第24話:一条の「次なる一手」。アニメ化への布石と顔出し問題
「――アニメ化、だ。……今の、聞き間違いじゃねーよな?」
深夜。書籍発売から一週間。重版に次ぐ重版で、日本中の本屋から『せいまも』の在庫が消えた異常事態の中、俺は一条さんと緊急のビデオ通話(アバター越し)を繋いでいた。
画面の向こう、一条さんのアイコンはいつも以上に冷たく、気高く輝いているように見えた。
【コメント欄】
::アニメ化!?!? マジかよ!!
::発売一週間でそんな話が出るのか!?
::【¥10,000】おめでとう綴!! 伝説の始まりだ!!
:[軍師]:……フッ。早すぎるが、妥当な流れだな。この数字を見れば、どのスタジオも放っておかない。
:[剣呑]:おいおい、アニメであのエグいシーン再現できんのかよ。放送コード大丈夫か?
「……正直、震えが止まらねえ。俺の物語が、動いて、喋るのか……?」
俺は高揚感に包まれていた。自分の生み出したアルベルトやエレオノーラ様が、最高の作画と声優の演技で命を吹き込まれる。それは作家にとって、至高の報酬だ。
だが、一条さんの次の一言が、その熱狂を氷点下まで冷やした。
【コメント欄】
:[親衛隊]:ええ、先生。すでに国内最大手のスタジオ数社が、制作委員会の椅子を争っておりますわ。
:[親衛隊]:ですが、わたくしが突きつけた条件は一つ。……『制作費を全額カドカワレが持ち、一切の表現規制を許さないこと』。
:[親衛隊]:そしてその代わりに。……先生、貴方には『顔出し(リアルプロモーション)』をしていただきますわ。
――一瞬、心臓が跳ね上がった後、血の気が引くのが分かった。
「……は!? 顔出し……? 一条さん、今なんて言った?」
【コメント欄】
:[親衛隊]:言葉通りの意味ですわ。
:[親衛隊]:今回のプロジェクトは、これまでのラノベアニメの枠を超えた、巨大な『社会実験』。
:[親衛隊]:この絶望を描いた謎のV・銀凪綴が、実はどのような人物なのか……。お面や加工があっても構いません。ですが、地上波の特番や、大規模なリアルイベントで、貴方の『実体』を晒す必要がありますの。
「……無理だ!! 冗談じゃねえ!!」
俺は思わずマイクに向かって叫んでいた。
「俺がなんでVで活動してるか、あんた分かってるだろ!?
この『日常』を守るためだ。静かな街の片隅で、ただの男として、穏やかに暮らすためなんだ。
顔を出して、もし特定されて、この景色まで『聖地』だなんだと荒らされたら……俺の物語(毒)は、どこから生まれてくればいいんだよ!!」
【コメント欄】
::……綴、マジで嫌がってるな。
::でも、今の時代、作家のタレント化はセットみたいなもんだし……。
::【¥2,000】綴の顔、見たい気もするけど……でもVとしての神秘性が消えるのは寂しい。
:[ござる]:「ぬおおお! 拙者、綴殿のプライバシーを死守するでござる! 一条殿、それはあまりに無慈悲でござる!!」
コメント欄が真っ二つに割れる。
一条への反発。そして、綴の正体への好奇心。
その混沌とした空気の中、一条の冷徹な「論理」が叩きつけられた。
【コメント欄】
:[親衛隊]:甘いですわ、先生。
:[親衛隊]:貴方はもう、ただの『個人』ではない。100万部を動かし、日本中の倫理観を揺さぶる『教祖』なのです。
:[親衛隊]:匿名性の影に隠れて、安全な場所から石を投げ続ける……そんな卑怯な者の言葉が、いつまで人々の心に深く刺さり続けるとお思いですか?
:[親衛隊]:本当の絶望を売りたいのなら。……貴方の『肉体』という代償を、市場に差し出しなさい。それが、プロの覚悟というものですわ!!
「……っ……!!」
ぐうの音も出ない。
一条さんの言うことは、商業としては正論だ。
ミステリアスな作家が、ついにその沈黙を破る。その話題性だけで、アニメの視聴者数は跳ね上がるだろう。
だが、俺の中にいる「地方の青年」としての自分が、必死にブレーキを踏んでいた。
(もしバレたら……。会社を辞めて、やっと手に入れたこの穏やかな執筆生活が……。コタロー(犬)との散歩の時間も、スーパーでの買い物も、全部『監視』されるのか?)
その時、沈黙を守っていた「軍師」が動いた。
【コメント欄】
:[軍師]:……待て、一条。お前の戦略は正しいが、綴の懸念もまた、作品の質に関わる。
:[軍師]:『せいまも』の毒は、綴が「普通」の人間であるからこそ、そのギャップで猛威を振るうんだ。
:[軍師]:もし彼がカリスマ的なアイコンとして固定されれば、それはただの『ファンタジー』に成り下がる。
「軍師……!」
【コメント欄】
:[軍師]:綴。……一条に、代案を提示しろ。
:[軍師]:『顔を出す』こと以上のインパクトを、お前の『言葉』と『演出』で作り出せ。
:[軍師]:一条を……そして制作委員会という名の強欲な大人たちを黙らせる、圧倒的な『代替案』をな。
俺は、キーボードに置いた指先に力を込めた。
(代替案……。顔を出さずに、顔を出す以上の話題性と、覚悟を見せる方法……)
俺は脳をフル回転させた。
リスナー4万人の視線。一条さんの冷徹な監視。軍師の試すような沈黙。
「……よし。……一条さん、提案だ。
……俺の顔なんて、出したところでただの『男』だ。そんなもん、三日で飽きられる。
……だったら、こうしよう。
『銀凪綴』の正体……その発表イベントを、【完全VR・同時多発テロ形式】で行う!!」
【コメント欄】
::テロ形式!?
::何だそれ、不穏すぎるぞw
:[剣呑]:へへっ、いいぜ。もっと詳しく聞かせろよ。
「アニメの特番の日。……都内主要都市の街頭ビジョン、そしてネットのあらゆる広告枠を、俺がハッキングした体でジャックする。
そこで俺は、お面も被らず、モザイクもなしでカメラの前に立つ。
……ただし。
映像は、俺の『網膜』が見ている風景そのものをリアルタイムで投影するんだ!!
俺の顔を晒すんじゃない。
俺が、何を見て、何を美しいと思い、何を憎んでこの物語を書いているか……。
『綴の視覚』そのものを、日本中の人間に共有させる!!
作家の顔なんてどうでもいい。
俺の『眼』を通して、このクソみたいな、でも愛おしい現実を、何十万人、何百万人に同時に見せてやる。
……俺のプライバシーを売るんじゃない。……俺の『視界(魂)』を、世界に売り渡してやるよ!!」
一気にまくしたてた俺の言葉に、配信画面が震えた。
【コメント欄】
::……視覚共有。
::俺たちが、綴の目になって世界を見るのか……。
::それ、顔出しなんかより、よっぽどプライベートの切り売りじゃねーか!!
::【¥10,000】最高だ……。綴の見てる世界を、俺も見たい!!
:[軍師]:……悪くない。
:[軍師]:作家が何を見ているか。……それは、顔立ちよりも遥かに、その人間の本質を暴くからな。
:[剣呑]:おもしれぇ。……それなら、一条も文句ねーだろ。
俺は、ゴクリと唾を飲み込み、一条さんの返答を待った。
数秒の沈黙。……それは、永遠のようにも感じられた。
【コメント欄】
:[親衛隊]:……ふふ。
:[親衛隊]:先生……貴方は本当に、わたくしの想像を超えた『変態』ですわね。
:[親衛隊]:……分かりました。その条件、制作委員会に叩きつけてきますわ。
:[親衛隊]:『作家の魂を、リアルタイムで放送する』……。これ以上のプロモーション、ありませんわ!!
「……よっしゃああ!!」
俺は椅子から立ち上がり、拳を突き上げた。
顔出しという最大の危機を、さらに過激な「狂気」で上書きして突破した。
だが、それは同時に、俺の視界……つまり、俺の住んでいる場所や、俺の愛する コタローや、俺の執筆環境が、常に『特定』の危険に晒されることを意味していた。
「……やるぞ、軍師、剣呑、ござる。
……俺の眼を、世界にくれてやる。
……その代わり、アニメのクオリティ……一切の妥協は許さねえからな!!」
夜。
俺は、窓の外の暗闇を見つめた。
もうすぐ、俺の瞳に映るこの景色が、日本中のビジョンをジャックする。
銀凪綴という怪物は、ついにアバターという殻を内側から突き破り、現実世界という戦場へと、その触手を伸ばし始めていた。
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