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第19話:深夜の「決起集会」。アンケートの向こう側

「――いいか、お前ら。これが最後だ。ここから先は、もう引き返せねえぞ」


 深夜1時30分。

周りは、深い静寂に包まれている。だが、俺の部屋だけは、4万人の熱狂が渦巻く巨大なスタジアムと化していた。

 モニターに映し出された『なれ』の日間ランキング。1位には依然としてシュウエイサの放った刺客、神崎三郎の『慈愛の聖女』が君臨している。

 王道の「癒やし」と、俺たちの「劇薬」。世の中は、そして『なれ』の読者は、どちらを求めているのか。その審判の時が近づいていた。


「今夜の配信が始まってから3時間。……軍師、剣呑、ござる、そして名もなき共犯者ども。お前らが出してくれた案は全部メモした。だが、まだ足りねえ。……神崎先生の“癒やし”を真っ向から粉砕し、読者の心に一生消えないトラウマを刻む『究極の絶望』……その最後の一欠片が足りないんだよ!!」


 俺の声は、すでに枯れかかっていた。だが、指先だけは、かつてないほど鋭敏にキーボードの上で踊っている。


【コメント欄】

:[軍師]:……綴、焦るな。あっちの作品は『救い』を描いている。なら、こちらは『救いの不在』ではなく、『救いそのものが罠だった』という構造を完成させるんだ。

:[剣呑]:そうだ。聖女リリカルの魔法で傷を治された兵士たちが、実は魔法なしでは生きられない体に作り替えられていた……。幸福という名の、終わりのない依存。

:[ござる]:「ぬおおお! 慈愛の裏にある、飼い殺しの快楽でござるな! それを……それをアルベルト殿にどう自覚させるかでござる!!」


「そこだ!!」


 俺はデスクを激しく叩いた。

 

「アルベルトは、自分もその魔法を受けている。だが、彼は『魔法の天才』だ。……お前ら、考えてみろ。もし、アルベルトが自分の体を蝕む『聖女の毒』を自覚しながら、それでもエレオノーラ様を護るために、あえてその毒を飲み込み続けているとしたら……?」


【コメント欄】

::……は?

::自覚してて、自分を壊しながら、それでも……?

:[親衛隊]:【¥10,000】……先生。それは、あまりにも。あまりにも美しく、残酷な自己犠牲ですわ。

::考察勢A:待てよ。それなら、アルベルトがリリカルに囁く愛の言葉は……。

::考察勢B:毒で麻痺しかける脳を、自傷の痛みで覚醒させて絞り出している言葉ってことか!?


 コメント欄の加速が止まらない。4万人の思考が、一つのプロットに向かって収束していく。

 

「そうだ!! アルベルトは、リリカルの前で跪くたび、心の中で血を吐いている。……いや、実際に口の中で舌を噛み切り、その鉄の味で正気を保っているんだ! 『愛しています、聖女様』……その言葉の裏で、彼は自分の魂が腐り落ちていく音を聞いている!!」


【コメント欄】

:[軍師]:……繋がった。

:[軍師]:それだ、綴。その『自覚的な地獄』こそが、神崎三郎の甘ったるい聖女物語を焼き尽くす黒い炎だ。

:[剣呑]:おい、今すぐアンケートを取れ。……この展開を、読者が受け入れるかどうか。

:[剣呑]:王道に勝ちたいなら、ここで日和るな。


 俺は震える手で、ミーチュのアンケート機能を起動した。


 【議題:アルベルトは、自らの魂が壊れるのを承知で、毒(聖女の魔法)を飲み込み続けるべきか?】

 選択肢1:Yes(修羅の道)

 選択肢2:No(もっとマイルドな救いを)


「……選べ、お前ら。

 もし『No』が多ければ、俺は神崎先生に敗北したまま、この物語を畳む。

 だが、もし『Yes』なら……俺は明日、なれの歴史を塗り替える『呪物』を投稿する!!」


 アンケート開始。

 画面中央に表示されたパーセンテージが、狂ったように動き出す。

 1万、2万、3万……投票数が瞬く間に積み上がっていく。

 

 90%……。

 95%……。

 98%……。

 そして、投票終了の瞬間。

 

 【結果:Yes 100.0% / No 0.0% (投票数:42,158)】


 一瞬、静寂が訪れた。

 4万人以上の人間が集まって、一人の例外もなく、全員が「地獄」を選択した。

 

【コメント欄】

::……。

::100%……?

::バグじゃないよな?

:[軍師]:……違う。これが、俺たちの意思だ。

:[剣呑]:全員、正気じゃねえ。……だが、最高だ。

:[ござる]:「拙者、涙が止まらぬでござる……。4万人全員が、アルベルト殿と共に泥を啜る覚悟を決めたでござるな!!」

:[親衛隊]:【¥20,000】……これが、『せいまも』ですわ。先生、わたくしたちを、その絶望の先へ連れて行って。


 俺は、モニターの向こう側にいる、目に見えない4万人の「共犯者」たちの熱量を、肌で感じていた。

 これはもう、単なるアンケートじゃない。……決起集会だ。

 

「……あはは……。あははははは!! お前ら、マジで最高に、最悪な奴らだな!!」


 俺は狂ったように笑い、そして涙を拭った。

 

「100%……。分かったよ。受け取ったぜ、お前らの覚悟!!

 いいか、シュウエイサ!! 見てろよ、神崎三郎!!

 あんたたちの作る『綺麗な世界』なんて、俺たちのこの100%の悪意で、粉々に粉砕してやる!!」


 俺はキーボードを叩き始めた。

 もはや一文字一文字が、俺の血を絞り出すような衝撃を持って打ち込まれていく。

 

 【劇中劇:『せいまも』第18話より】

 『「――ああ、聖女様。貴女の癒やしは、なんと……なんと心地よいのでしょう」


 アルベルトの口から溢れ出たのは、蜂蜜のように甘い賛辞だった。

 だが、その喉の奥、飲み込まれた唾液には、舌を噛み切った際に溢れた鮮血が混じっている。

 聖女リリカルの魔法が、彼の傷を塞ぐ。

 だがそれは、治癒ではない。

 アルベルトの神経細胞に偽りの多幸感を流し込み、彼の自我を、リリカルという薬物なしでは維持できない廃人へと変える、精神の去勢。


 (……あ、あ、あああああああ!!)


 脳が溶けるような快楽。

 抗いがたい安寧。

 その甘美な誘惑を、アルベルトは、心臓の奥深くに隠した「エレオノーラへの渇望」という名の激痛だけで、かろうじて押し返していた。


 「……愛して、います」


 それは、自分自身への葬送の言葉。

 エレオノーラを救うため、彼は今日、完全に人間であることを辞めた。』

---------------------------------


 綴が書き上げ、エンターキーを叩いた瞬間、ミーチュのコメント欄が、虹色のスパチャと、怒涛の勢いの賞賛でパンクした。

 

「……よし。第18話、脱稿!!

 明日の21時……神崎先生、あんたの1位、俺たちが奪い返しに行くぜ!!」


【コメント欄】

:[軍師]:ああ。……天下を取るぞ。

:[剣呑]:準備はできてる。……ネットの海を、俺たちの血の色で染めようぜ。

:[親衛隊]:【¥50,000】先生、愛しておりますわ……!!


 深夜。

 エアコンの音さえ消し飛ぶほどの熱狂の中で、一人のVと4万人の狂信者たちは、

 王道を打ち破るための、史上最も美しく残酷な「刃」を研ぎ終えた。

 

 明日、世界が変わる。

 『せいまも』という呪いが、ついにその真価を発揮するのだ。



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