第25話:円卓の騎士、内部分裂!? 古参と新参の対立
「……なぁ、皆。……なんか、最近のコメント欄、少し雰囲気が変わったよな」
深夜。アニメ化決定と『視覚共有プロモーション』の発表から数日。
配信を開始した俺の目に飛び込んできたのは、かつてないほどの勢いで流れる、だがどこか「よそよそしい」コメントの濁流だった。
現在の同接数は、驚異の8万人。
『せいまも』の書籍は累計200万部を突破しようとしており、もはや「なれ」の話題作という枠を完全に超えていた。
【コメント欄】
::綴、アニメ化おめでとう! 声優は誰になるの?
::今日初めて配信見に来ました! 書籍版から入ったけど、アルベルト様かっこよすぎ!
::全年齢版のクオリティ凄かった……一条さんの加筆、神だわ。
::最近トレンドでよく見るから来てみたけど、結構まともな配信なんだね。
一見すれば、誰もが羨む「成功者」の配信風景。
だが、そのキラキラした称賛の合間に、かつての「円卓の騎士」たちや、初期から俺のドロドロとした毒を愛してくれたリスナーたちの、沈黙と微かな不満が混じっていた。
【コメント欄】
:[剣呑]:……。
:[ござる]:「……なんだか、お祝いの言葉がいっぱいで、拙者の出る幕がないでござるな……」
::古参勢D:なぁ、綴。……今日のディベート、本気でやるのか?
::古参勢D:今のコメント欄、ちょっとしたグロ描写でも『通報』とか言い出す奴ばっかだぞ。
「……分かってる。分かってるよ」
俺はマイクを切り、深く溜息をついた。
今、俺の目の前には二つの巨大な勢力がある。
一つは、書籍版から入ってきた「商業クオリティ重視派」。
彼らは洗練された心理描写や、一条さんの手によって磨かれた「物語としての美しさ」を愛している。
もう一つは、初期からの「R15・劇薬重視派」。
彼らは、俺が配信で垂れ流していた、誰にも見せられないような醜い殺意や、倫理の境界線を踏み越えるような生々しい毒を求めている。
その対立が、一つの議題をきっかけに爆発した。
「……よし、今日の議題だ。……第25話、アルベルトが聖女リリカルに『最初の反撃』を仕掛けるシーン。
書籍版では、心理的なトラップで彼女を精神的に追い詰める形にしたが……。
……配信限定の、いわゆる『なれ版』の構想では、もっと直接的な……肉体的な絶望をぶつける予定だった」
その言葉を投げた瞬間、コメント欄が真っ二つに割れた。
【コメント欄】
:[新参ファンA]:え、そんなの必要? 心理戦の方が格好いいじゃん。
:[新参ファンB]:あんまりエグすぎるのは引くわ……。全年齢で楽しめるのが『せいまも』の良さでしょ。
:[剣呑]:……は? 何言ってんだお前ら。
:[剣呑]:綴の真骨頂は、その『引き際を知らねぇエグさ』だろ。
:[剣呑]:最近の綴は、商業の顔色を伺って、毒を薄めてるようにしか見えねーんだよ!!
:[ござる]:「左様でござる! 拙者たちが震えたのは、あの日の配信で見せた、誰にも救いを与えない剥き出しの刃でござる! 今の綴殿は、綺麗に研がれすぎて、ただの置物になってるでござるよ!!」
「剣呑……ござる……」
胸の奥がチクリと痛んだ。
確かに、書籍化にあたって、俺は一条さんの指示で描写を「整理」した。
それはプロとして、より多くの人に届けるための、正しいブラッシュアップだったはずだ。
だが、初期からのリスナーにとっては、それは俺たちの「聖域」が汚染され、薄められていく過程に見えたのだ。
【コメント欄】
:[新参ファンC]:古参がマウント取ってて草。
:[新参ファンC]:今のクオリティの方が高いのは事実じゃん。昔の荒削りなやつなんて、ただの自己満足でしょ。
:[剣呑]:自己満足だと!? ぶっ殺すぞ!!
:[軍師]:……落ち着け。
軍師の一言で、一瞬だけコメントの流速が落ちた。
【コメント欄】
:[軍師]:綴。……お前は今、岐路に立っている。
:[軍師]:『大衆に愛される名作』を作るのか。それとも、『一部の狂信者を一生縛り付ける劇薬』であり続けるのか。
:[軍師]:お前が捨てた『原初の毒』は、果たして本当に不要な贅肉だったのか? それとも、お前の魂の核だったのか?
「……軍師……」
俺はキーボードを叩く指が震えるのを感じた。
一条さんとの約束。商業的な成功。100万部の重み。
その一方で、あの茶畑の夜、数人しかいなかった初期の配信で、「綴の毒、最高だぜ」と言ってくれた彼らの熱量。
(……どっちも、俺なんだ)
俺は、マイクのゲインを上げ、今日一番の、いや、人生で一番の「本気」で語り始めた。
「――お前ら、全員黙れ。……今から、俺の答えを言う」
画面越しの8万人が、息を呑む。
「……書籍版の、一条さんと練り上げた『心理的な絶望』。……あれは、完璧だ。俺はあの一行一行に誇りを持ってる。
……だが。
剣呑やござる、お前たちが愛してくれた、あの泥臭くて、救いようのない『生の殺意』。
……あれを捨てたわけじゃねえ。
いいか。……俺は、決めたぜ。
『せいまも』は、二つの顔を持つ怪物にする。
書籍版やアニメ版は、表の顔だ。
極限まで磨き抜かれた、誰もが飲み込めるが、後から効いてくる『遅効性の毒』。
……だがな。
この『配信』と、なれの『限定公開』だけは……俺の、そしてお前たちの、【完全解禁の実験場】であり続ける!!
ここには、商業のコンプライアンスも、一条さんの修正も入らねえ。
俺の脳が、お前らの狂気が、そのまま言葉になって溢れ出す、最果ての掃き溜めだ!!
新しく来た連中、怖かったら今すぐ帰れ。
古参の連中、……お前らが求めてる『劇薬』は、ここにある。
俺を信じろ。……俺は、お前らを置いていったりしねえ!!」
俺の咆哮に、一瞬の静寂が訪れ、そして――
【結果:Yes 100.0% / No 0.0% (投票数:82,158)】
アンケートを取ったわけではない。
だが、画面は、まるで「100%アンケート」のあの日のように、虹色のスパチャと、新旧入り乱れた熱狂のコメントで埋め尽くされた。
【コメント欄】
:[剣呑]:【¥50,000】……ちっ、生意気言ってんじゃねーよ。
:[剣呑]:……分かったよ。その『掃き溜め』、最後まで付き合ってやる。
:[ござる]:「ぬおおおおお!! 綴殿!! 拙者、一生付いていくでござる!! R15だろうがR18だろうが、拙者の魂はここにあるでござるよ!!」
:[新参ファンA]:……なんか、よく分かんないけど凄い。
:[新参ファンA]:その『裏の顔』も、見せてくれよ。綴!!
古参の不満は、綴の「覚悟」によって、より強固な忠誠心へと変わった。
新参の困惑は、未知の「深淵」への好奇心へと変わった。
「……一条さん。聞いてたか?」
俺は画面越しに、沈黙を守っていた「親衛隊」に問いかけた。
【コメント欄】
:[親衛隊]:……。
:[親衛隊]:ええ。……先生。貴方は本当に、商売人泣かせの『化け物』ですわね。
:[親衛隊]:……分かりました。書籍版はわたくしが『光の絶望』として最高傑作に仕上げます。
:[親衛隊]:その代わり……その『裏の実験場』で、思う存分毒を研ぎなさい。……それがいつか、本物の『刃』になる日のために。
コミュニティの分裂という最大の危機は、綴の「二面性」を認めることで、かつてないほどの巨大なエネルギーへと昇華された。
だが、その熱狂の最中。
画面には、誰も予想しなかった「コメント」が投稿された。
【コメント欄】
:[クロエ]:……綴。
:[クロエ]:さっきのアルベルトの反撃シーン。……貴方の言った『なれ版』の描写……。
:[クロエ]:……美しくないわ。……そんなの、アルベルトじゃない。
「……え、クロエ!?」
【コメント欄】
:[鉄]:……おいおい。クロエ。
:[鉄]:俺は、今の綴の『生の殺意』の方が、漫画として映えると思うぜ。
:[鉄]:むしろクロエの絵は、ちょっとお上品にまとまりすぎてんだよ。
神絵師クロエ、そして漫画家のテツ。
この物語の「ビジュアル」を支える二人の巨頭が、綴の目の前で、静かに牙を剥き始めた。
「……ちょ、ちょっと待て。二人とも……!?」
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