表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/19

第15話:改稿の地獄、一万文字の削除

「……あー、お前ら。……生きてるか。俺は、死にかけてる」


 深夜23時。ミーチュの配信画面に映し出されたのは、真っ赤な修正指示(赤ペン)で埋め尽くされた原稿データだった。


 送り主は、もちろん「女帝」一条。


 画面右側のコメント欄は、その惨状を見て、戦々恐々とした空気に包まれていた。


【コメント欄】

::うわ、真っ赤……。

::血の海じゃねーか。

::これ、半分以上消されてないか?

:[軍師]:……一条め、容赦ないな。

:[剣呑]:おい綴、これ第3章のメインシーンだろ? 全部ボツかよ。

:[ござる]:「ぬおおお! 拙者たちが一晩かけて議論したあのシーンが……文字通りの『惨殺』でござる!!」


「……一条さんの野郎、メールに一言こう添えてきやがった。

 『先生、この一万文字は“贅肉”ですわ。今のままでは読者は途中で胃もたれして、肝心の“毒”を飲み込む前に本を閉じます。……全部、捨てなさい』……だとよ」


 俺はキーボードを叩く力もなく、デスクに突っ伏した。

 一晩かけて、意識が朦朧とする中で書き上げた入魂のシーンだ。

 アルベルトの過去回想。彼がどれほど無力だったか、どれほど世界を憎んでいたか。それを書き連ねた一万文字が、一条のペン一つで「贅肉」と切り捨てられた。


【コメント欄】

:[親衛隊]:あら、先生。まだ起きていらっしゃったのね。

:[親衛隊]:贅肉を削ぎ落とした後に残る骨と、剥き出しの神経……。それこそが、わたくしたちが売るべき『せいまも』ですわ。


「一条さん!! 見てたのかよ!!

 ……いいか、お前ら! 一条さんは『捨てろ』って言ったが、俺は納得してねえ!

 だから、今からお前ら全員で、この一万文字を『査読』しろ!!


 本当にいらないのか、それとも一条さんを見返せるほど磨き上げられるのか……。

 俺とお前ら、4万人の『審判』を始めるぞ!!」

 俺が原稿を画面いっぱいに共有すると、コメント欄が猛烈な勢いで「読解」を始めた。


 軍師、剣呑、ござる、そして数万人の野次馬。

 彼らはもはやただのリスナーではない。一文字の妥協も許さない、狂気の校正集団と化していた。


【コメント欄】

:[軍師]:……待て。綴、ここの描写だ。

:[軍師]:『アルベルトが路地裏で泥を啜るシーン』。……三ページも使って描写してるが、一条の言う通り長い。

:[軍師]:だが、消すのは勿体ない。……こうしろ。

:[軍師]:『泥の味は、母の焼いたパンより甘かった』。……この一行だけでいい。残りの描写は全て削れ。


「……えっ、一行に……!?」


【コメント欄】

:[剣呑]:……ははっ、軍師の言う通りだぜ。

:[剣呑]:三ページかけて泣き言を書くより、その一行の方が、アルベルトの壊れ方が際立つ。

:[剣呑]:余白を作れ、綴。読者の想像力という名の『ナイフ』を刺す隙間を作るんだよ。


「……余白……読者の想像力……」


 俺の脳内に、一条の「贅肉」という言葉が、別の意味を持って響き渡った。

 俺は、自分の「思想」を説明しようとしすぎていた。

 だが、本当に怖いのは、説明されない「狂気」だ。


【コメント欄】

::【¥1,000】軍師さんの案、鳥肌立った。

::一行にするだけで、一気に地獄感が増したな……。

::次、5ページ目の聖女のセリフ! これ、もっと短くていい。

::『ごめんなさい』の一言だけで、リリカルの無慈悲さが出るんじゃね?

:[ござる]:「ぬう! 拙者も案を出すでござる! ここは敢えて『無音』を強調するでござるよ!!」


「……よし。……やるぞ。

 お前ら、どんどん指摘しろ!!

 贅肉を削ぎ落として、一条さんの腰を抜かしてやる!!」


 そこからの数時間は、まさに「解体工事」だった。

 俺が文字を打つ。軍師が切り捨てる。剣呑が毒を盛る。リスナーが悲鳴を上げる。

 一万文字あった原稿が、五千文字に、三千文字に、そして最終的には、元の十分の一、わずか一千文字にまで凝縮された。

 

 だが、そこにあるのは、元の原稿とは比較にならないほどの、純粋な「殺意」だった。


「……できた。……見てくれ。これが、俺たちの『骨』だ」

 画面に映し出された、極限まで削ぎ落とされた第3章。

 そこには、一行読むだけで呼吸が止まるような、鋭利な言葉の刃が並んでいた。


【コメント欄】

:[親衛隊]:【¥10,000】……。

:[親衛隊]:……完敗ですわ、先生。

:[親衛隊]:わたくしが想定していた以上の『劇薬』に仕上がりましたわね。

:[親衛隊]:……これ、修正なしで通します。……いいえ、今すぐ印刷所に回したいほどですわ!!


「っしゃあああああああ!!」


 俺は深夜の自室で、拳を突き上げた。

 4万人の「共犯者」たちが、一斉にお祝いの弾幕を流す。

 

 一人では決して辿り着けなかった、商業の壁をブチ破るための極限の表現。

 俺たちは、削られた文字の分だけ、より深く、より残酷に、読者の心に潜り込む術を手に入れたのだ。


「軍師、剣呑、お前ら最高だわ!!

 ……一条さん! 覚悟しておけよ。

 ……俺たちの『せいまも』は、一文字たりとも、ただのラノベじゃ終わらせねえ!!」


 夜は更けていく。

 だが、俺の部屋のモニターは、削ぎ落とされた言葉たちが放つ、鈍い銀色の光を放ち続けていた。



もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想などをいただけると執筆の励みになります! よろしくお願いいたします

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ