第15話:改稿の地獄、一万文字の削除
「……あー、お前ら。……生きてるか。俺は、死にかけてる」
深夜23時。ミーチュの配信画面に映し出されたのは、真っ赤な修正指示(赤ペン)で埋め尽くされた原稿データだった。
送り主は、もちろん「女帝」一条。
画面右側のコメント欄は、その惨状を見て、戦々恐々とした空気に包まれていた。
【コメント欄】
::うわ、真っ赤……。
::血の海じゃねーか。
::これ、半分以上消されてないか?
:[軍師]:……一条め、容赦ないな。
:[剣呑]:おい綴、これ第3章のメインシーンだろ? 全部ボツかよ。
:[ござる]:「ぬおおお! 拙者たちが一晩かけて議論したあのシーンが……文字通りの『惨殺』でござる!!」
「……一条さんの野郎、メールに一言こう添えてきやがった。
『先生、この一万文字は“贅肉”ですわ。今のままでは読者は途中で胃もたれして、肝心の“毒”を飲み込む前に本を閉じます。……全部、捨てなさい』……だとよ」
俺はキーボードを叩く力もなく、デスクに突っ伏した。
一晩かけて、意識が朦朧とする中で書き上げた入魂のシーンだ。
アルベルトの過去回想。彼がどれほど無力だったか、どれほど世界を憎んでいたか。それを書き連ねた一万文字が、一条のペン一つで「贅肉」と切り捨てられた。
【コメント欄】
:[親衛隊]:あら、先生。まだ起きていらっしゃったのね。
:[親衛隊]:贅肉を削ぎ落とした後に残る骨と、剥き出しの神経……。それこそが、わたくしたちが売るべき『せいまも』ですわ。
「一条さん!! 見てたのかよ!!
……いいか、お前ら! 一条さんは『捨てろ』って言ったが、俺は納得してねえ!
だから、今からお前ら全員で、この一万文字を『査読』しろ!!
本当にいらないのか、それとも一条さんを見返せるほど磨き上げられるのか……。
俺とお前ら、4万人の『審判』を始めるぞ!!」
俺が原稿を画面いっぱいに共有すると、コメント欄が猛烈な勢いで「読解」を始めた。
軍師、剣呑、ござる、そして数万人の野次馬。
彼らはもはやただのリスナーではない。一文字の妥協も許さない、狂気の校正集団と化していた。
【コメント欄】
:[軍師]:……待て。綴、ここの描写だ。
:[軍師]:『アルベルトが路地裏で泥を啜るシーン』。……三ページも使って描写してるが、一条の言う通り長い。
:[軍師]:だが、消すのは勿体ない。……こうしろ。
:[軍師]:『泥の味は、母の焼いたパンより甘かった』。……この一行だけでいい。残りの描写は全て削れ。
「……えっ、一行に……!?」
【コメント欄】
:[剣呑]:……ははっ、軍師の言う通りだぜ。
:[剣呑]:三ページかけて泣き言を書くより、その一行の方が、アルベルトの壊れ方が際立つ。
:[剣呑]:余白を作れ、綴。読者の想像力という名の『ナイフ』を刺す隙間を作るんだよ。
「……余白……読者の想像力……」
俺の脳内に、一条の「贅肉」という言葉が、別の意味を持って響き渡った。
俺は、自分の「思想」を説明しようとしすぎていた。
だが、本当に怖いのは、説明されない「狂気」だ。
【コメント欄】
::【¥1,000】軍師さんの案、鳥肌立った。
::一行にするだけで、一気に地獄感が増したな……。
::次、5ページ目の聖女のセリフ! これ、もっと短くていい。
::『ごめんなさい』の一言だけで、リリカルの無慈悲さが出るんじゃね?
:[ござる]:「ぬう! 拙者も案を出すでござる! ここは敢えて『無音』を強調するでござるよ!!」
「……よし。……やるぞ。
お前ら、どんどん指摘しろ!!
贅肉を削ぎ落として、一条さんの腰を抜かしてやる!!」
そこからの数時間は、まさに「解体工事」だった。
俺が文字を打つ。軍師が切り捨てる。剣呑が毒を盛る。リスナーが悲鳴を上げる。
一万文字あった原稿が、五千文字に、三千文字に、そして最終的には、元の十分の一、わずか一千文字にまで凝縮された。
だが、そこにあるのは、元の原稿とは比較にならないほどの、純粋な「殺意」だった。
「……できた。……見てくれ。これが、俺たちの『骨』だ」
画面に映し出された、極限まで削ぎ落とされた第3章。
そこには、一行読むだけで呼吸が止まるような、鋭利な言葉の刃が並んでいた。
【コメント欄】
:[親衛隊]:【¥10,000】……。
:[親衛隊]:……完敗ですわ、先生。
:[親衛隊]:わたくしが想定していた以上の『劇薬』に仕上がりましたわね。
:[親衛隊]:……これ、修正なしで通します。……いいえ、今すぐ印刷所に回したいほどですわ!!
「っしゃあああああああ!!」
俺は深夜の自室で、拳を突き上げた。
4万人の「共犯者」たちが、一斉にお祝いの弾幕を流す。
一人では決して辿り着けなかった、商業の壁をブチ破るための極限の表現。
俺たちは、削られた文字の分だけ、より深く、より残酷に、読者の心に潜り込む術を手に入れたのだ。
「軍師、剣呑、お前ら最高だわ!!
……一条さん! 覚悟しておけよ。
……俺たちの『せいまも』は、一文字たりとも、ただのラノベじゃ終わらせねえ!!」
夜は更けていく。
だが、俺の部屋のモニターは、削ぎ落とされた言葉たちが放つ、鈍い銀色の光を放ち続けていた。
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