志に関わらず、周囲の物質――木材、石材、さらには空気さえも「浄化(消去)」し、真っ白な結晶へと変えていく。


 隣国、聖法正教会の聖域に座すソフィアが、リリカルという「中継器」を介して放った、遠隔人格上書きプログラム。

 

 「……エレオノーラ様。……大丈夫だ。……俺が、今、書き換えてやる」


 アルベルトが寝室に踏み込む。

 その瞬間、彼の視界には無数の「魔力の文字列」がデジタルノイズのように浮かび上がっていた。


 アルベルトは、治癒の術式をハッキングしたことで、彼はこの世界の理を「情報」として視認できるようになっていた。


 (……「光」のコード。……完璧すぎて、付け入る隙がない)


 アルベルトの右手が、エレオノーラの放つ高純度の光に触れた瞬間、ジュッと音を立てて炭化し始める。皮膚が焼け、血が蒸発する。

 だが、彼の口元には、狂気的なまでの悦びが浮かんでいた。


 (……「正しさ」で俺を弾くか。……なら、俺の「汚物」を混ぜてやるよ。

 ……エレオノーラ様の記憶の深層、彼女が俺を必要としたあの瞬間の感情。……そこに、俺の独占欲をウイルスとして注入インジェクションする!)


 アルベルトは、自らの魔力を「黒い泥」のような粘質的なノイズに変容させ、エレオノーラの意識の中枢へと無理やりねじ込んだ。

 

 「……ぐ、あぁぁぁっ!? アルベルト……!? なにが、……脳の中に、……ドロドロした、……愛が、……流れてくる……!!」

 「……そうです。……光を、俺のノイズで汚染する。

 ……君を救うんじゃない。……君を、一生俺なしでは自我を保てない『魔女』に堕とす。

 ……そうすれば、教会の奴らも、君という『汚れた端末』には二度と触れられない」


 純白の光が、アルベルトの黒いノイズと混ざり合い、歪な「毒々しい紫色」へと変質していく。

 

 「……あ、は……。……アルベルト……熱い……。……脳の中が、……貴方で、いっぱい……」


 エレオノーラの瞳から、凛とした気高さが消える。

 代わりに宿ったのは、自分を汚し、壊し、そして守ってくれる男への、狂信的なまでの依存。

 

 共鳴汚染。

 聖女の座を奪い取るための「愛のハッキング」は、一人の少女の魂を、永遠に救いようのない深淵へと引きずり込んだ。



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