第27話:コミカライズ第1回掲載。有害図書指定の騒動
「……一条さん。これ、笑い事じゃねーぞ。……ネットニュースのトップに載ってるじゃねーか!!」
深夜、俺の自室に響くのは、驚きと興奮が混じった叫びだった。
ついに公開された『せいまも』コミカライズ第1話。
テツ(クロガネ)の野蛮な筆致と、クロエが提供した「美しすぎる仮面」が融合したその1ページ目は、配信アプリのサーバーを物理的に焼き切るほどの衝撃を世間に与えた。
だが、その結果もたらされたのは、単なる称賛ではなかった。
【ニュース見出し】
『人気小説のコミカライズ版、描写が「過激すぎる」と物議。自治体から有害指定を求める声も』
『SNSで拡散される「絶望の1ページ」。保護者団体から出版元へ抗議文』
「……お、おい。……有害図書指定の検討、だと?」
俺はモニターを指差しながら、ビデオ通話の先にいる一条さんに詰め寄った。
画面の中の「親衛隊」アイコンは、紅茶でも飲んでいるかのような、優雅で不敵な沈黙を守っている。
【コメント欄】
::有害図書きたああああああああ!!
::勲章だろこれwww
::テツ先生、マジでやりすぎたな(最高)
::あの聖女の『中身』が見えちゃうシーン、あれは確かに地上波じゃ無理だわ。
:[軍師]:……フッ。計算通りだな、一条。
:[剣呑]:おい綴、ビビってんのか? むしろここからが本番だろ。
「ビビってんじゃねーよ! ただ、いきなりお巡りさんが来たら怖いだろーが!!」
【コメント欄】
:[親衛隊]:……ふふ。先生、ご安心を。
:[親衛隊]:すべては、わたくしが描いたプロット通りですわ。
:[親衛隊]:『良識ある大人たち』が騒げば騒ぐほど、子供たちは禁じられた果実を求めて手を伸ばす……。この抗議文一通につき、単行本の予約が千冊増えている計算になりますの。
「……確信犯かよ、この女帝……!!」
一条さんは、この「有害」というレッテルを、最高の『宣伝文句』に作り替えてしまった。
だが、事態はそれだけでは収まらなかった。
配信中の俺の目に、一つの異様なコメントが飛び込んできた。
【コメント欄】
:[通りすがりの正義漢]:銀凪綴さん、聞こえますか? あなたの書いていることは、社会の倫理を破壊する犯罪的行為です。
:[通りすがりの正義漢]:私たちは、あなたの『正体』を突き止め、公的な場での謝罪を求める準備をしています。
一瞬、部屋の温度が下がった気がした。
これまでのアンチとは違う、どこか「組織的」で「冷ややかな」殺意。
【コメント欄】
::うわ、特定班か?
::正義の味方()さん、お疲れ様ですw
:[剣呑]:おい、今さら何言ってんだ。綴の正体なんて、俺たちが守り切ってやるよ。
:[軍師]:……綴、動くな。
「……軍師?」
【コメント欄】
:[軍師]:……そのIP、すでに解析済みだ。
:[軍師]:シュウエイサの息がかかった広報代理店……の、フリをした『愉快犯』だな。
:[軍師]:綴、今夜はこいつらを使って、最高の『ディベート』をしようじゃないか。
軍師の声が、電子の波を通して俺の脳を叩く。
「……あ、あはは……。そうか、そうだよな。
俺たちが『有害』だって言うなら、見せてやろうじゃねーか!!
本当の『有害』が、何なのかをよ!!」
俺はキーボードを叩き、配信タイトルを爆速で更新した。
【緊急特番:有害図書VS銀凪綴 〜お前らの『正義』を解剖してやるよ〜】
「いいか、そこの『正義漢』さんよ!!
あんたは、俺の物語が子供たちの倫理を壊すと言ったな?
……笑わせんじゃねえ。
子供たちが本当に壊れるのはな、現実の理不尽に直面した時、誰も『絶望の歩き方』を教えてくれないからだ!!
大人が用意した綺麗な嘘、ハッピーエンド、救済……。
そんなもんに守られて育った奴が、社会に出た瞬間、アルベルトのような地獄に叩き落されたらどうなる!?
……死ぬんだよ!! 絶望の使い方も、憎しみの燃やし方も知らねーからな!!」
俺の咆哮に、コメント欄の流速が1.5倍に加速した。
「『せいまも』はな、毒じゃない!!
未来の絶望に対する、【生体ワクチン】なんだよ!!
あらかじめこの物語で地獄を疑似体験しておけば、現実の理不尽に出会っても、『ああ、アルベルトに比べりゃマシだな』って笑ってやり過ごせる。
……お前らが守ろうとしている『倫理』ってのは、ただの『思考停止』じゃねーのか!?」
【コメント欄】
::ワクチンwww 言い返せねえwww
::確かに、この本読んでから上司のパワハラが『聖女リリカルに比べたら可愛いもん』って思えるようになったわ。
::【¥50,000】綴、最高だ。その論理で殴り殺せ!!
:[鉄]:へへっ、いいぜ綴。俺の絵が有害なら、もっと有害にしてやる。
:[鉄]:第2話は、アルベルトが聖女の『信者たちの脳』を物理的にハッキングするシーンだ。……筆が乗ってきたぜ。
【コメント欄】
:[クロエ]:……有害なのは、真実から目を逸らさせる『美しい物語』の方よ。
:[クロエ]:私は、綴のこの毒を、世界で一番美しくパッケージングし続ける。……文句があるなら、私の絵以上の『救い』を持ってきなさい。
クリエイターたちの連帯。
リスナーたちの熱狂。
そして、一条の冷徹な計算。
「正義漢」を名乗っていたアカウントは、もはや反論することさえできず、圧倒的な「悪」の論理の前に沈黙した。
「……一条さん。これでいいか?」
【コメント欄】
:[親衛隊]:満点ですわ、先生。
:[親衛隊]:今、この配信の切り抜きが拡散され、さらに予約数が増えています。
:[親衛隊]:有害図書指定の検討? ……どうぞ、ご自由に。
:[親衛隊]:その指定を受けた瞬間、『せいまも』は全人類が『隠れてでも読まなければならないバイブル』へと進化しますの。
夜。
エアコンの効いた部屋で、俺は コタロー の頭を撫でながら、静かに笑った。
「……さて、お前ら。……戦いはこれからだ。
……社会が俺を拒絶するなら、俺は社会の外側に、新しい『帝国』を作ってやる。
……ついてこれる奴だけ、ついてこい!!」
銀凪綴の「毒」は、もはや単なる創作の域を超え、現実の倫理観という名のシステムを、内側から確実にバグらせ始めていた。
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