第16話:身バレの危機!? 雑談から漏れた「生活の足音」
「……あー、今日も疲れたな。……あ、悪い。マイク切るの忘れてた」
深夜のミーチュ配信。改稿作業を終えた後の、何気ない放課後のような雑談タイム。
画面にはいつものフリー素材の「お洒落なデザイナーズマンション風」の背景。
綴はリラックスして、リスナーからのお悩み相談に答えていた。
だが、その平穏は、ある一通のコメントによって凍りついた。
【コメント欄】
::ねえ今、雨の音聞こえなかった?
::あぁ、確かに聞こえた。
::こっちでは、雨なんて降ってないぞ。
::……待て。雨雲レーダー見たけど関東地方では雨降ってない。
「……え? あ、いや、これは……」
俺は慌てて取り繕ったが、一度火がついた特定班の勢いは止まらない。
彼らにとって、これは「遊び」であり「聖地巡礼」への第一歩。
画面の向こうで、数万人の脳細胞がフル回転を始めた。
【コメント欄】
::関西地方は午後からずっと雨だぞ。
::…ってことは、関西は雨、関東は晴れ。
::雨雲レーダー確認。今雨降り始めた地方は中部だ!
::特定完了。綴、お前、愛知の……〇〇市に住んでるだろ。
「……っ!!」
心臓がドクンと跳ねた。
一気に冷や汗が背中を伝う。
背景はフリー素材でも、俺の声、俺の生活音。
その全てが、俺の居場所を示す座標になっていた。
その時、綴のスマホが鳴る。
【グループチャット:円卓の騎士(12人)】
:[軍師]:……綴。
:[軍師]:今すぐ配信を切れ。……これ以上、ボロを出すな。
「……あ、ああ。……悪い。今日はもう寝るわ! おやすみ!!」
逃げるように配信を終了した。
暗転したモニターに、青白い顔をした俺が映る。
スマホを手に取ると、ツブヤイターのトレンドにはすでに『#綴特定』の文字が躍っていた。
掲示板では、俺の家の近所の風景写真と、配信での発言の照合が、狂気的な精度で進められている。
【グループチャット:円卓の騎士(12人)】
:[剣呑]:おい綴、マジかよ。お前の近所のコンビニの画像がアップされてるぞ。
:[剣呑]:『この駐車場、配信で言ってた段差と同じだw』って。
:[ござる]:「ぬおおお! 忍者の里が暴かれるような危機でござる! 綴殿、拙者が身代わりになって各地を走り回るでござるか!?」
「……洒落になんねーよ。……あいつら、どこまで見てるんだ」
その時。
グループチャットに、沈黙を守っていた「軍師」が動き出した。
【グループチャット:円卓の騎士(12人)】
:[軍師]:……落ち着け。
:[軍師]:剣呑、ござる。……お前たちの出番だ。
:[軍師]:今から俺が『偽装情報』をネットに流す。
:[軍師]:剣呑、お前はまとめサイトのネットワークを使って、綴が『実は今、出張で別の県にいる』というスレを立てろ。
:[軍師]:ござる、お前は……中部地方の別の街の特産品を、あたかも綴の近所であるかのようにSNSで拡散しろ。
「……軍師。お前、何をするつもりだ?」
:[軍師]:情報で特定されたのなら、情報の濁流で埋め戻すまでだ。
:[軍師]:……綴、お前は明日、わざと『さわ〇かのハンバーグ、行列で食べられなかった』と呟け。
:[軍師]:もちろん、その店は今特定されている場所から50キロは離れた場所にある店だ。
:[軍師]:……真実を一つ混ぜた嘘は、一万の真実よりも信憑性を持つ。
翌日。
軍師の指示通りに動くと、ネットの特定班は混乱に陥った。
『あれ? 綴、別の街にいるぞ?』
『あの雨音、実は録音だったのか?』
『まとめサイトに「綴、実は東京在住説」って記事が出てるんだけど……』
情報のプロである「円卓の騎士」たちが、それぞれの持ち場で『逆工作』を開始したのだ。
「親衛隊」こと一条さんからも、冷徹なDMが届く。
『先生。セキュリティの甘さは、作家の命取りになりますわよ。
……今回の“情報撹乱”、わたくしの編集部でもいくつか手を貸しておきましたわ。
……次は、ありませんわよ?』
「……助かった。……マジで、助かった……」
俺は中部地方の、穏やかな街の窓から見つめた。
この平穏な「日常」は、今や数万人の悪意と、12人の騎士たちの献身によって、ギリギリのところで保たれている。
銀凪綴という存在は、もはや俺一人のものではない。
ネットという戦場の中に築かれた、巨大な「砂の城」なのだ。
「軍師……お前、本当に何者なんだよ」
【グループチャット:円卓の騎士(12人)】
:[軍師]:……ただの読者だよ。
:[軍師]:……お前の『せいまも』を、完結まで見届けたいだけのな。
嵐のような一夜が明け、綴は再びキーボードを叩く。
現実世界での恐怖が、皮肉にも小説の中の「追いつめられるアルベルト」の心理描写に、これまでにないリアリティを与えていた。
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