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第23話:『せいまも』発売! 読者の「脳」が焼かれる日

「……おい、嘘だろ」


 発売当日の午前10時。

 配信を繋ぎっぱなしで朝を迎えた俺は、モニターに流れる異様な光景に目を疑った。

 ツブヤイターのトレンド1位から5位までが、全て『せいまも』関連のワードで埋め尽くされている。


『#せいまも封印解除』

『#アルベルトの絶望』

『#リリカルの笑顔が怖い』

『#一気読み注意』

『#メンタル終了』


 ハッシュタグを追いかけると、そこには阿鼻叫喚の感想が並んでいた。


 「ラノベだと思って読んだら、心臓を素手で掴まれた」

「聖女の魔法シーンで本気で吐き気がした(褒め言葉)」

「読み終わった後、自分の幸せが申し訳なくなる」……。


 一条が仕掛けた『黒いカバー』を剥ぎ取り、毒を飲み干した読者たちが、次々と「中毒症状」を起こしていた。


【コメント欄】

::読了……。手が震えて次の本が読めない。

::綴、お前なんてものを作ったんだ……最高だ、畜生。

::本屋で3冊買ってきた。保存用、布教用、そして……絶望用。

:[軍師]:……フッ。パンデミックの開始だな。

:[剣呑]:おい、それよりこれを見ろ! 神崎三郎先生が動いたぞ!!


 俺の心臓が跳ねた。

 神崎三郎。昨日の今日までランキング1位を争い、シュウエイサが送り出した「王道」の巨星。

 彼が自身の公式アカウントで、一通の長いポストを投稿していた。


 『……今朝、封印を解き、銀凪綴先生の『せいまも』を一気読みしました。

 読み終えた後、私はしばらくペンを持つことができませんでした。

 私が描いてきた「救い」や「慈愛」が、いかに浅瀬の光であったかを突きつけられた気分です。

 この作品が持つ「毒」は、私には一生かかっても作れないものです。……正直、恐ろしい。

 ですが、これほどまでに心に傷を刻む物語に出会えたことに、一人の作家として最大級の敬意を。

 銀凪先生。貴方は私にとって、最も遠く、そして最も超えたいライバルになりました。

 素晴らしい地獄を、ありがとうございます』


 画面が、一瞬の静寂の後に爆発した。

 神崎先生のファン、そして『せいまも』のリスナー。相反する二つの陣営が、その「王者の言葉」に震えた。


【コメント欄】

::神崎先生……なんて器のデカさだ……。

::なんてこった!これ「戦い続けよう」っていうエールだろ!

::王道と邪道が、互いを認め合った瞬間かよ……。熱すぎるだろ。

:[親衛隊]:……ふふ。神崎先生、やはり一流ですわ。

:[親衛隊]:彼が認めたことで、この作品は「過激なだけの異端児」から「王道と対をなす正統なる怪物」へと昇格しましたのよ。


「……神崎先生……」


 俺は、モニターに映る神崎先生の言葉を何度も読み返した。

 あんな雲の上の存在が、中部地方の片隅で震えながらキーボードを叩いている俺を、「ライバル」と呼んでくれた。

 喉の奥が熱くなり、視界が少しだけ滲む。


「……っ、……あー、お前ら!!

 聞いたか!? 神崎先生が、俺をライバルだってよ!!

 ……だったら、もう逃げも隠れもできねえな!!」


 俺は立ち上がり、マイクに向かって咆哮した。


「神崎先生!! 見ててくれよ!!

 あんたが作る『光の世界』が眩しければ眩しいほど、俺の『影』は深く、鋭くなる。

 あんたが読者を癒やすなら、俺は読者をぶち壊して、その破片から新しい魂を作り直してやる!!

 ……これが俺の、あんたへの返答だ!!」


【コメント欄】

:[軍師]:……良し。それでこそ、俺たちの王だ。

:[剣呑]:へへっ、面白くなってきやがった。

:[剣呑]:王道と邪道のデスマッチ、特等席で見守らせてもらうぜ!!

:[ござる]:「ぬおおおおお!! 拙者、筆が火を噴くでござる!! この熱量をそのまま二次創作にぶつけるでござるよ!!」


 発売初日の午後。

 全国の書店から「完売」の報告が次々と入り始めた。

 一条のスマホは鳴り止まず、早くも「発売即・超大型重版」が決定したという。

 

 だが、この熱狂の裏で、新たな影が動き出していた。

 

 100万PVを超え、書籍も爆売れ。

 さらに大御所・神崎三郎にライバルとして認められた「銀凪綴」という存在は、もはやネットの枠を超えた「巨大な利権」と化しつつあった。


「……一条さん。さっきから、俺のDMに怪しいメールが山ほど来てるんだが。

 …… 『アニメ化の相談』?『映画化の打診』? ……これ、本物か?」


【コメント欄】

:[親衛隊]:先生。……それは、わたくしが今からお話ししようと思っていたことですわ。

:[親衛隊]:『せいまも』という毒は、もはや、本一冊に収まる規模ではなくなりました。

:[親衛隊]:……さぁ、先生。……次は、世界を『映像』で汚染する準備を始めましょうか。


 一条の声に、喜びと、そしてそれ以上の「重圧」を感じる。

 

 「日常」を守りながら、この怪物をどこまで大きくできるのか。

 俺は窓の外、穏やかな風景を見つめた。

 この静かな景色と、画面の中の狂騒。

 その境界線が、ゆっくりと、しかし確実に崩れ始めていた。



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