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第22話:発売日前夜。全国の書店員は「共犯者」

「……いよいよ、明日か」


 深夜23時。閑静な住宅街にある俺のマンションの一室。

 モニターの光に照らされた俺の顔は、数日間の不眠で少しやつれていたが、瞳の奥にはギラついた興奮が宿っていた。

 ウニクロのグレーのパーカーの袖を捲り上げ、俺はミーチュの配信開始ボタンをクリックする。

 アバターである銀髪の美青年「銀凪綴」が画面に現れた瞬間、待機していた6万人のリスナーから、画面を埋め尽くすほどの弾幕が放たれた。


【コメント欄】

::待ってたぞ綴!!

::明日だな。ついに明日なんだな!!

::仕事休みの申請、一週間前から出してあるぜ!

::地元の本屋に行ったら、なんか異様なコーナーができてたんだが……。

:[軍師]:……フッ。いよいよ、俺たちが積み上げた『呪い』が世に放たれる時が来たな。

:[剣呑]:おい、俺の地元の書店、入口からして雰囲気がおかしいぞ。何したんだよ綴。


「……あー、お前ら。……生きてるか。俺は、興奮しすぎて逆に心臓が止まりそうだ。

 剣呑が言った通り、全国の書店で今、何かが起きてるらしいな。

 ……一条さん。これ、あんたの仕業だろ?」


 俺が問いかけると、画面に赤色のスパチャが爆発した。


【コメント欄】

:[親衛隊]:【¥50,000】お察しの通りですわ、先生。

:[親衛隊]:カドカワレの全精力を注ぎ込み、全国の主要書店2000店舗の書店員様たちを、わたくしたちの『共犯者』に仕立て上げましたの。


 一条が画面に共有したのは、ある書店の特設コーナーの写真だった。

 そこには、通常の新刊コーナーのような華やかな装飾は一切ない。

 棚全体が真っ黒な布で覆われ、中央には、クロエが描いた「アルベルトの狂気」が巨大なパネルとなって鎮座している。

 そして何より異様なのは、並んでいる本の一冊一冊に、「内容秘匿・精神汚染注意」と書かれた真っ黒なビニール製の限定ブックカバーが、あらかじめ掛けられていることだった。


「……おいおい、中身が見えねーじゃねーか!! 試し読みもできないのかよ!!」


【コメント欄】

:[親衛隊]:当然ですわ。……毒薬の瓶を、中身を晒したまま売る馬鹿がどこにいます?

:[親衛隊]:読みたいのなら、代金を払い、家に帰り、一人きりの部屋でその『封印』を解く……。その瞬間、読者は初めてわたくしたちの毒を飲み込む権利を得るのです。

::なにその演出……クソかっこいいじゃん……。

::書店員さんたちのPOPもヤバいぞ。

::『読み終えた後、あなたの倫理観は死滅します』って手書きで書いてあったわww

::うちの地元の書店員、せいまものガチ勢だった。


「……一条さん、あんたマジで性格悪いな(最高だわ)。

 ……軍師。お前も、裏で何か動いてるんだろ?」


【コメント欄】

:[軍師]:……察しがいいな。

:[軍師]:俺はツブヤイターで、各地の『共犯者(書店員)』たちと連携している。

:[軍師]:今、ハッシュタグ『#せいまも封印解除』で、全国の店舗から怪文書のような入荷報告が上がっている。……これを見ろ。


 軍師が共有したSNSの画面には、店内の照明をわざわざ落として撮影された「呪いの棚」の写真が次々と流れていた。

 それを見た野次馬たちが、「何だこれは」「不気味すぎる」「でも気になる」と群がり、発売前夜にしてトレンドには『せいまも』の文字が、まるで悪性のウイルスのように増殖していた。


「……よし、お前ら!!

 一条さんが最高の舞台を用意し、軍師が敵を引きつけ、書店員さんたちが『共犯者』になってくれた。

 ……なら、俺たちの仕事は一つだ。

 明日の朝、本屋が開いた瞬間に、この国を『絶望』でパンクさせる!!」


 俺はキーボードを叩き、配信のタイトルを書き換えた。


 【『異世界退職代行せいまも』発売直前、全裸待機配信 〜絶望へようこそ〜】


「……いいか、今夜は寝かせねーぞ!!

 今から、書籍版の『第1章』のさらに深掘りしたディベートを始める。

 一条さんの加筆でさらにエグくなったシーン……。

 アルベルトが、エレオノーラ様から贈られたペンダントを泥の中に捨てる時の、その『秒単位の心理』。

 ……お前ら、もしお前らがアルベルトなら、あの瞬間に何を思う?

 ……悲しみか? 怒りか? それとも、己の無力さへの滑稽な笑いか?」


【コメント欄】

:[剣呑]:笑いだろ。……あまりに世界が理不尽すぎて、逆に笑いが止まらなくなるあの感覚。

:[ござる]:「ぬおおお! 拙者なら、笑いながら自分の喉を掻きむしるでござる!! その血でペンダントを赤く染めるでござるよ!!」

::考察勢C:待てよ。アルベルトは『冷徹』であることを自分に課してるんだろ?

::だったら、あえて『無表情』。……でも、足元の泥を、靴が壊れるほど踏みしめてる描写はどうだ?


「それだ……!! 無表情の中の、殺意!!」


 俺は、リスナーたちの案をリアルタイムで咀嚼し、明日発売される本の内容を、さらに自分の中で「真実」へと昇華させていく。

 

 6万人の「共犯者」たちが、モニター越しに熱を帯びる。

 静かな夜。

 だが、この部屋から発信される電波は、全国2000の書店、そして数万、数十万の読者の待つ家々へと繋がっていた。

 

 「……なぁ、軍師。俺、たまに怖くなるんだ」


 ふと、配信のトーンを落として、本音を漏らした。


「……俺が書いたこの『毒』が、本当に誰かの人生を壊しちまったらどうしよう、って。

 ……もし、明日、この本を読んだ奴が、本気で世界を憎み始めたら……」


 一瞬の沈黙。

 だが、軍師のコメントは、一切の迷いがなかった。


【コメント欄】

:[軍師]:……光栄に思え、綴。

:[軍師]:読者の人生を変えるのは、プロの仕事だ。

:[軍師]:その人生が『絶望』に変わったとしても、それは彼らが『真実』に触れたからに他ならない。

:[軍師]:お前は、救いという名の嘘を売る詐欺師になるのか? それとも、絶望という名の真実を売る預言者になるのか? ……選ぶのはお前だ。


「……っ……ふふ、……あはははは!!」


 俺は椅子から転げ落ちそうになるほど笑った。


「……そうだな。……軍師、お前の言う通りだ。

 救いなんてのは、神崎三郎先生みたいな『太陽』に任せればいい。

 俺たちは……俺たちは、夜の底でしか見えない光を探す奴らのための、暗黒の導き手だ!!」


【コメント欄】

:[親衛隊]:……素晴らしい覚悟ですわ、先生。

:[親衛隊]:さぁ、日付が変わりました。……本日。……世界が、わたくしたちの色に染まる記念すべき日ですわ。


 カレンダーが翌日に切り替わった瞬間。

 SNS上では、ハッシュタグ『#せいまも発売』が、爆発的な勢いで勢力を拡大し始めた。

 

 まだ夜は明けていない。

 だが、全国の書店のシャッターの向こう側では、あの「真っ黒な本」たちが、獲物を待つ蜘蛛のように静かに息を潜めている。

 

 そして、俺の配信画面には、朝日を待たずして早朝営業を開始する書店の前に並ぶ、異様な行列の写真がリスナーから投稿され始めた。


「……見ろよ。……あいつら、並んでやがる。

 ……絶望を買いに、行列を作ってやがるぞ!!」


【コメント欄】

::俺も今から並んでくる!!

::コンビニ版をフラゲした奴が、ガタガタ震えながら『これ、ラノベじゃない、呪いだ』って呟いてるぞw

::Amasonの在庫、一瞬で消えたんだが……。

:[ござる]:「いざ、出陣でござる!! 共犯者諸君、本屋へ突撃でござるよ!!」


「よし!! 配信は、このまま本屋が開くまで続けるぞ!!

 お前ら、一滴の毒も残さず飲み干せ!!

 俺たちの『せいまも』……ついに、世界解禁だ!!!」


 タイピングの音が、もはや怒号のように響く。

 

 窓の外、空がゆっくりと白み始める。

 だが、その朝日は、かつてのように穏やかではなかった。

 それは、世界が『銀凪綴』という劇薬を知る、残酷な夜明けだった。



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