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第31話:女王の葬列 ― 絶望という名の救済

「……書けた。これだ。これが、俺の、俺たちだけの真実だ」


 午前4時。

 静まり返った自室。

 モニターの光に照らされた俺の顔は、幽霊のように青白かった。


 昨日、日本中の大型ビジョンをジャックし、何万もの人間の「本音」を晒し上げた。

 その醜悪なエネルギーをすべて吸い込み、俺の指先はタイプライターのように、

 あるいは処刑人の斧のように、最後の一行を刻み込んだ。


 俺は、震える手で『投稿』ボタンをクリックした。

 瞬間に、待機していた50万人の「共犯者」たちが、物語の深淵へと一斉にダイブする。


【小説内パート:『せいまも』第1部 最終章「女王の葬列」】


 王家主催の舞踏会。

 そこは、世界で最も「純白」に近い地獄だった。

 天井の巨大なクリスタル・シャンデリアが放つ光は、

 着飾った貴族たちの笑顔を照らし、甘い音楽が会場を包んでいる。

 だが、その空気には、肺が腐るような毒が混じっていた。

 聖女リリカルの固有魔法――「治癒(ギフト)」。


 会場にいるすべての人間が、彼女の可憐な微笑みに魂を明け渡し、

 その意思を彼女の操り糸に委ねている。

 

 その「糸」が、今、会場の中央で立ち尽くす一人の令嬢へと集中していた。


 「エレオノーラ公爵令嬢。……貴様の罪は、もはや明白だ」


 震えるような軽蔑を込めて告げたのは、この国の王太子、マクシミリアンだった。

 彼の隣には、今にも泣き出しそうな、あまりに可憐で、

 あまりに「性格の終わった」聖女リリカルが寄り添っている。


 「マックス様……。もう、それ以上は。

 エレオノーラ様も、きっと魔が差しただけなのです。

 私の食事に毒を混ぜたことも、私のドレスを切り裂いたことも……。

 私は、許してあげたいのです……っ」


 リリカルが顔を伏せ、肩を震わせる。

 その瞬間、会場の貴族たちの瞳に、ドロドロとした敵意が宿った。


 「なんてことだ。リリカル様はあんなに慈悲深いのに!」

 「エレオノーラ、あの傲慢な女狐め!」

 「死ね。この国の恥さらしが!」


 数千人の罵声が、波のようにエレオノーラを襲う。

 

 だが、エレオノーラは背筋を伸ばしたまま、微塵も動じなかった。

 彼女の美しい銀髪が、暴力的な言葉の風に揺れる。

 彼女は、何も言わない。

 反論したところで、この場の「正義」はすでにリリカルによって書き換えられているからだ。


 そのエレオノーラの背中を、一人の騎士が守っていた。


 アルベルト。


 彼は、リリカルによって「最も強力に魅了された騎士」として知られていた。

 王太子とともに、リリカルを神格化し、エレオノーラを追い詰める尖兵。

 

 今も、彼は虚空を見つめ、操り人形のように無感情な表情で立っている。


 「……アルベルト、お前も言え。この女がいかに醜いかを」


 マクシミリアン王太子が、勝ち誇ったように命じる。

 アルベルトは、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳の奥で、無数の幾何学模様が高速で回転していた。


 (……解析率、99.8%。……99.9%。……100%)

 (……「治癒(ギフト)」の全術式を捕捉。パッチ適用、開始)


 アルベルト――いや、現代日本からこの「攻略キャラ」に転生した男は、

 生前からの「最推し」であるエレオノーラを救うためだけに、この瞬間を待っていた。


 わざとリリカルの魔法に飛び込み、脳を焼かれるフリをしながら、

 1年という歳月をかけて、彼女の洗脳魔法を内側から「ハッキング」し続けてきたのだ。


 すべては、エレオノーラという唯一の「光」を護るために。


 「……ご苦労様。リリカル、そして王太子殿下」


 アルベルトが口を開いた。

 その声は、洗脳されていた時のような生気のないものではなかった。

 

 絶対的な知性を宿した、氷のように冷徹な声。


 「アルベルト? お前、何を……」


 「『治癒』。……術式、解除」


 アルベルトが指をパチンと鳴らす。

 その瞬間、目に見えない衝撃波が会場を駆け抜けた。


 舞踏会の空気を満たしていた、甘く、ねっとりとしたリリカルの魔力が、

 鏡が割れるような音を立てて、一気に霧散した。


 「――っ!?」


 真っ先に異変に気づいたのは、リリカルだった。

 彼女の「支配」が、文字通り跡形もなく消え去ったのだ。

 そして、次に異変が起きたのは、周囲の貴族たちだった。


 「あ……、あぁ……?」

 「私、……何を……」


 魅了が解けた瞬間、彼らの脳内に、

 「自分がこれまでエレオノーラに何をしてきたか」

 という事実が、暴力的な鮮明さでフラッシュバックした。


 何の意味もなく、一人の高潔な令嬢を罵倒し、

 ありもしない罪を着せ、嘲笑い、

 聖女という名の化け物を崇め奉っていた自分たちの醜態。


 「お、オエェッ!!」


 一人の貴族が、その場に崩れ落ち、自らの罪悪感に耐えきれず嘔吐した。

 連鎖は一瞬だった。

 会場のあちこちで、嗚咽が、絶叫が、そして頭を抱えてのた打ち回る音が響き渡る。


 豪華な舞踏会は、一瞬にして「公開懺悔室」へと変貌した。


 「アルベルト!! 何をした!! リリカルの魔法を……貴様!!」


 マクシミリアン王太子が剣を抜こうとする。

 だが、その手はガタガタと震えていた。

 彼自身の脳内にも、自らの「醜さ」が押し寄せているからだ。


 「何も。ただ、本来の自分に戻しただけだ」


 アルベルトは一歩、エレオノーラの前へ出た。

 その背中で、彼女を庇うように。


 「……リリカル。貴様の魔法は醜悪だな。

 人の善意を増幅させ、自分を愛するように書き換える。

 だが、書き換えられた善意は、消えるわけじゃない。

 圧縮された分だけ、解放された時の『揺り戻し』は凄まじいだろう?」


 「あ、あぁ……。いや、……見ないで。私を見ないでぇぇ!!」


 リリカルが頭を抱え、床に蹲る。

 魅了が解けた民衆たちの視線は、今や「元凶」である彼女に向けられていた。

 

 先ほどまでの熱狂的な愛は、そのまま180度反転し、

 殺意に近い憎悪となって彼女を突き刺す。

 アルベルトは、冷ややかに彼女を見下ろした後、

 まだ呆然と立ち尽くしている王太子へと視線を移した。


 「……そして、マクシミリアン殿下」


 「な、なんだ……! 私は王太子だぞ!! 私はただ、聖女に惑わされていただけだ!!」


 マクシミリアンが必死に叫ぶ。

 周囲の貴族たちは、魅了のせいであったと自分を正当化しようと泣き喚いている。

 だが、アルベルトの瞳だけは、彼を逃がさなかった。


 「……いや。ただし王太子。貴様はダメだ」


 アルベルトの声が、一際低く、会場の隅々まで響き渡った。


 「え……?」


 「魔法を解析して分かった。……貴様にかかっていた魅了は、他の連中よりもはるかに薄かったんだ。

 ……つまり、貴様は魅了のせいじゃない。

 心の底から、エレオノーラ様への悪事を楽しんでいただろ。」


 「なっ……!!」


 マクシミリアンの顔から血の気が引く。


 「自らより有能で、自らの至らなさを無言で指摘し続けるエレオノーラ様が、疎ましくて仕方がなかった。

 だから、リリカルの嘘を利用して、彼女を叩き落とす快感に溺れた。

 ……そうだろ?」


 「ち、違う! 私は、そんな……!」


 「嘘を吐くな。……貴様の脳内にあったのは、リリカルへの愛じゃない。

 エレオノーラ様を屈服させることで、ようやく保てる『無能な王太子のプライド』だ。

 ……魅了のせいにできる周囲の奴らとは違う。

 貴様の罪は、100%、貴様自身の意志だ」


 アルベルトが放つ威圧感に、マクシミリアンは膝をついた。

 

 豪華な絨毯の上で、王太子は漏らした。

 その醜態を見て、周囲の貴族たちさえも、軽蔑の眼差しを向ける。


 「……地獄の底で、悔い改めろ。貴様に王位を継ぐ資格など、塵一つ残っていない」


 アルベルトは、もはやゴミを見るような視線さえに送らなかった。


 彼は、ゆっくりと振り返った。

 そこには、ようやく状況を把握し、

 瞳に微かな涙を浮かべたエレオノーラが立っていた。


 「……アルベルト。貴方、どうして……。

 私のような、女のために……。」


 アルベルトは、彼女の手を優しく取った。

 その手は、先ほどまで王太子を追い詰めていた冷徹な騎士のものとは思えないほど、温かく、震えていた。


 「……何をおっしゃるのです、エレオノーラ様。

 ……俺は、この日のために、この世界に生まれてきたのですから」


 周囲では、発狂した貴族たちが壁に頭を打ち付け、

 リリカルは自らの髪をかきむしりながら、無意味な言葉を叫び続けている。


 燃え落ちるような夕日が、窓から差し込み、地獄のような舞踏会を赤く染め上げる。

 その中心で、アルベルトはエレオノーラに跪き、騎士の礼を取った。


 「……さぁ、行きましょう。

 ……こんな、偽りの光しか守れない国など、もう捨てるべきだ。

 ……俺の『毒』は、これからは貴女の道を守るためだけに使いましょう」


 エレオノーラは、アルベルトの手を強く握り返した。


 「……ええ。……行きましょう。アルベルト」


 二人は、地獄絵図と化した会場を、一度も振り返ることなく去っていった。

 

 背後で、シャンデリアが派手な音を立てて落下した。

 まるで、一つの時代の終焉を告げる、弔鐘のように。


 【『乙女ゲーの攻略キャラに転生したが、性格終わってる聖女から悪役令嬢を護ります。』第1部・完】


 画面は、白く発光したまま、動かなかった。

 コメントの流速が、あまりの衝撃に計測不能エラーを起こしている。

 

 俺は、キーボードに額を押し当てた。

 

 「……あぁ、……出し切ったぞ」

 これが、俺の書きたかった「毒」だ。

 

 安易な暴力ではない。

 本人が最も誇りに思っていたものを、

 本人の意志によって、徹底的に破壊する精神の地獄。

 

 そして、それらすべてを「推しへの愛」という究極の純愛でコーティングした。


【コメント欄】

::……。

::……おい。

::王太子への「貴様はダメだ」で、震えが止まらん。

::洗脳されてた周囲よりも、自分の意志で悪事を楽しんでた奴が一番罪が重い……。

::これ、今の社会の縮図じゃねーか。

::【¥1,000】……綴。……お前、最高だ。これ以上のエンディングはねえ。

:[軍師]:……フッ。……圧勝だな。

:[軍師]:解析魔法の術式記述、完璧だった。……これで、模倣者たちは二度と立ち上がれない。


 虹色のスパチャが、降り注ぐ雨のように画面を埋め尽くす。

 

 だが、俺が一番救われたのは、

 あの地下アトリエで絶望を描き続けていたクロエの言葉だった。


【コメント欄】

:[クロエ]:……綴。

:[クロエ]:……ありがとう。

:[クロエ]:……私の両親を壊した『聖女』が、今、画面の中で死んだわ。

:[クロエ]:……私の物語も、今、ここから始まる。


「……クロエさん」


 俺は、モニターの向こう側にいる彼女へ、小さく頷いた。

 窓の外の空は、舞踏会と同じような、燃えるような赤に染まっていた。

 

 一条さんから、着信が入る。


 「……先生。お見事です。

 ……今、この作品の同時接続読者数が、歴史上初めて100万人を突破しました。

 ……おめでとうございます。

 ……貴方は、今日から、この国の『絶望』という名の神様になりましたのよ」


「……神様なんて、ガラじゃないですよ」


 俺は立ち上がり、大きく伸びをした。


「……ただ、腹が減りました。

 ……コタロー、散歩に行こうぜ。

 ……今日は、昨日よりも少しだけ、胸を張って歩ける気がするんだ」


 銀凪綴の戦いは、ここで一度終わる。

 だが、彼が世界に放った「毒」は、

 これからも数え切れないほどの人間の脳をハッキングし、

 新しい真実を見せ続けるだろう。

 日常という名の、美しき地獄の中で。



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