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第28話:神絵師クロエの深淵。地下アトリエでの邂逅

「……本当に、ここなのか?」


 都内某所。煌びやかな表通りの喧騒を抜け、一条さんに用意された車が止まったのは、築数十年のうらぶれた雑居ビルの地下駐車場だった。

 カビの臭いと、排気ガスの焦げたような匂いが混じる空間。

 俺はウニクロのパーカーのフードを深く被り、スマホの画面に映る住所を何度も確認した。


 『地下2階。非常階段の裏にある鉄の扉を開けてください』


 クロエさんから届いた、簡潔な指示。

 『せいまも』の成功を支える最大の功労者であり、俺の脳内にあるアルベルトを、俺自身より美しく描き出す謎の絵師。

 今日、俺は初めて彼女と「リアル」で対面する。


 「……ふぅ、行くか」


 重い鉄の扉を押し開けると、そこには外の世界とは完全に隔絶された「白」の空間が広がっていた。

 四方の壁がキャンバスで埋め尽くされ、床には数え切れないほどの絵具の飛沫が散っている。

 そして、その中央。

 巨大な液タブに向かい、執念を感じさせる速度でペンを走らせる、一人の女性がいた。


 「……遅かったわね、綴」


 彼女は振り返らなかった。

 細い肩、色素の薄い銀髪に近い髪。

 そして、その瞳に宿っているのは、配信で見ていたあの「冷徹な美学」そのものだった。


「……クロエ、さん。……あんた、ずっとこんな場所で『アルベルト』を描いてたのか?」


 俺が部屋を見渡すと、壁に貼られた無数のラフが目に入った。

 それは、書籍版にも、配信でも出していない、さらに凄絶な――聖女リリカルに心を壊され、ボロ雑巾のようになったアルベルトの、絶望の「習作」たちだった。


「……ええ。光の入る場所では、彼の影は描けないもの」


 クロエはペンを置くと、ゆっくりと立ち上がった。

 驚くほど若く見えるが、その立ち振る舞いには、数多の修羅場を潜り抜けてきたような重圧がある。

 

「一条から聞いたわ。……視覚共有配信をやるんですってね。

 ……綴。貴方は、自分の『眼』が世界に見られる覚悟が、本当にできているの?」


「……できてる、と言わなきゃ、ここには来れなかった」


「そう。……なら、これを見て」


 彼女が画面に映し出したのは、次巻のカバーイラストのラフだった。

 そこには、鏡の中の自分を、喉を掻きむしりながら見つめるアルベルト。

 だが、鏡に映っているのはアルベルトではなく、彼が最も憎む『聖女の微笑み』を浮かべた、怪物としての自分だった。


「……っ……!!」


 俺は息を呑んだ。

 脳が、焼かれるような衝撃。

 俺が20話かけて描いてきた「自己嫌悪」と「変質」の全てが、この一枚の絵に凝縮されていた。


「……どうして、ここまで描けるんだ?

 ……あんた、本当は何者なんだよ、クロエ」


 クロエは少しだけ、悲しげに口角を上げた。


「……私は、かつて『本物』の聖女に、全てを奪われた人間よ」


「……え?」


「……比喩ではないわ。……かつて、ある宗教団体が私の村を『救済』した。

 彼らは愛と平和を説きながら、村人たちの財産と、思考と、最後には家族の絆さえも『慈愛』という名の毒で塗り潰した。

 ……私の両親は、聖女を名乗る女の足元で笑いながら、自分の指を切り落として捧げた。……それが『救い』だと信じ込まされて」


 彼女の声は、震えていなかった。

 ただ、絶対的な殺意が、結晶となってその言葉に宿っていた。


「……だから、私は描き続けている。

 ……あの『偽りの光』の裏側にある、真っ黒な内臓を。

 ……綴。貴方の物語を読んだ時、私は確信した。

 ……この男だけが、私の『絶望』を言語化してくれる。……この男の毒なら、あの聖女を殺せると」


 俺は震えた。

 俺とリスナー達が、鬱屈とした感情を吐き出すために始めた『せいまも』が、

 一人の女性の、人生を懸けた「復讐の道具」になっていた。


「……クロエ……」


「……さぁ、綴。……ペンを持って。……いえ、キーボードを叩いて。

 ……貴方の『視覚』を世界に晒す日が、近づいている。

 ……その時、世界中の人間に、見せてあげなさい。

 ……私たちが、この地下で見ている、本当の『絶望』を」


 彼女は俺の手を握った。

 その手は、冷たくて、でも、火傷しそうなほど熱かった。

 ホテルへ戻る車の中。

 俺はスマホを起動し、配信を開始した。

 

 深夜。同接数は、もはや常時10万人を超えようとしている。


「……あー、お前ら。……聞いてくれ。

 ……今日、俺は『本物』に会ってきた。

 ……軍師、剣呑、ござる。……そして、今これを見ている全ての共犯者たち」


 クロエの想いを皆に伝える俺の声は、自分でも驚くほど低く、響いていた。


「『せいまも』は……もう、ただの物語じゃねえ。

 ……これは、俺たちが世界に仕掛ける、本気の『テロ』だ。

 ……クロエの想い、テツの熱量、そして俺たちの怒り。

 ……全部混ぜて、誰も見たことのない地獄を作ってやる。

 ……軍師。……例の『視覚共有』の最終調整、急いでくれ。

 ……一条さん。……宣伝費、さらに倍にしろ。

 ……俺たちの毒で、日本中の『聖女(綺麗な嘘)』を、全員引きずり下ろしてやるよ!!」


【コメント欄】

:[軍師]:……フッ。顔つきが変わったな、綴。……承知した。準備は完了している。

:[剣呑]:おい、綴のやつ、マジでヤベぇ目してんぞ。……最高だ!!

:[ござる]:「ぬおおおおお!! 拙者、クロエ殿の想いを聞いて、もはや涙が止まらぬでござる!! 全軍、突撃でござる!!」

:[親衛隊]:……よくぞ、深淵から戻ってこられましたわ、先生。

:[親衛隊]:……さぁ、世界を汚染する『祝祭』の始まりですわ!!


 夜は、もうすぐ明ける。

 だが、その先にあるのは希望の光ではない。

 銀凪綴と、狂ったクリエイターたちが作り出した、完璧なる「絶望」の夜明けだった。



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